【 サラ・ストイクトは苦労人 】
謁見の間を出たサラ達は中心街へとやって来ていた。
王城からでも街を一望できる場所はあるのだが、それでは臨場感も匂いも空気も感じられないと言うジャスティンに引っ張られる形で連れてこられたサラとリードイスト。
王と英雄のこの面子では人が溢れる街を歩く事は出来ないので、3人は中心街にある展望台のゲストルームから街を見学する事にした。
「はっはっはっ!どうだサラ、良い眺めだろう!」
街の復旧を祝う祭りである為、カカカ祭りのような派手さはないが 多くの人で賑わうセントクルス中心街。
その風景をジャスティンに促され サラも街を見下ろす。
楽しそうに大きな声で街のガイドをするジャスティンの隣で、サラはまるで聞こえていないかのように無反応のまま街を見ていた。
無表情のまま街を見下ろすサラを隣で見ていたリードイストが、戸惑いもなく唐突に 他の人では決して踏み込む事のできない質問をサラへと投げ掛けた。
「ストイクト一族は貴女以外は殺されたと聞いているが、貴女も子供の頃は彼等のように祭りを楽しんだりしていたのか?貴女との付き合いは長いが、私は貴女が笑ったところを見た事がない」
「ちょ、ちょっと陛下!いくらなんでも無神経が過ぎますよ!サラ、すまない。陛下も悪気はないんだ。あの事件が起きた時 陛下はまだ産まれたばかりで、事件の事を知ったのも政治に携わるようになってからなんだ。親交のあるサラが辛い思いをしている時に手を差し伸べる事が出来なかった事を悔やんでおられるんだよ。感情表現が苦手なのも、その事件が原因なのではないかってな…」
サラ・ストイクトは元々 セントクルスでは指折りの大富豪であった商家の娘だった。
しかしサラが5才の時、たまたま外出していたサラを除くストイクト一族全員が何者かに惨殺される事件が起きた。
被害はストイクト一族だけに収まらず、ストイクト一族の商売仲間や雇われていたメイド達も多数殺されてしまい、長年続いていたストイクト商団とストイクト一族はたった2日で崩壊し、残されたのは莫大な財産と幼いサラ1人となった。
大富豪一族惨殺という事もあり 大規模な捜査が続けられたが 根も葉もない噂や誤情報が飛び交い捜査は撹乱。
追い討ちを掛けるように至る所で大小様々な事件が頻出し、犯人の目星すらつける事が出来ずに捜査は難航した。
そして数ヶ月が過ぎた頃、サラ本人から捜査を中止するように申し立てがあり 事件は未解決のまま処理される事になった。
その後サラは 子供とは思えない程の手際の良さで、相続された家や骨董品などを全て売却し、捜査に協力してくれた軍、殺されずに済んだメイド、それに加えストイクト商団が無くなった事で職を失ってしまった人達の家全てに大金を寄付した後、忽然と姿を消した。
ストイクト一族と深く関わりのある人達にとっては忘れられない事件ではあるが、深く関わっていた人の多くはストイクト一族が殺された次の日に同じ様に殺されてしまっている為、今を生きる人々は事件そのものを知らない人が大半で、多少知っていたとしても 昔起きた事件の一つくらいの知識しか持っていない者がほとんどであった。
なので、サラ・ストイクトの名前を聞いて人々が思うのは一族惨殺事件ではなく、英雄サラの方が圧倒的に多い。
「お気遣い頂きありがとうございます。感情表現が苦手なのは自覚しておりますが、これはあの事件とは一切関係なく生まれつきです。この顔が不快に思われたのでしたら申し訳ありません。ですが、直る気も直す気もありません。私は私に出来る事に尽力致しますので、この顔の件はお許し頂けると助かります。それと 子供の時お祭りで楽しんだのかの質問ですが、一度だけ連れて行かれた事があります。あの時は・・・いえ、あの時も笑った記憶はありません」
サラにとっては思い出したくもないはずの話を出されたにも関わらず、いつものように淡々と答えるサラを見て、リードイストは少しの驚きと好感を瞳に宿した顔で小さく笑った。
「ふっ、貴女は本当におもしろい人だな。それに貴女の顔を不快などと思った事は一度もないよ。すぐに馬鹿笑いをするジャスティンより何倍も好ましいと思っているくらいだ」
「そうですか、ありがとうございます」
重苦しい流れになるかと思われたが、サラの変わらない態度のおかげで暗い空気になる事なくリードイストとの壁も心なしか薄くなったように見えた。
「ちょ、ちょっと陛下。まさかサラを好きになったりしてませんよね?確かにサラは全宇宙で1番素敵な女性ですから惚れてしまうのも至極当然だとは思いますが……いくら陛下でもサラは譲れませんよ!ようやくサラが俺のプロポーズを受け止めてくれたのですから!」
リードイストが普段見せる事のない好感の瞳をサラへ向けた事が気になり過ぎてしまったジャスティンが慌てた様子でサラとリードイストの間に入り、ゴールキーパーのようにサラを隠した。
「私は結婚をするなどとは一度も言っていません。誰かに聞かれて騒がれると面倒が増えるので口を慎んで下さい」
「なにっ!?OKしてくれてなかったのか。はっはっはっ、なら仕方ない。また後でプロポーズするとしよう」
リードイストはそんな2人のやりとりを見て、自分の右腕とも言えるジャスティンの相変わらずな姿に小さな溜め息を吐いた後、視線を展望台の外 セントクルス中心街へと戻した。