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光のタクト  作者: セカンド
魂の軌跡
77/165

【 想いは届くと知った日 】


ーーーーー


ーーー


ーー




イリアが倒れてから10日が過ぎた。


天気は相変わらず曇りとどしゃ降りを交互に繰り返し、例年より長い雨季が続いていた。


そして、未だにイリアは目覚める事なく眠り続けている。




セルと一緒にお見舞いに来た日から 俺は毎日イリアの病室に足を運んだ。



あの日から今日までにお見舞いに来たのは俺だけではなく、セルやハイナさん それにクローツ先輩達やラピスやルークまでもがお見舞いに来てくれていた。



まぁデュランとマリア達三姉妹も 病院までは来てくれていたのだが、溢れ出る力が巨大過ぎるという理由で 病院に入ろうとした所でロキソ先生に立ち入りを拒否されてしまっていたけど。



誰かがお見舞いに来てくれた帰りには、あのたこ焼きっさに連れて行き ネジリー店長の家族自慢を聞くのが日課になっていた。


病院に入る事が出来ないマキナやララも、たこ焼きっさには一緒に行っており みんな気に入ってくれたみたいだった。






「今日はまだ誰も来てないみたいだな」



病院の受付では誰の見舞いに来たか名前を書く必要があり、同じ病室の見舞いに誰がいつ来たのかはその欄を見ればすぐにわかるようになっているのだが、イリアの病室の欄には今日はまだ誰の名前も書かれていなかった。



受付を済ませ、もう乗り慣れてしまったエレベーターに乗り病室へ向かい 今日も時間が許す限りイリアの隣でイリアが目覚めるのを待つだけの、ゆっくりとした1日が始まる。




病室に着くと 俺はベッドの隣に置かれている椅子に座り、日課を始めた。


「昨日はマリア達が見舞いに来てくれたんだけど、やっぱりサディスさんもデュランの時と同じで 力がデカすぎて病院に入れてもらえなかったんだよ。とことん規格外な姉妹だよな」


俺は毎日こうやってイリアに昨日の出来事を聞かせている。


「でもせっかくお見舞いに来てくれたから、マキナも誘ってマリア達といつものたこ焼きっさに行ってきたんだ。そしたらネジリー店長がマリアを見て『やっぱりお嬢ちゃんはうちの娘に似て めんこいなぁ』って言って大量のたこ焼きをまたサービスしてくれたんだ」


聞こえているかはわからない。

届いているのかもわからない。


ずっと1人で眠っているイリアに、少しでも寂しい想いをさせたくない 夢の中でもいいから一緒の思い出を共有して欲しいと思う俺の勝手な独り善がりだ。



「マリアとマゾエルさんは少食だから ちまちま食べてたけど、マキナとサディスさんの食べっぷりが凄くてな。途中から観客は集まるし応援団みたいな人達はくるし、ネジリーさんだけじゃ作る手が足りなくて俺や他の客まで一緒にたこ焼きを作るの手伝わさるしで めちゃくちゃ大変だったんだぞ。飯食って帰る時に拍手で見送られたのは生まれて初めての経験だったよ」



本来ならそこにイリアもいたはずなんだ。

だが、イリアは1人で静かな病室にいる。


今は落ち着いているが、お見舞いの時間が終わればイリアは1人きりで また辛そうに顔を歪めるかもしれない。


俺がこうやって声を聞かせる事で、眠っているイリアが悪夢ではなく楽しい夢を見てくれたら 少しでもあの辛そうな顔をせずに済んでくれたら、そんな根拠のない願いを込めた独り言。


だから俺は 特に何もない日の話しであっても、なるべく明るい口調で話すようにしていた。




ブゥンーーー


穏やかな顔で眠るイリアに独り言を聞かせていると、エレベーターからロキソ先生が病室に入ってきた。



「ロキソ先生、おはようございます。やっぱりイリアは変わりないですか?」



イリアは倒れた日から、少しづつではあるが うなされる頻度が少なくなっていると前にロキソ先生は言っていたが、いつ目覚めるかわからないのは変わらないとも言っていた。



「おはようタクト君、毎日精が出るね。でも無理はしたらダメだよ。まぁここで倒れる分には僕が治癒してあげるからいいけどね」



はははと笑うロキソ先生はそのままイリアに近づき、様子を少し見た後 また俺に視線を戻した。



「イリアちゃんの容態は比較的に安定してきたのは先日言った通りなんだけどね、1つ分かった事があって 解らない事でもあるんだよ」



「分かって解らない?なんですか、そのトンチみたいな言い方は」



「うん、その事でタクト君に聞いたい事があるんだけどーーー」



ロキソ先生が俺に何かを聞こうとしたが、それは中断された。




「う・うぅん…あれ?ここは・・・」




イリアが目を覚ましたからだ。



「イリアッ!」


「おっとタクト君、イリアちゃんは起きたばかりだから少し落ち着こうか。まずは僕が検査するから、悪いんだけどタクト君は待合室で待っててくれるかな?検査が終わったらすぐに呼ぶからね」



ロキソ先生は俺に優しい口調だが有無を言わせず退室を命じ、通信魔機でナース達に手際良く指示を出していた。



俺はイリアの側にいたい衝動を抑え込み、邪魔にならないように待合室で待機する事にした。


「とりあえずコニアおばさん達に報告しないと」


受付に預けてある携帯を返してもらい、待機している間にマキナに連絡を入れ イリアが目を覚ました事を伝えた。



ーーーーー


ーーー




「タクト・シャイナスさん 居られますか?」



「あ、はい!俺です」


待合室で10分程そわそわしながら待っていると、ナースが俺を呼びにきて そのままイリアの病室に案内された。



「タクト、心配かけちゃってごめんね」



「イリア!よかった、本当に目が覚めたんだな・・・身体は大丈夫か?」


病室に入るとベッドに入ったまま座っているイリアが、申し訳なさそうに力無い笑顔で出迎えてくれた。



「イリアちゃんにはもう伝えているけど、心身共に異常なし。10日間寝たきりだったけどリハビリ専門の先生が後で治癒術を当てに来てくれるから、それが済めば今日中に退院も出来るよ」



「そうですか!ロキソ先生、ありがとうございます」



俺がお礼を告げるとロキソ先生は『イリアちゃんのご家族の方が来たらまた呼びに来るから、それまではここでゆっくりしてていいからね』と言うと病室を出て行った。




「ごめんねタクト。せっかくの夏休みなのに、私の為なんかに時間を使わせちゃって」



「何言ってんだよ。こういう時に謝るなって昔から言ってるだろ。それに夏休みだからって俺に予定がないのはイリアも知ってるだろ」



「そっか、そうだったね。ごめ…じゃなくて、ありがとう タクト」



申し訳なさそうな顔を隠し、柔らかい笑顔を見せてくれるイリアだが やはりまだ本調子ではないようで笑顔に元気はなかった。


心の問題。辛そうな寝顔。元気のない笑顔。


ロキソ先生は心身共に異常なしと言っていたが、心の傷が問題なら 根本的に解決しないと、また同じ事が起こるかもしれない。


出来る事なら なんとかしてやりたいとは思う。


だが、心の傷の事を心に傷を付けずにイリアから直接聞くのは難しい……なにより、俺にそんな勇気はなかった。


あり得ない事だとは思うが、もしも心の傷の原因が イリアの記憶からは消えているはずの″過去の出来事〟であったらと思うと怖かったからだ。



「俺の貴重な夏休みを10日もイリアに捧げたんだから、退院したら遊ぶのに付き合ってもらうからな。覚悟しとけよ」



「ふふっ、予定なんてないって言ってたのに貴重ではあるんだね。わかった、なんでも付き合うよ」



俺に出来ることは、イリアの心の傷を少しでも楽しい記憶で塗り潰す事。


今のイリアの心の傷の原因はわからない、もしかしたら本当に過去の出来事が原因かもしれない。


俺の考える、楽しい記憶で心の傷を隠すというやり方は逃げているだけなのかもしれない。


だが、逃げて逃げて 逃げ切れるのなら、それでいいと俺は思っている。


無理に掘り起こさなくていい事もある。


忘れ去る事で救われる事もある。


今は元気なく笑っているイリアだが、明日には元気に笑えるようになるかもしれない。


それなら そうなれるように手を貸すことが、今の俺に出来る事であり 償いだ。



「そうだなぁ、イリアは何かしたい事ないのか?特別サービスでイリアに決めさせてやるよ」



「えぇ?うーん…それじゃあ、たこ焼きが食べたい・・・かな。なんかね、夢でタクト達が楽しそうにたこ焼きを食べてる夢を見たの。あ、私ってば起きたばかりなのに食べ物の事なんて…これじゃあマキナみたいだね」



ドクンッ ドクンッ



「・・たこ焼きか。よしっ、じゃあ最近行きつけのとっておきの店に連れて行ってやるよ」



「行きつけのたこ焼き屋さんがあるんだね。ふふっ、楽しみにしておくね」



眠っているイリアに声を掛け続けていたのは、無駄ではなかった。



伝わらなくてもいい事まで伝わってしまう今の世の中で、伝わる事がこれほど嬉しい事だと思えるとは思ってもいなかった。


ドクンッ ドクンッ



イリアの笑顔に元気さが少し戻り、その顔を見ていると嬉しさと気恥ずかしさで鼓動が速くなるのを感じたが、心情が態度に出ないように気を付けながらイリアと談笑をしていると ロキソ先生とリハビリの先生がエレベーターからやって来て、マキナ達が病院の前に着いたと報告してくれた。



イリアが治癒をして貰っている間に 俺はマキナとコニアおばさんに会うために一旦外に出る事にした。


ーーーーー


ーーー





夕方になると雨は上がっていた。

曇ってはいたが、夕陽の赤が雲に綺麗な色を付け 晴れの日とは違う綺麗な夕空がイリアの回復をお祝いしてくれているように見えた。




退院手続きが済み イリアは無事に退院する事が出来、コニアおばさんとマキナと一緒にタクシーに乗って帰って行った。



コニアおばさんは帰る直前まで咳き込みながら俺にお礼を言い、マキナはイリアにべったりくっ付いていた。



イリアには明日は念の為 家で1日ゆっくり過ごすように言い、明後日たこ焼きっさに行く約束をして別れた。



3人を見送った俺は夕空の下を軽い足取りで歩きながら帰宅し、セル達にイリアが退院した事と明後日たこ焼きっさに行く事をメールで送ってから眠りについた。

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