【 憂鬱な待機時間 】
切れたロープを悔しそうに睨みつけながら地団駄を踏む母さんが落ち着きを取り戻したところで、俺は母さんにグルルの事を説明した。
もちろん飛び散った椅子を俺とグルルで直してからだが……
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「なるほどねぇ、でも私が知る限りではこの子の迷子届けは出てないわね。もしかしたら私が見落としただけかも知れないから、今から戻って調べてみるわね。手掛かりがないようなら私のアイデンで探してみるけど……ちょっと望みは薄いかも知れないわね」
俺がグルルとの出会いから今までのやり取り、それにグルルの並外れた才能の片鱗を説明すると、母さんは難しそうな顔でそう言った。
「ん?どうして望みは薄いと思うんだ?母さんのアイデン《運命の糸》なら、グルルの両親を探す事が出来るだろ?」
サーチ系の中でもかなり優れた部類に入る母さんのアイデンなら、グルルの両親をすぐに見つけられると思っていたのだが、俺の期待通りの返事は来なかった。
「迷子や捨て子なら私のアイデンで見つける事も出来るけど、ショタ・・じゃなくてグルル君の場合は多分……」
【今日は久しぶりにタッ君と晩御飯でも食べようかしら。海老マヨに海老チリに海老フライにしましょう、そうしましょう】
ーーは?
どういう事だ?
それに何をこんな時に訳の分からない事を考えてるんだ?ふざけてるのか?
「ふざけんなよ!母さんが適当な事はよくわかった!わかってたけど、再確認したよっ。とりあえずもう一度ちゃんと迷子届けが出てないか調べてやってくれっ」
真面目に相談しに来たのに…
グルルに虐待された様子はなかったんだ。
それなら捨てられた可能性は低いはず……
だとしたら今頃、グルルの両親がこの大雨の中 必死にグルルを探しているかもしれないってのに…
「あんタッ君、怒っちゃやーよ。ーーーそれに、ふざけてなんかいないわよ。とりあえず一回調べてみるわね。タッ君は少しここで待っててちょうだい、ほら行くわよっ、ショタルル君」
「おおー?しょたるる?たっくと?」
母さんは一瞬だけ真剣な顔を見せたが、すぐにいつもの緩い雰囲気に戻ると グルルに付いて来るように呼び掛けた。
グルルは呼ばれた名前に疑問を抱きながらも、自分の事だと一応理解はしているようだ。
しかし、ずっと一緒に行動をしていた俺が動こうとしないのを見たグルルは、俺は一緒に行かないのかと聞いているようだったので、グルルが不安に思わないようになるべく優しい顔で頷いて ここで待ってると伝えると、少し考えた素振りを見せた後 素直に母さんに付いて行った。
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ーーー
ー
…暇だ。
手荷物が何もないとこんなに暇なのか…
いつもなら音楽を聴いて1人の世界に入るのが癖になっていたのだが、今日は愛用のヘッドホンも持ってきていない為 1人の世界に逃げ込む事が出来ないし、首元がなんだかソワソワする。
元々ヘッドホンはMSSで無制限に聴こえてくる声から意識を逸らす為に付けていたのだが、今では無いと落ち着かなくなるくらい馴染んでしまった。
首元は寂しいが、幸いなのはここが警察署である事と、大雨のせいで人が少ない事だ。
他の大陸や国はどうなのか知らないが、学園島の警察署内はMSSがほぼ機能しないようになっている。
全く聞こえないという訳ではなく、半径1メートルくらいの人の声はかすかに言葉として聞こえるが、それ以上離れた人から聞こえてくる声にはモザイクがかかったようになり、声ではなく音としてしか認識できないようになっているのでレベル3の俺でも、周りの人に気を遣わなくて済むのでありがたいと言えばありがたい。
ただ、聞こえてくる音は音楽のように心地良いものではなく、傘に雨が当たる音や砂嵐のような音が小さくランダムで聞こえてくるし耳鳴りのように頭がキーンとしたりするので あまり長居したいとは思えないが…
特殊な結界師がいるのか そういうアイデンを持った人がやっているのかは知らないが、とりあえずここは24時間ずっとこの状態だ。
ーーそれにしても、なんで母さんはあんな訳の分からない態度だったんだ?
それに、母さんのあの妙に真剣な顔・・・
あんな顔するなんて滅多にないのに。
だぁぁー、わからんっ!
俺が悩んでも分からないし解決もしないから、わざわざここまで来たのに、更に分からないことが増えた気分だ。
まぁ母さんはふざけた態度こそ目立ってしまうが、基本的には真面目だし 困ってる人は放っておけない性格だから、グルルの事も真剣に考えてはくれるだろうけど。
・・・・・・
・・・・
・・
「ーーーまだかな、結構時間が掛かるんだな…」
窓から見える外は相変わらず雨が降っているが、来た時よりも更に暗くなっているのは 雲の上に隠れていた太陽が仕事をせずに完全に仕事を終えたからだろう。
時刻は、もうすぐ21時になろうとしていた。
コツッ コツッ コツッ
手持ち無沙汰でボーっと外を眺めながら母さん達が戻ってくるのを待っていると、機械的な規則正しい足音が聞こえてきた。
人が少ないのもあり、やけにその音が耳に入ってきたのでなんとなく そちらに目を向けると、こちらに向かって歩いてくる足音の主と目が合った。
「サラ先生!こんな時間にこんな場所で何してるんですか?」
足音の主は俺のクラスの担任教師、英雄サラ先生だった。
「やはりシャイナス君でしたか、何をしているのですかはこちらの台詞です。シャイナス君が警察のお世話になるような問題を起こすとは考えにくいですが、何かあったのですか?」
「いえ、ちょっと迷子を見つけたので母さんに手伝って貰おうと思って連れて来ただけです」
「そうでしたか。シャイナス君のお母さん…パールさんの能力でしたら きっとその子も無事にご両親の元へ帰れるでしょう。しかしシャイナス君、困った人を助ける事は良い事ですが 悪天候が続いていますし最近は魔獣も活発化していますので、あまり遅い時間に外出はしないようにして下さい。では私は用事がありますのでこれで失礼します」
サラ先生は首だけで軽く会釈をすると、そのまま奥の方へと歩いて行ってしまった。
ーー最近ニュースでもよく聞くが、魔獣が活発化ってのはどうやら本当みたいだな。
学園島にも以前からもちろん魔獣は生息しているのだが、他の大陸に比べると弱い魔獣しかいないと聞いているし、縄張り意識が高いのか基本的に人がいる場所に出てくる事はないとも聞いている。
現に俺もこの島での生活はかなり長いが一度も見たことがないしな。
魔獣が何を食べてどうやって生きているのかは知らないが、魔獣がいると言われている場所は立ち入り禁止区域になっているので、そこに足を踏み入れない限りは襲われるといった事は起きないはずだった。
しかし最近になって急に、いるはずがない場所で魔獣が目撃されたりしているらしい。
幸いな事に学園島では魔獣被害が出たとは聞いていないが、セントクルス大陸なんかでは小さな田舎町が襲撃を受けたとニュースでやっていた。
「魔獣か。なんか実感湧かないんだよな…」
学園島ではメディアを通してサラ先生達が外出を控えるように呼びかけている為、島民達も迂闊に出歩いたりはしていないはず。
そのおかげで学園島では特に大きな問題は起きていないみたいだが……
正直なところ、どこか別次元の他人事のような気さえしてしまっている。
今まで外で魔獣など見たことがないのに、突然魔獣が出ると言われても実感が湧かない。
夏休み前のセントクルス遠征で初めて魔獣を見て、その恐ろしさを身を持って知った俺でさえこんな感じなので、魔獣を実際に見たことがない人達なら尚更 現実味がない話だろう。
それでも島民達が外出を控えるようにしているのは、英雄サラ先生や英雄クローツ先輩が極力外に出るなとメディアを通して言っているからに他ならない。
影響力の大きさで言えば英雄ジャスティンも大きいしリードイスト王ももちろん大きいのだが、この島に住む人達からすれば 同じ島に住むサラ先生やクローツ先輩、それに学園長の方が学園島での影響力は圧倒的に大きい。
「なんにしても、早くこの雨が止めばいいのにな…」
窓の外の雨に倦怠感を感じつつ、サラ先生が立ち去った事でまた1人になってしまった俺は、なかなか戻ってこない母さんとグルルをただボーっと待っていた。




