知らなかったのは俺だけで、知らされていなかったのも俺だけだった⑥
夕方。事務室。
端末が鳴った。
通知。品質管理部からだった。
<社内通達 第4,812,006,315号>
<件名:第七地下区画査察結果について>
<関係各位>
<先日実施された品質管理部査察の結果を通知いたします。>
<結論:閉鎖勧告なし。運営継続。>
閉鎖勧告なし。
「……!」
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<評価概要:>
<第七区画のエネルギー回収効率は、修繕費を考慮してもなお、太陽維持動力への貢献度が高く、閉鎖による損失が利益を上回ると判断しました。>
<ただし、以下の改善勧告を提出します。>
<1. 抽出装置の更新(NT-6200への換装を推奨)>
<2. 運動スペースの耐久性向上工事>
<3. 消耗品予算の見直し(ノート代、配給品等の増額を検討)>
<以上の改善に必要な予算を、次期予算申請に含めることを許可します。>
予算が増える。装置が更新される。通路が強化される。ノートの予算が増額される。
「戸波さん!」
「読みましたよ」
戸波さんが事務室に入ってきた。珍しく、にこにこしている。
「閉鎖勧告なしです。しかも改善予算がつく」
「榊原さんが通してくれたんですかね」
「数字で見て、この区画を残す価値があると判断したんでしょう。灰嶋くんが用意した4.2%のデータが効いたんだと思いますよ」
「……あと、もしかしたら」
「もしかしたら?」
「ノクスが最後に言った一言が、少しだけ効いたのかもしれません」
修繕費0だからって、あたしの価値が0なわけじゃない。
数字しか見ない査察官が、数字に載らないものを、ほんの一瞬だけ見た。あの瞬間が、結論に影響したかは分からない。でも、改善勧告の中に「消耗品予算の見直し」が含まれていたのは、ノクスのチョコとメルトのノートのことを、榊原さんが覚えていたからかもしれない。
数字しか見ない人にも、数字に載らないものは届くことがある。
端末にもう一件、通知が来ていた。
<消耗品予算増額に伴い、チョコレートの月次配給数を2個から3個に変更します。次月より適用。>
三個。
「……戸波さん、チョコ三個になりました」
「おお、通りましたか。人型制御維持のための消耗品、認められましたね」
「経費申請の書類には『制御維持消耗品』とは書いてないですけどね」
「書かなくていいんです。結果が出れば」
ノクスに伝えに行った。
「ノクス」
「……なに」
「来月から、チョコ月三個になりました」
毛布がばさりと動いた。
金色の瞳が全開になっている。起きた。完全に起きた。ノクスが完全に起きている姿を、俺は初めて見た。
「……ほんとに?」
「本当です」
「三個?」
「三個」
「……三個」
ノクスが毛布を握りしめたまま、黙った。
黙って、黙って、しばらくしてから、小さな声で言った。
「……ありがと」
聞こえないふりをしなかった。三回目だ。
「どういたしまして」
ノクスが、ほんの少しだけ笑った。
世界を消し去る魔王が、チョコレート三個で笑っている。
これが、カイムの言った「いいこと」だったのだ。




