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15D  作者: 松本忠之
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最終章

カッパドキアからイスタンブールに戻った秀樹は、トルコでの最後の夜をイスタンブールで過ごした。明日の便で上海に帰る。上海に戻ったら、また忙しい日々が始まる。

秀樹はこの連休中、ずっとメールをチェックしていなかったなと思い、イスタンブールのホテルにチェックインすると、ロビーにあったパソコンでチェックしてみた。

何通かのメールが、会社のメールアドレス宛に来ていた。秀樹は、休暇中でもメールを確認できるよう、会社のメールを自分のプライベートメールに自動転送するよう設定していた。

すると、中に見慣れない差出人のからメールがあった。どうやら初めてメールを送ってきたらしい。それも中国語のメールだった。

誰からだろうと思い開いてみると、なんと静芳の姉からだった。秀樹は自分の気持ちが高潮していくのを感じた。



件名:雨宮秀樹さんへ


こんにちは。初めてメールします、周静芳の姉の周秀麗です。いかがお過ごしでしょうか。

今年の八月、母があなたに会いに上海に行きましたね。母はあなたに、静芳が死ぬ直前に語ったトルコのカッパドキアという場所について話したと思います。

あなたが何も知らなかったのは残念なことでした。静芳の死後、私たち家族はあなたを避けていたので、カッパドキアについて、ずっと訊かなかったのです。しかし数年たった今、もしかしたら、あなたなら何か知っているかもしれないと期待し、それだけを聞きにいくのだと言って母は上海に行きました。

別れ際、あなたはこの十月の連休を利用してカッパドキアへ行ってみると母に言ったそうですね。そこで、今日あなたにメールをしてみました。あなたが病院に置いていった名刺にメールアドレスがあったので、そこへ送信しています。ちゃんと届いているといいのですが。


十月の連休、カッパドキアへ行きましたか?


私事になりますが、妹が亡くなって三年以上の間に、結婚をし、かわいい娘をもうけました。現在は主人と娘、そして両親と幸せな生活を送っています。

しかし、やはりふとした拍子に静芳のことを思い出します。あの子にも、こんな幸せな家庭を築いてほしかった、と。

そして、静芳とあなたの間を引き裂いたのは、やはり間違いではなかったかと思い始めました。確かに両親はあの子のためを思い、あなたとの交際に反対し、地元のほかの男性を勧めました。結果的にあんなことになったのですから、それは失敗であったと認めざるを得ませんが、どうしてあの時、せめて私だけでも静芳の味方になってあげられなかったのかと、今では強く思います。あの子と二歳しか違わない私には、あの子の気持ちがわかってあげられたはずです。たとえ苦労が多くても、たとえ一時は周囲から白い目で見られようとも、自分が愛した人と一緒になるということが、本人にとって一番幸せなことなのではないか。

そんな思いはいつまでたっても私の心の中から消えませんでした。そして、幸せな家庭を築いた今、その思いは更に強くなっています。

カッパドキアに行ったのなら、ぜひ話を聞かせてください。両親は今でも、あなたのことを許す気持ちにはなれないようですが、それはどうかご理解ください。両親の世代には、日本に対して複雑な感情が存在するのです。

しかし、私は違います。私は、あなたを許す許さないと言っていること自体が間違っていると思います。あなたは、静芳が入院していた第五病院で私に言いましたね。静芳のことを愛している、と。あなたは静芳を愛し、静芳もあなたを愛した。二人は一緒になることを望んでいた。それを認めなかったのは、私たちだ。それが結果的に、あの子を追い詰め、死に至らしめることになった。そして、静芳が自ら命を絶ったことで、あなたも苦しんだ。

私は、後悔してもしきれない。許しを請うのは、私のほうだ。どうか私を許してほしい。私は心の中で静芳にも同じことを言っています。どうか私を許してほしい、と。あの時反対して、あなたたちを引き裂こうとしたことを謝りたい、と。


最後に、あなたへのお詫びの気持ちをこめて、静芳が残した遺書を伝えたいと思います。

あの子は、家族向けの遺書のほかに、あなたへの遺書もしたためていました。両親があなたを許さないと言っているため、ずっとこの遺書があなたに渡ることはありませんでした。

しかし、今、私は両親には内緒で、この内容をあなたにお伝えします。このメールの最後にそのまま記しておきます。そしていつか、機会があったら、あの子の直筆のこの遺書をあなたに手渡したいと思います。そのときは、きっと両親の手からあなたに渡ることでしょう。


時間がすべてを解決してくれることを願っています。


それでは。


                                  周秀麗

秀樹の心臓はすごいスピードで脈打っていた。自分の気持ちを落ち着けようとメールの続きを読む前に深呼吸をし、気持ちを落ち着けてから再びパソコンに目を向けた。



秀樹へ


こんなことになってしまって、もうあなたに会わす顔がない。本当にごめんなさい。

あなたにも、家族にも、そして私を刺したあの人とあの人の家族にも、私はすべての人に迷惑をかけた。両親の面子も潰してしまった。

私は、わがまますぎるのかな?もうこれ以上、皆に迷惑をかけるわけにはいかないの。だから、この手紙を書くことにしました。ごめんね。でも、私の気持ちは変わりません。この手紙を書き終えたら、それですべてが終わります。


ヒデ。

私に会いに来てくれたんだよね。ここまで来てくれたんだよね。家族から聞いたよ。ありがとうね。会えなかったけど、うれしかったよ。

でも…やっぱり会いたかった。会ってあなたに抱きしめてほしかった。ぎゅって抱きしめてほしかった。あと一回、たったの一回でいいから、あなたに会いたかった。


ヒデ。

あなたと出会って一緒に過ごした時間は本当に楽しかった。

飛行機の中で出会ったあの日。

上海で初めて二人だけで食事に出かけた日。

きれいな夜景を見ながら初めてキスをした日。

私が仕事で乗った飛行機に、あなたが乗客として乗った日。

それらすべてが、私の宝物です。あなたとの思い出が、私の人生を輝かせてくれました。


ヒデ。

愛してるよ。心の底から、あなたのことを愛してる。

どうかこれからもあなたらしく生きてください。そして新しい恋をしてください。幸せな結婚をしてください。相手が私じゃなったのは残念だけど、こうなってしまった以上、それも仕方ないことなの。


ヒデ。

どうか私のことを忘れないでください。一生、私のことを忘れないでください。あなたが私を忘れないでいてくれる限り、私はいつまでも、幸せな気持ちでいられるから…


ヒデ。

さようなら。


                        二月十四日 周静芳



人目に触れる場所であるにも関わらず、秀樹は泣いた。涙が止まらなかった。

しばらく泣いた後、もう一度読んだ。一字一句もらすまいと読んでいった。そして、また泣いた。


メールを閉じると、秀樹は自分の部屋にももどらず、イスタンブールの街へ飛び出していった。いるはずもない静芳の面影を探して歩き続けた。


どれくらい歩いただろう。秀樹は知らぬ間に大きなモスクがある広場に来ていた。オレンジの街頭に照らされて、モスクは幻想的な姿を見せていた。秀樹は広場のベンチに座り、静芳の遺書を思い出しながら、いつまでも大きなモスクを眺めていた。


秀樹はたまらなく美紗に会いたくなった。美紗の声が聞きたくなった。上海に戻ったら空港からそのまま美紗に会いに行こう。美紗に会って、すべてを話そう。



目の前にそびえる大きなモスクの上空には、煌々と大きな満月が輝いていた。




                                   了




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