【 シャイナス家、家族会議 】
美味しそうな匂いに誘われてリビングへ入ると、テーブルから溢れてしまいそうな程の大量の料理と鼻歌交じりに食事の支度をする母さんが出迎えてくれた。
「2人とも来たわねぇ、こっちの準備はバッチリエビチリよっ!」
「おおー!ほほー!」
L字ソファーの前に置かれたテーブルの上には、海老マヨ、海老せん、海老チャーハン、海老バーガー、海老の丸焼き、海老チリ、海老鍋、海老寿司、海老の唐揚げ、海老の・・・
全部言うのも面倒くさくなるくらい大量の海老料理が敷き詰められていた。
なんだこれは…
飲み物以外で海老が入ってない物がない・・・
海老神様を降臨させる儀式かなにかですか?……そんな神様聞いたこともないけど。
確かに俺も母さんも海老は好きだし、今日は海老パーティーをするとさっきも言っていたが…
「これは…やり過ぎだろ」
俺が引きつった顔でそう呟き、リビングの入り口で立ち尽くしながら海老だらけのテーブルを見ていると母さんが「早くこっち来て座りなさいよー」と催促してきた。
立っていても仕方がないのでグルルと一緒にソファーに座ると、俺の隣に座ったグルルは待ち切れないようにヨダレを垂らし始めた。
「晩御飯にしては時間が遅くなっちゃったけど、たまには夜更かし海老パーティーもいいわよねっ!さぁさぁ2人とも、食べましょ!いっただきまぁーす」
「ーーだからなんでいつも母さんは真ん中に座りたがるんだよ!狭いって言ってるだろ」
「おおー!ぱるる、たっくと、えびぱー!いたまーす!」
L字のソファーにも関わらず横一列に並んで食事を始めると、グルルはその小さな身体からは想像もつかない程の勢いで食べ始めた。
「マキナより凄い食いっぷりだな……そんなに慌てて食べると喉に詰まらせるぞ。もうちょっとゆっくり食べろよ」
バキュームカーのように料理を口に運び 食べるというよりは飲み込むように海老を消滅させていたグルルであったが、俺がそう言うと少し落ち着き ゆっくりと料理を食べ始めた。
「いいわねぇ、その食べっぷり!それにちゃんとお箸やスプーンの使い方は知ってるみたいね。タッ君が教えたの?」
「ああ、たこ焼きっさで少し教えたら すぐにちゃんと使えるようになったよ。多分これもコピー系のアイデンの影響だと思う」
たこ焼きっさでは最初、グルルはなんでも手で食べようとしていたが俺が箸などの使い方を一度教えると、すぐにそれを使いこなしていった。
今もグルルは、扱いが難しい箸を器用に使って海老チリを口に運んでいる。
「コピー系のアイデンかぁ、なるほどね。確かにそれならタッ君が言ってた防雨結界の事も、さっきのドライの魔法も納得ね」
「ああ。この歳でここまで使いこなせているのは凄いとしかいいようがないけど、それ以外では考えられないしな……っておい、なんでドライの魔法の事まで知ってんだよ。見てたのかっ!?」
マジでこの母親は油断も隙も無いなっ!
「あらやだ、グルちゃんってばお口の周りがベッタベタ。はいはい拭いてあげますからこっち向いてねぇ」
「お?おおー、ぱるるありあとー!」
くっ、母さんのやつ。
グルルを使ってわざとらしく誤魔化しやがって・・・
ーーとか言ってる間にあれだけあった料理がほとんどなくなってるし。
どんだけ大食いで早食いなんだよグルルは…
ーーーーー
ーーー
ー
「んー・・・むにゃむにゃ。ーーすぅ〜すぅ〜」
結局テーブルに並べられた料理の9割はグルルが平らげてしまい、グルルは食べ終わるとすぐにその場で横になり寝息を立て始めてしまった。
残った1割の料理でも俺と母さんがお腹いっぱいになるくらいには量があり、今は母さんと2人でちまちま食べているところだ。
「ふふ、可愛い寝顔ね。安心しきってる赤ちゃんみたい」
ソファーで眠るグルルに薄い掛け布団をかけながら母さんはグルルの頭を優しく撫でた。
「なぁ母さん、そろそろちゃんと説明してくれよ。なんでさっき警察署であんな変な顔してたんだ?」
警察署で母さんは真剣な顔をしながら俺にMSSで【帰ったらちゃんと話すから】と伝えてきた。
わざわざMSSで伝えたという事は、グルルには聞かせたくない何かがあるという事だろう。
そう思った俺は、グルルが寝たのをきっかけに母さんにその真意を聞いた。
「変な顔!?こんなに綺麗なお母さんに向かって変な顔ですとっ!?」
「そういうのいいから。それにあんまりデカい声出すなよ、グルルが起きるだろ」
「あん冷たいタッ君も素敵っ!ーーさて、冗談はこれくらいにして、ちゃんと話さないとね」
俺は元々冗談の言い合いなど求めていなかったが、母さんもどうやらようやく真剣に話す気になったようだ。
「で?グルルの両親は見つかったの?」
大雨の中たった1人で全裸で橋の上にいたのも気になるが、まずはグルルの両親が見つかったかどうかだ。
「結論から言うと、見つからなかった。でも、正直これは想定内だったのよ」
見つからないのが想定内?
どういう事だ?
「そういえば母さんは最初からグルルの親を探すのは無理かもしれないって言ってたけど、なんでだ?」
「迷子届けが出されていないのと、タッ君がグルちゃんを見つけた時の状況を聞いて迷子の可能性はないと思ったわ。全裸で橋の上にいたって聞いた時は捨て子の可能性はあるかもって思ったんだけど、グルちゃんの言葉遣いと顔を見て 捨て子の可能性もほとんどないって思ったのよ。ほら、グルちゃんには虐待の跡がなかったでしょ?おでこの傷みたいなのは気になったけど、あれは古傷みたいだったし それ以外の真新しい傷はどこにもなかったから」
虐待の痕跡がないのは俺も気付いていた、だがそれで親が見つけられない理由にはならないだろ。
「だから私はグルちゃんのご両親は既に亡くなってる可能性が高いと思ったのよ。でも楽しそうにしてるグルちゃんを見たら、もしかしたらご両親が亡くなってる事を知らない…もしくは死を受け入れる事が出来ていないんじゃないかって思ったの」
グルルの親がーー既に死んでいる?
…考えてもいなかった。
小さな子供には親がいるのが当たり前だと、勝手に思い込んでいた。
俺だって父親を亡くしているのに、そんな事すら考えつかなかったのか俺は……
「MSSデータバンクにレベル3登録されている人の顔は全員覚えているから、グルちゃんがレベル3である可能性は低いと思ったんだけど…あの言葉遣いでしょ?もしかしたら感染してMSS登録される前にご両親が亡くなっていて、それを偶然学園側が見落としていたとしたら グルちゃんが未登録のMSSレベル3って事もあるかもしれないと思ったのよ」
MSSが優遇されるようになってから義務化されたシステムで、俺達のような感染者は全員登録しており、このシステムのおかげで俺は転タクの割引など様々なレベル3特権が使えている。
「万が一そうだったら、私の考えてる事がグルちゃんにも聴こえちゃうでしょ?私の憶測とはいえグルちゃんにとって辛い事を聴かせたらいけないと思って、咄嗟に海老パーティーの事を考えて誤魔化したんだけど……あの時のタッ君の軽蔑した目は辛かったわよぉ、お詫びにハグしてちょうだい」
なるほど…
それでいきなり海老パーティーとか考え出したのか。
ふざけるな なんて言った自分が恥ずかしくなる…
母さんは俺よりよっぽどグルルの事を考えてくれていたんだな。
「ごめん、俺の考えが足りてなかったくせに母さんにキツく当たって…」
「いいのよ。タッ君もグルちゃんの為に必死だったのはお母さんにもわかってるから。それに軽い検査の結果で、多分だけどグルちゃんはレベル3ではないって出たから 私の取り越し苦労だったみたいだしね」
優しく微笑む母さんだが、まだ何かあるのか 複雑そうな顔をしている。
「そうだ、結局見つからなかったって言ってたけど親族は全員亡くなってたって事か?グルルはどこの家の子だったんだ?」
俺がそう質問すると、母さんは困ったような顔でグルルを見た。
「問題はそこよ。あの子がどこの誰なのかが全くわからなかったの。セントクルスと学園島の個人データを全部照合したけど、グルルなんて子の情報は何一つ見当たらなくて 生まれた経歴すらなかったのよ。もちろん名前だけじゃなくて顔や毛髪、それに魔力や唾液でも検索をかけたわよ。それに上に無理を言ってワインベルクとエルスノウのデータまで見たのに見つからなかったのよ」
「ーーそれはあり得ない事なのか?」
難しそうな顔で話す母さんと違い、俺にはそれがどういう事なのかよくわからなかった。
「ほぼあり得ないわね。4大陸同盟は知ってるわよね?八英雄がフレイク魔教団を倒して、サラちゃんが世界を脅してから結ばれたあの同盟。あれ以降、戦争がなくなって MSSが善として認められたのを切っ掛けに、個人管理が強化されたのも知ってるわよね?」
「なんとなくは知ってるけど、詳しくは知らないな」
4大陸同盟は東のセントクルスを筆頭に北のエルスノウ、南のワインベルク、中央の学園島で結ばれた終戦と友好の同盟で、災害があれば助け合ったり 大陸を越えても有効な法律が出来たりと、今の世界の形が出来る切っ掛けになった同盟だ。
その内の1つに個人情報管理の強化がある。
俺が知っているのはMSS感染者の情報が徹底されたという事くらいで、それがどれ程の徹底さなのかは知らない。
「普通に産まれたのなら絶対どこかに出生データが残るくらいには管理しているはずよ。今ではMSS感染者が増えれば増えただけ治安が良くなっていくのは立証されているから、感染する可能性がある子供達の管理は重要視されているのよ」
それなのにどこにも出生記録がないというのはおかしいってことか。
「グルルの両親が死んでるかもって言ってたけど、間違いないのか?」
「おそらくは、としか言いようがないわね。私のアイデンは人や物を繋ぐ糸を出す事ができるけど、死んだ人とは繋がれないの。なんかいつもと感覚が違ったような気はしたけど、グルちゃんにアイデンを使っても糸が出なかったのは確かよ。だから…ね」
遺体が見つかったとか死亡報告があった訳ではないが、両親が生きてる可能性は限りなく低いって事か。
「そうか。でも親族がいなくて出身地もわからないってなると……これからグルルはどうなるんだ?」
「タッ君は、グルちゃんをどうしたいと思ってるの?」
「俺に何か出来るなら力になってやりたいし助けてやりたい……って、なにを当たり前の事を聞いてんだよ」
俺の返事を聞いた母さんはニヤニヤしながら俺の顔を見た後、おもむろに一枚の紙を取り出した。
「ジャジャッーン!タッ君ならそう言ってくれると思って、里親申請してきちゃいましたっ!もちろん私名義でだけどね」
「は!?いやいやいや…勝手にそんな事していいのか!?」
「いいんじゃない?だって警察で探しても見つからないんだもん。もちろん本当の家族や親戚が見つかったら帰すけど、それまではこのシャイナス家で面倒を見ようと思ったの。こんなに小さい子がラストネームもなく1人でいるのは良くないでしょ」
いやいや、普通は孤児院とか学園に任せるだろ…
でもなんだろう・・ちょっと嬉しく思ってしまった。
今日一日グルルに付き合っていて、もしもグルルみたいな弟がいたら楽しいだろうなぁと思っていた矢先に、まさか本当に弟になってしまうとは…
「んん〜・・ん、おおー?」
なにも解決はしていないが、ひとまず母さんとの話は一段落し、2人で食事の後片付けをしているとグルルが目を覚ましたので、3人でテーブルの食器を片付けてから部屋に戻って休む事にした。
グルルには俺の隣の部屋を使っていいと言ったのだが、今日は初日という事もあり俺の部屋で一緒に寝る事になった。
グルルは起きたばかりだから、きっと騒がしくして俺が眠るのを邪魔してくるだろうと思っていたのだが、俺が「おやすみグルル」と言うとグルルも大人しくまた眠りについていった。
「・・・・」
グルルの寝顔はとても穏やかで どこか嬉しそうなその顔を見ると、問題は何も解決していないのだが なんだかホッとする。
それとさっき母さんがグルルに「今日からグルちゃんの名前はグルル・シャイナス。私達の家族よ!」と言った時のグルルの喜んだ顔は忘れられそうにない。
顔をグシャグシャにしながら大喜びし、俺と母さんに飛びついてきたグルルの瞳からは一筋の涙が溢れていたのだ。
親が死んだ事を知っているのかはわからないが、これからは辛い事ではなく楽しい思いを沢山させてあげよう。
涙は嬉し涙だけでいい。
血は繋がっていなくとも、今日からグルルは俺の弟になったんだ。
警察署ではMSSのレベル検査がちゃんと出来ないので、また雨が止んでからでも検査しに行かないとな…
それにイリアやセル…にもグルルを紹介して…
色々教えてあげて…色々…………
これから忙しくなる楽しい妄想をしているうちに、俺は深い眠りに落ちていった。




