【 討伐と試験 】
オールドオーガの注意を引きつけて村人達が逃げる時間を稼いでいるアックスであったが、ものの数分で劣勢に持ち込まれていた。
しかし、予想では数分で殺されると思っていたアックスだが、いまだに立ったままオールドオーガと向き合っている。
バゴォーンーードガッーー
「ぐふっ!クソッタレが……」
アックスの攻撃は全てオールドオーガに当たっているが、多少押し返すだけで ダメージを負わせる事が出来ていない。
逆にオールドオーガの攻撃は全て防御しているにも関わらず、アックスにはかなりのダメージが蓄積されていた。
優しく掴んだだけで人を握り潰してしまうオールドオーガが攻撃としてくりだす打撃や角撃は、武器でガードしたとしても凄まじい衝撃が全身を襲ってくるのだ。
オールドオーガの気を逸らしてから10分経ったくらいか・・ちゃんとあいつらは逃げる事が出来ただろうか…
「ーーっ!?」
余裕の無い状態ではあったが、部下達や村人達の事が気になり目線を下に落とすと そこには数名の部下が懸命にアックスへ治癒魔法と強化魔法をかけているのが見えた。
予想よりも長くオールドオーガと対峙出来ていたのは、小さく弱い部下達の心強い援護のおかげであった事に、アックスはようやく気が付いた。
ーーーあんのバカ共が。
「うおぉぉぉぉっっっ!!!」
部下の命懸けの援護を見たアックスは自らを奮い立たせた。
既に左腕が曲がってはいけない方へ曲げられており動かす事が出来ないアックスは、片手で巨大な斧を振り上げてオールドオーガの脳天目掛けて振り下ろしたーー
ドゴォォォンッーー
会心の一撃。
アックスの今までの人生で、これほど強力な攻撃は出せた事がないといえる一撃がオールドオーガの脳天に直撃した。
すると、先程まではどれだけアックスが攻撃を加えようとダメージを負った様子を一切見せなかったオールドオーガが、初めて痛みを感じた様子を見せた。
〝ボガァァァァッァッァッ〟
しかし、ダメージを与える事が出来ただけで、倒す事は出来なかった。
オールドオーガの額からは薄っすらと血が流れ、それを見たオールドオーガが激怒の咆哮を上げる。
そして、怒り狂ったオールドオーガは 頭に生えているツノを巨大化させてアックスに襲い掛かりーーー
グサッーーー
アックスの腹部を貫いた。
「がっーーゲホッ、ゲホッ」
腹部を貫かれたアックスは咳き込みながら大量の血を吐き、アイデンで巨大化していた体が徐々に縮んでいっている。
ガシッーー
「つ、捕まえたぜクソッタレェ。おいお前らっ!治癒はもういい、今すぐ逃げろっ!」
アックスは下で懸命に援護をしてくれていた部下達に逃げろと大声を上げたが、部下達は涙を流しながら首を横に振り アックスへ治癒魔法を掛け続けた。
〝ゴボァァッグゴォォォッ〟
「ぐあっーーガハッ」
ツノをアックスの腹部に突き刺したまま捕まえられているオールドオーガが、離せといわんばかりに暴れ回ると それに合わせてアックスの内臓はグチャグチャに掻き回され、先程より大量の血を吐いた。
「ーーはやぐっ、いげぇぇぇ!!」
断末魔のようなアックスの命令。
それを受けたアックスの部下達は涙と雨とアックスの血でグシャグシャになった顔で、アックスに敬礼をした後 振り返らずに走って行った。
ーーードボドボと流れる血、アイデンにより巨大化していたアックスの体は、最大時の半分程のサイズになり意識も朦朧としてきていた。
「ゲホッ、ゲホッーー」
朦朧とする意識の中で、アックスは不思議な満足感を感じていた。
(最期に部下達を逃がす事が出来てよかった…)
すでに痛みはなくなった。
(部下をあんなでっかい魔獣から守って死ぬなんて、俺にしちゃあ上出来過ぎる最期じゃないか…)
瞬きをする力もなく、うっすらと開いたままの瞳は、もう何も映し出してはいない。
(ははは…それにしてもあいつら、弱っちい部下達だと思ってたが、なかなか根性入ってたんじゃないか。
・・俺は、良い部下に恵まれてたんだなぁ。
まぁ、今頃気付いても遅ぇか…あいつらが死んだら、あの世で、一杯、奢って、やる…と…する…か……
…………………
「なんだなんだあ、ドワーフのおっさん もう死んじまうのか?あん?死んだか?勝負がついたってんならもうこいつは俺様が切っていいよな?」
スパンッーーーー
〝グゴッ!?ボギャァァァッァッァ」
スパンッーースパンッーー
〝ギッ・・・ギャッ・・・〟
スパンッーーーー
雨に濡れる事も、返り血を浴びる事もなく、ガイよりも一足先に到着した世界最強の剣士は たった4回の斬撃でオールドオーガを解体した。
それは、あまりにも圧倒的な光景だった。
1度目の斬撃でオールドオーガの体は上と下に分けられ、2度目と3度目の斬撃では 大木が小枝に見える程の両腕を削ぎ落とした。
退屈そうに欠伸をしながら放った4度目の斬撃で、上半分になっていたオールドオーガの体は左右に分けられ…消滅した。
この光景を見た者がいれば、自分の頰を抓り 夢かどうか確認した事だろう。
オーガ種は低級魔族の中でも上位の強さを持つと言われているが、それは基本種であるオーガの場合だ。
オールドオーガはオーガ種の中でも上位種で、中級魔族の扱いになる。
軍で討伐をするのであれば最低でも3000人の隊を組んで討伐に向かうレベルであり、個人で倒すなど常人…いや強者であっても夢のまた夢の相手なのだ。
それを世界最強の剣士レスカー・ウッドベルは欠伸をしながらやってのけた。
ーーーーー
レスカーがオールドオーガを倒してから2分後、ガイがヌエン村へと到着した。
「ーーっ!アックス少佐っ!」
ガイが到着してまず目に入ったのは、先程よりも荒れ果てている村と死者を弔う火葬の跡ーーーそして 村から少し離れた場所で、地面に刺した大剣の上でつまらなさそうな表情をしながら胡座をかいて座るレスカーと、そのすぐ側でピクリとも動かずに横たわるアックスだった。
駆け寄ったガイは全力で治癒魔法を掛けたが、無くした臓器を戻す事は出来ず アックスの傷は塞がらなかった。
微かではあるが呼吸と脈はある…
しかし、ディミド城に戻ったとしてもこの傷を治癒できる程 腕の良い治癒術師も施設もない為、このままでは後5分もせずにアックスの命は消えてしまうだろう。
「レスカー様っ、不躾な事を承知でお願い致します!どうかアックス少佐をお救いください!私では…アックス少佐を救えないっ!この国にはまだアックス少佐が必要です!どうか…どうかっ!」
ガイは恥もプライドも投げ捨て、血と雨でドロドロになっている地面に額を擦り付けてレスカーに懇願したが、レスカーは動く気配を見せなかった。
「あん?戦って死ぬなら本望だろーが!命を懸けて戦って命を散らす。本気の力をぶつけて死ねるなんて最高じゃねぇかよ!おめぇはこいつを侮辱してんのか?それに助けたって別に俺様にメリットなんてねぇだろ。どんだけ頑張ったってドワーフのおっさんじゃあ俺様と戦うなんて出来ねぇし。惨めに生き残るよりスパッと死んだ方がこいつも報われんだろが!」
レスカーという男に対して情で訴えても聞いてもらえない事をガイは知っている。
アックスの状態を見れば、全力で戦ってこうなったのであろうという事も理解している。
戦士気質のアックスの事だ、レスカーの言う通り このまま死んでも本望だと言うかもしれない。
だが、ガイにはそれを受け入れる事がどうしても出来なかった。
「メリットなら…あります」
「ほお!言ってみろよ、くだらねぇメリットだったら俺様は帰んぞ」
ゴクッーー
レスカーにとってのメリット…
一言目で失敗すれば、その時点でアックスが生き残る可能性はゼロになる。
しかし、ガイにはレスカーの心を揺さぶる程のメリットを与えられる物は何もなかった。
メリットがあるなど、ブラフ以外の何者でもなく、レスカーを引き止めるためのハッタリでしかない…
だからーーー
次の言葉が出たのは、ついさっきの出来事が頭に残っていたからとしか言いようがなく、そこにはレスカーを引き止められる根拠も確信もない、ただ口から漏れただけの言葉であった。
「ソルジャン……を、レスカー様好みに育てる為には、アックス少佐の指導が必要不可欠です!アックス少佐は人を育てる才能があります。助けていただけるのであれば、必ず私とアックス少佐でソルジャンを強い戦士に育て上げるとお約束致します!」
ソルジャンの名前を出した後は半ばヤケクソだった。
その後ガイは、ただ必死に懇願し 自分にとって初めて友人と思えた人物の命を救ってもらう為に頭を下げ続けた。
「おんもしれぇじゃねぇかよ腹黒メガネ!だがよぉ、俺様は傷を治すなんて女々っちぃ事は出来ねぇぞ!俺様がやってやるのは現状維持だけだあ!後は勝手に治せや!こっから助けられねぇよーならおめぇの力不足。そんな奴には俺様が満足する奴を育てるなんてできゃしねぇからなあ!試験だと思ってドワーフのおっさんを救ってみな!」
レスカーはそう言うと、魔力で作ったであろう片刃剣でアックスの傷口を囲むように峰打ちした。
するとアックスの身体から緩やかに流れ出ていた血がピタリと動きを止め、死へのカウントダウンを停止させた。
「時間は、どれくらい持つのでしょうか?」
それを見たガイはアックスの生命が維持される時間をレスカーに問い、レスカーは30分で効果が切れる様にしたと言った。
「了解しました。レスカー様、このお礼は後日必ず。与えていただいたチャンスを無駄にする訳にはいきませんので、私はこれで失礼致します」
「まぁ頑張れよ腹黒メガネ!今度うめぇ酒でも持って来いやあ!」
レスカーの言葉に「はい、必ず」と返事をしたガイはアックスを連れて転移ですぐにディミド城へと戻った。
ーーー残された時間は30分…早急に治癒できる人物を探してアックスを連れていかなければならない。