午前九時、地下117階の管理棟に、地獄が出勤してきた⑧
四巡目。五巡目。六巡目。
回し続けた。
ラグナ→ノクス→セラ→メルト→カイム。三分ずつ。一巡18分。回すたびに全員のエネルギーを数ポイントずつ削り、共鳴現象の上昇分と相殺する。
モグラ叩き。終わらないモグラ叩き。ハンマーはゴム製で、モグラは加速し続けている。
しかし、叩き続けた。
六巡目が終わった時点で、経過時間は一時間五十分。
全員のエネルギー値。
<ノクス:109%(蓄積域)>
<セラ:106%(蓄積域)>
<メルト:100%(安全圏上限)>
<ラグナ:112%(蓄積域)>
<カイム:105%(蓄積域)>
安全圏には入っていない。しかし、誰も危険域には入っていない。120%の警戒域にすら達していない。
ギリギリだが、抑えている。
腕が痺れていた。抽出装置の操作パネルを叩き続けた指が、感覚を失いかけている。防護スーツの中は汗だくで、非常灯の薄緑色の光の中を走り回った足が棒のようだ。
あと、たぶん十分。カイムが言った四十分の残りが、あと十分。
端末が鳴った。
戸波さんから。
<灰嶋くん、応援部隊が到着しました。今からそちらに向かいます。>
来た。
来てくれた。
「…………」
力が抜けた。文字通り、膝から崩れそうになった。抽出室の壁に手をついて、身体を支える。
二時間。
二時間の間、一人で五人の変位個体のエネルギーを回し続けた。40年物の骨董品の装置で。ゴム製のハンマーで。
カイムがリビングから声を出した。
「司くん! おつかれさま!」
セラが走ってきた。廊下の壁がたわんだが、誰も気にしなかった。
「つかさ! 大丈夫!? 顔色悪いよ!」
「大丈夫です。ちょっと疲れただけです」
メルトがノートを掲げた。
『つかさ、座って。水、持ってくる。』
ラグナが走ってきた。床が揺れた。
「つかさ! つかれた!? あたしがマッサージしてあげる!」
「ラグナのマッサージは骨が折れる可能性があるのでやめてください」
「えー!」
ノクスが毛布の中から声を出した。
「……つかさ、おつかれ」
五人の声が、非常灯の薄緑色の光の中に響いた。
世界を消す魔王と、現実を裂く勇者と、沈黙の魔女と、破壊の獣と、時間の境界の魔法少女。
おぞましい力の持ち主たち。人型制御の檻の中で、少女の姿を保っている存在たち。
でも今、俺の前にいるのは、ただの五人の女の子だ。
疲れた管理者を心配して、水を持ってきてくれる子たちだ。
隔壁扉の向こうから、足音が聞こえた。応援部隊が到着する。
端末に業務日誌を入力した。
<業務日誌 50億2025年5月2日 灰嶋司>
<本日の業務内容:深層大規模漏洩に伴う緊急抽出対応>
<対応内容:全5体の変位個体に対し、予備装置NT-3500を用いた巡回式抽出を6巡実施。全個体のエネルギー値を蓄積域内に維持し、危険域への突入を阻止。>
<応援部隊到着まで2時間、単独で対応。>
<被害:通路照明1個破損、床ひび割れ3箇所、壁タイルずれ3枚、ドア認証パネル故障(停電に伴うもの)、チョコレート先行支給2個(来月分より前借り)>
<所感:モグラ叩きの才能があるかもしれない>
自動返信。
<お疲れ様でした。退職届の提出に必要な臨界点生存実績は1/3のままです(本件は臨界点未到達のため加算されません)。>
臨界点に到達してないから実績にならないのか。
二時間の地獄を生き延びたのに、実績加算なし。
人類最後のブラック企業は、今日も通常運転だった。




