【 サラ・ストイクトは忙しい 】
ーーーーーー少し前
タクト達が毛館に入っていた頃ーーーー
学園島最高責任者であるソガラム学園長は、いつものようにアルバティル学園の自室でもある学園長室にいた。
「いいねぇ。今年もたくさんの人で賑わってるねっ」
学園の中でも高い位置にある学園長室の大きな窓からは、下を見れば噴水のある学園の正門が見え、少し目線を上げればカカカ祭りで賑わう町並が一望できる。
ソガラムは窓の前に立ち、大いに賑わう町を1人で眺めていた。
慌ただしく騒がしい町とは違い、静かでゆっくりとした時間を満喫しているようにもみえるソガラムであったが
何かを思い付いたのか ハッと顔を上げると、そのまま学園長室の扉の前の天井に張り付き、息を潜めだした。
しばらくすると コンコンコンと丁寧なノックが学園長室に響き渡り、誰かが訪問してきたことを知らせた。
「・・・?学園長、サラ・ストイクトです。あまり時間がありませんので、失礼ですが入らせていただきます」
ノックに返事をせずサラの反応を天井から静観していたソガラムであったが、サラが部屋の中へと足を踏み入れた瞬間に天井から身体を大の字にして襲いかかった。
「サーラ君っ!あーそーぼっごふっ、……く、くるしぬっ。く…くる死んじゃうっ」
「もう一度お伝えします。あまり時間がありません。悪ふざけは控えて下さい」
常人の能力をあらゆる面で凌駕している英雄サラ・ストイクトに、声を発するまで気配を感じ取らせなかったソガラムも常人を遥かに超えていると言えるだろうが、サラの身体能力が一枚上手だったようで 見事にムチで首を締め上げられた。
ように見えたのだが、
首を締め上げられていたはずのソガラムの姿はサラが瞬きをした瞬間にその場から消えていた。
当のソガラムは学園長室に設置されている大きなデスクの前の椅子に まるで何事もなかったかのように足を組んで座っていた。
「それじゃー サラ君、経過を聞いてもいいかな?」
イタズラを仕掛けたソガラムはケロッとした態度で話を進めようとしている。
ここにいるのがサラ以外であったのならば 文句の一つや二つ飛び出すのが普通なのだが、ソガラムと付き合いの長いサラは慣れているからか表情一つ変えず、文句も溜息も吐かずに本題へと入った。
「朝に学園長が急遽 リードイスト王を招きたいと言っていた件ですが、本日セントクルスでも先日の地震からの復旧をお祝いする祭りが行われるとの事で厳しいと思われていましたが、先方は意外にもすんなり了承して下さいました」
セントクルスでは地震の復旧に伴い、他国の人達も招き祭りを開催する事になっていた。
カカカ祭りは世界的にも有名な祭りではあるのだが、島自体が大きいとは言えず 来れない人はたくさんいる。
その兼ね合いも考えた上でカカカ祭りに合わせてセントクルスでも同日に祭りを開き、溢れてしまった人達を招待したりして人々を楽しませつつ経済を潤すのが目的だと伝えられていた。
「リードイスト王が来島するにあたってセントクルス兵も多数派遣されるとの事でしたので、有事の際に連携の混乱を避ける為、警備を頼んでいた生徒達には任を解き自由行動を許可しました。クローツ君達には学園長と一緒にシオンさん達の迎えを手伝って下さいとお願いしてあります」
「うんうん、クローツ君達にはちょっと手伝って貰っちゃうけど なるべく早く済ませていっぱい遊ばせてあげなきゃねっ。本当はサラ君にも楽しんで欲しいんだけど、いつもごめんねっ」
遊びとは無縁のサラにとってソガラムの謝罪は本当に不要なものであったが、ソガラムは心底申し訳なさそうに肩をすくめていた。
「それにしても王子君がすんなりオーケーしたのは意外だったねぇ。うーん、あの子は頭も良いし意外と優しいしイケメンだし努力家だしイケメンだしジェラシー!じゃなくて、何を考えているのか読みにくいんだよね。良からぬ事を企んでなければいいけど、もし企んでいたとしたら それをやり遂げてしまう力を持っているからねぇ。力を持つと身の丈に合わない暴走をしちゃうのが人間って生き物だからねっ。間違った道に進んじゃわないように見守っててあげないとねっ」
サラの報告を受け 自分の考えを話すソガラムの表情は、いつものように仮面で隠れている為 確認する事はできない。
「それならば尚更、学園長がリードイスト王を直接迎えに行った方が良いのでは?私が行くよりも学園長が行かれた方が先方の顔も立ちますし、シオンさん達でしたら私も面識はありますので問題はないはずですが」
「いーやーだー。ぼくも少しはお祭り行ってエンジョイしたいっ!ってのは理由の半分ねっ。残りの半分はねぇ、最近ちょっと気になる子が出来ちゃってねっ、その子の様子を見てこようかなってね」
ウネウネと身体をクネらせながら最高責任者らしからぬ発言をするソガラム。
「それにさっ、王子君のお供にはサラ君のお友達の人間大好きジャスティン・ラブヒート君がいるんでしょー?それならぼくよりサラ君の方が向こうもきっと嬉しいと思うよっ」
子供の言い草のようなソガラムの言葉にもサラは表情を変える事はなく、少しの思考の後 口を開いた
「わかりました。彼が何かを知っているのであれば探ってみますが、恐らく情報を得るのは難しいと思います。学園長が気になる子というのは、シャイナス君ですね?」
サラには、基本的に好き嫌いがない。
しかし、同じ八英雄のリーダーとして知られるジャスティン・ラブヒートに対しては、ある感情を抱いていた。
それは好きでも嫌いでもなく、苦手 である。
だが、ソガラムの言葉をサラなりに噛み砕いた結果、リードイスト王の側近であり フレイク魔教団壊滅以降も幾度となく交流のある自分の方が情報を引き出せる可能性が高いと言われたと解釈したのであった。
ソガラムは業族が王城を襲撃するという情報を得た時から、リードイスト王に不信感とも違和感とも取れる何かを感じているように、サラは感じていた。
それとは別に、合意したもう一つの理由としては、ソガラムの言っていた気になる子。
タクト・シャイナスの事はサラ自身も気になっている事でもあったからである。
サラの受け持つ高等部1-Aの生徒タクト・シャイナス。
MSSLV3であるという事を除けば特に目立つ所のない生徒だと認識していたサラであったが、最近になってタクトの名前を聞く機会が増え始めた。
タクトがというよりは、良い意味でも悪い意味でも目立つ人物達がタクト・シャイナスの周りに集まって来ている気がしていた。
「そうっ、タクト・シャイナス君っ!マリア君があんなに人に懐くのは初めて見たからねぇ。それに歌姫君が言うには、他人に興味ゼロだったあのケント君までタクト君とはお友達になったみたいだし、この前なんて王子君に道案内までさせてたんだよっ!気になっちゃうよねぇー。もうぼくの興味はタクト君でいっぱいだよっ。と言うことで 、そっちはよろしくねっ」
「なるほど、わかりました。シオンさん達が来られましたら 待機場所へ転移させて下さい。待機場所ではマゾエルさんとフレド先生に結界を貼って待機していただいてますので。では、私はセントクルスへ向かいますのでこれで失礼します」
サラが学園長室を出るのを見送ったソガラムは もう一度大きな窓から町を眺めた後、部屋から出て行った。