【 名もなき始まりの歌 】
ドクンッ ドクンッ ドクンッ
メロディーと鼓動以外は無音の世界で、シオンは歌い始めた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
たくさんの声が溢れる真っ暗なこの世界で
君は見つけてくれた
冬の吐息のように
世界から消えてしまう刹那
わたしの小さな泣き声を聞いて
君は走ってきてくれた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
シオンが歌い始めると、白と黒の寂しいモノクロの世界に変化が起き始めた。
シオンを中心に徐々に鮮やかな色が広がり始めたのだ。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
きっとそれは偶然で
わたし以外の人にとっては
意味もない、ただの風景で
きっと君にとっても
特別ではない、ただの日常で
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
シオンの感情が流れ込んでくる。
悲しみ、苦しみ、葛藤、不安…
負の感情というよりは絶望に近い感情。
まるでこのモノクロの世界そのもののような暗い感情…
しかし徐々に広がった鮮やかな色は今、シオンのいるステージを半分くらい染めている。
その鮮やかな色は元のステージの色ではない
まるで春の花畑のように色鮮やかで、生を感じさせる風景だ。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
but for me…
ねぇ聞こえてる?
わたし笑えるようになったよ
ねぇ君もどこかで
笑顔で過ごしてくれていますか?
君の笑顔に救われて
いつかわたしも誰かの君になりたいと思った
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
歌がサビに入った瞬間、シオンから少しずつ広がっていた鮮やかな色が爆発するかのように一瞬で広がり、世界に色を付けていった。
光が溢れ、様々な色がまるで喜びの舞を披露するかのように揺らめいている。
ここはセントクルス中心街のはずなのに、大自然にいるような感覚。
さらに、シオンから流れ込んでくる感情も一変した。
希望、感謝、喜び、決意…
先ほどの負の感情が消えたという訳ではない、微かに残っているのは伝わってきている。
しかしそんな負の感情すらも飲み込む程の大きな希望が伝わってきていた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
you are my light…
ねぇ聞こえてる?
わたし笑えるようになったよ
ねぇ君はいまでも
笑顔で過ごしてくれていますか?
君の光に救われて
いつかわたしも誰かの君になろうと決めた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
雨など降っていないのに虹がかかり、夏のはずなのに綺麗な雪が舞う。
暑くも寒くもなく、心も体も軽く感じる。
「なぁイリア、一体歌姫って何者なんだ?」
「・・・・」
俺の問い掛けに何も反応のないイリアに目をやると、恍惚の表情を浮かべたままシオンを見つめていた。
その瞳から涙が溢れていたが、イリアはそれを気にもしていない。
「おい、どーなってるんだ…イリア!しっかりしろイリア!」
だめだ。
肩を揺さぶり呼びかけてみたが全く反応がない。
周りを見てみると、全ての観客がイリアと同じように恍惚の表情で涙を流しながら微笑んでいる。
俺以外で普通にしているのは歌っているシオンとピアノを弾いているケントだけ…
花畑も虹も雪も光の粒もまだ見えている俺も普通とは言えない状態だが、意識はしっかりしている。
「これが歌姫のライブでは当たり前の事なのか?」
気分は悪くない、むしろ心地良さはどんどん増している。
「おっ、ケントがこっち向いた」
周りの状況に困惑していると、ピアノを弾いているケントがこちらを見て俺と目が合ったので大きく手を振ってみた。
一瞬驚いた顔をしていたが、俺だと理解したからか軽く笑い返してくれた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いつかそうなれる日がきたら
あの日言えなかったありがとうを
君に伝えたい…最高の笑顔で
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
歓声も拍手もないまま、シオンの最後の曲は終わった。
〝あれ?私なんで涙なんか…〟
〝えっ、あれ、ん?も・もぇぇぇぇ〟
〝儂ぁ今、天国に行っておったぞょ〟
〝なんかわからんけど幸せだぁぁぁ〟
シオンの歌が終わりしばらくすると、観客達も我に返ったようにまた騒ぎ出した。
「イリア、大丈夫か?ほらハンカチ」
「え?タクト?あれ、涙が…なんでだろ。あ、ハンカチありがとう。洗って返すね」
まだ少しボーっとした顔をしているが、イリアも正気に戻ったようで安心した。
『みんなぁー!今日はすっごい楽しかったよっ!ありがとー!また会おうねーーー!!!』
観客達がまだ現状を理解していない中、シオンは最後の言葉を投げかけて幕を降ろした。
歌姫達が居なくなった事でライブは終わり、観客達は不思議な余韻に浸りながら会場の出口へと歩きはじめた。
イリアはライブ会場内の巡回が担当なので、観客達がいなくなるまで2人で土産屋などを見て回ってから帰る事になった。




