【 変革へのカウントダウン 】
大部屋の空きベッドで疲れ果てて眠るガイの横には、ディミド城から駆け付けたソルジャンが付き添っていた。
レスカーに吹き飛ばされて気を失っていたソルジャンは、ガイ達がアックスを連れて学園島へ転移した後 暫くしてから目を覚ました。
目を覚ました時の城下町の慌ただしさに戸惑ったソルジャンは、近くを通った兵に事情を聞くと「アックスが魔獣に殺された」と聞かされ、さらに頭が混乱した。
魔獣は全滅させたのにアックスが魔獣に殺されたなど何かの間違いだと思い フラつく足に鞭を打ってモーリス王の元へ向かい、真相を聞いたが俄かには信じられ話しであった。
モーリス王が嘘をついていないのはMSSで伝わって来たが、モーリス王が真実だと思い込んでいるだけという可能性の方が高いとソルジャンは思い、すぐにガイに連絡を入れたが通じず、同行しているはずの転移兵に連絡を入れても結果は同じだった為、回り道になってしまうが自分で転移を使い セントクルス王国へ飛んでから転タクで学園島へと向かい、今に至る。
「・・・ん、ここは……ソルジャン?そうか、私は…眠っていたのか。ーーはっ!アックス少佐はっ!?」
ソルジャンが付き添ってから1時間程過ぎると、ガイは目を覚ましたが 疲労は回復していないようだ。
「アックスさんでしたら私が来た時にはもう治療は終わっておりましたよ。ロキソ先生という方が『もう大部屋でもいいくらいだけど、イビキが凄いから個室にしとくね』と仰っておりました。ですから今は個室を用意して頂き、そこで大の字で寝ています。むしろガイさんの方が体調が悪そうに見えますが、何があったのですか?」
「もう…治った、だと?どういう事です?私は一体何ヶ月ここで寝ていたというのです!?」
体調というより心労が重なった事で頭がしっかり働かず、自分がどれだけの時間眠っていたかもわからなくなっていた。
ーーあの状態のアックスがイビキをかいて個室で眠る事が出来るようになるには一体どれだけの歳月が必要かわからない。
少なくとも数ヶ月は絶対安静と言われるのは当然といえる大怪我だったのだから。
にも関わらず、体感では数時間しか寝ていないと思っていたガイにソルジャンが告げた内容は、あまりにも理解不能だった。
それにガイとソルジャンでは感情の温度差があり過ぎた。
めったに使わない自強化魔法を使用し、普段は階段を一段ずつ登るのに五段飛ばしで駆け上がり、全身汗だくになりながら必死に動き回ったガイとは対照的に、ソルジャンは「ガイさんもモーリス王も大袈裟ですねぇ」とでも言わんばかりの態度なのだ。
「何ヶ月って…何を言っているのですか?いつから寝ていたのかはわかりませんが、ガイさんが城を出てからまだ3時間しか経っておりませんよ。一体どうしたのですか、本当に。ガイさんらしくありませんよ」
「ーーは?」
おかしい…あり得ない。
ソルジャンの言う事が正しいのなら、私がアックス少佐を連れて来てから2時間半しか経っていないはず。
ソルジャンが嘘をついている…?
いや、それこそあり得ない。
「アックス少佐はどこです?今すぐ案内してくれ」
有無を言わさぬ態度でガイがそう言うとソルジャンは素直に従い、ガイに肩を貸しながらアックスが眠っている部屋へと連れて行った。
ーーーーー
ソルジャンに連れられて辿り着いた部屋では、ソルジャンの言った通り イビキをかきながらいつもの様に大の字になって気持ち良さそうに眠る無傷のアックスが居た。
「そん、な…。あり得る事なのか…?あれ程の怪我をこんなにも短時間で完治させる事が…」
小さな怪我などなら数秒で完治させるのは治癒魔法を覚えている一般人でも可能だが、骨折以上の怪我になるとそれなりの修練を積んだ治癒魔法を覚えるか回復系のアイデアを所持している必要があり、その道のプロが医者や治癒術師の職業に就く。
どこの国にも病院などはあるし優秀な医者と呼ばれる人達も必ずいるのだが、優秀の種類と度合いはバラバラである事が一般的。
ディミド国にいる優秀な医者は、多くの治癒魔法を覚えており虫歯治療から腰痛治癒まで出来る万能タイプだが、重体や重症の人が来た場合は対応できない。
セントクルス王国の場合は様々な専門家がいるので、重病の人達はセントクルス王国に行けば間違いはないのだが、やはり得意分野というのがあり、先にある程度調べてから病院に行かないと たらい回しにされる事も珍しくない。
今回のアックスのように複数の臓器や骨が無くなっている場合は治療に多くの医者の力と時間が掛かるのが常識……なのだが……
「モーリス王も アックス少佐が死ぬかもしれないと仰っておりましたが、本当にそれ程の重体だったのですか?私が来た時にはもうすでにイビキをかいておりましたし、治療を行ったのはロキソ先生お一人だと伺ったものですから……どうも現実味に欠けてしまいまして」
ーーーソルジャンの緊張感の無さに、さっきまでは多少のイラつきを感じていたが……
そうか、なるほど…
確かに今のアックス少佐を見れば、ほんの数時間前まで腹に大穴が空いていて 普段は見える筈のない肺が剥き出しになっていたと言われても冗談にしか聞こえないだろう。
私だって同じだ。
実際にアックス少佐が死にかけていたのを目の前で見ていたはずの私ですら、今のアックス少佐を見れば あの惨劇が現実だったのかわからなくなりそうなのだから。
だがわかった、理解した、思い知った。
ーーー私は、知らない事が多すぎた。
知った気でいた、知っていたつもりでいた。
小国と言われているディミド国の中で知将と言われ、自覚なく自惚れて 無知なまま勝手に見限って狭い世界で自己完結させていた事を気付かされた。
世界最大のセントクルス王国を多少知っているだけで世界の全てを知った気になっていたのだと、この世界一小さく世界一強大な島で完膚なきまでに思い知らされた。
「くくくっ…くくっ…あっーはっはっはっ!」
自然と笑いが込み上げて来たのを、私は堪える気にもならなかった。
それと同時に、涙が溢れた。
一体いつ振りだろう、涙を流したのは。
幼少以来…いや、アックス少佐の前で1度だけあるか。
「・・・・・」
笑いながら涙を流すガイに、ソルジャンは何も言わなかった。
MSSでガイの心から 悔しさと恥ずかしさ、それに己への怒りと複雑な喜びが伝わって来たからだ。
そしてそれは、モーリス王やガイが言っていた事が大袈裟ではなく現実の出来事であったと信じるに値する感情と光景だったからでもある。
「なぁソルジャン、世界は広いなぁ。私はどうやら井の中の蛙だったようです」
「ーー私も、同じなのだと理解しました。ですが今は アックスさんが無事に生還出来た事を喜びましょう」
「そうだね。それにしても 腹が立つほど気持ち良さそうに寝ていますね……まぁいいでしょう。アックス少佐には暫くゆっくり休んで貰うとしようか。ーーー起きたら、忙しくなるよ。アックス少佐も、私も。そして君もね、ソルジャン君」
「はい」
こうしてディミド国の魔獣騒動はひとまず幕を下ろした。
決して無能ではない知将ガイは己の無能さを知り、目線より下の世界しか見ていなかった事を自覚し、その愚かな自分は今日で捨て去ると心に決めた。
広い世界の頂に君臨する剣士レスカーに可能性を見出され、本人の知らない間に交わされた約束により、ソルジャンには今後 やる気を出してしまったガイの厳しい特訓が待っているだろう。
強者の素質を持った生真面目な原石ソルジャンと冷酷な指揮者と呼ばれていたガイは、ヌエン村を救ったディミド国の英雄 小さな巨人アックスの間の抜けた寝顔を暫くの間 静かに見守った。
ーーーーー
その後ガイとソルジャンがサラとロキソにお礼を告げに向かうと、ガイが眠っている間にサラがアルバティル学園で気を失ってしまった転移兵を拾いに行ってくれたらしく、再度お礼を告げてからディミド城に戻る事にした。
病院を出る前に、アックスはいつまで入院した方がいいかロキソに聞くと 明後日には退院出来ると言われ、ガイは多少驚いてはいたが、もう取り乱したり あり得ないと決め付けるような事はなく「では明後日の正午にまた来ます」と告げていた。
そして2日後、アックスは無事に退院してディミドに帰還した。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
各地で出現している黒い雨は降った直後に消滅してしまう為 採取が出来ておらず詳細は未だに不明であったが、多数の魔獣報告などが挙げられており、今回のディミド国オールドオーガ襲撃事件を最終的なきっかけに、本格的な対策を行う会議が開かれた。
リードイストを含む北東南中央の4大陸のトップと側近がセントクルス城へ集まって進められた会議は2日間行われ、一悶着はあったが結論として 連日降り続く雨の消去と魔獣対策の強化が決定された。
雨雲の一斉消去はこのまま雨が止まなければ1週間後の8月27日に4大陸同時に行う事が決まった。
そして魔獣への警戒を更に強めるようにメディアを通して今以上に伝えていき、黒い雨が出た場合はすぐにその大陸の主要国が本軍で対処をし 複数同時に出た場合は被害の少ない大陸の軍を派遣してお互いが無条件で助け合う約束を取り付けて会議は終了した。
会議によってやるべき事はまとめられたが、帰り道で見せた各大陸のトップ達の表情は各々が違う表情をしていた。
学園島の学園長はいつも通り仮面で隠されていたが、
北のエルスノウ大陸の女王は何かを考えるように難しい顔をし、
南のワインベルク大陸の王は不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。
そして全員がいなくなったセントクルス城の会議室では不敵に笑みを浮かべるリードイスト。
不穏な影は確実に迫っているが、その足音は雨音に掻き消され、一部の者以外には未だにその姿を捉えることができないでいた。
自大陸へと戻り 会議の内容を各国へと伝えた王達は、異例の大雨が撤去されるまでのあと1週間、何事も起きない事を願いつつも、心に渦巻く靄に目を背ける事無く 各々の目的の為に準備を開始し始めたのである。




