【 モノクロの夕方 】
盛り上がりの収まる気配のないままライブが進み、時刻はもうすぐ17時になろうとしていた。
まだ日は高く 昼間と変わらない明るさなので、こんなに時間が経っていた事に驚いた。
時を忘れるくらい楽しんでいたせいかもしれない。
『もっとみんなと歌っていたいけど、次で最後の曲になっちゃった』
シオンが終演宣告をすると、観客達は悲鳴のような声で嘆き叫んだ
〝いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〟
〝あと8時間聴かせてくれぇぇ〟
〝アンコォォル エンドレスアンコォォル〟
まだ最後の曲が残っているのにも関わらず終わりを嘆き、アンコールを連呼する観客達の懇願を聞きながらもシオンは続けた
『最後の曲は、わたしらしくない静かな曲です』
そこでシオンは一度言葉を区切り、両手を胸に当てて目を閉じると
ーーーーー
ーーーー
ーーー
あれだけ騒がしかった会場から音と色が消えた。
声も、心の声も、何も聞こえない。
MSSに感染してから、いや感染する前でもこれほどの無音を体験した事はない。
景色も全てが白黒になり、立っている感覚さえあやふやになりながらも観客達は
その非常識な状況を、非常識だと認識する事すらできないでいた。
会場にいる全ての人の意識は今、この白黒の世界で色を放つ唯一の存在…ステージで静かに目を閉じて立っているシオンへ向けられている。
『今から歌う曲は、わたしが歌手になる前に初めて歌った歌。それからずっと歌い続けているのにタイトルも決まっていない、わたしにとって1番大切な歌』
ドクンッ ドクンッ ドクンッ
無色無音の世界にシオンの静かな声が広がると、それまで息をする事すら忘れていた自我が戻ってきた。
それと同時にシオンの鼓動が、自分の鼓動と重なる感覚がした。
自分の物ではない別の生き物のように脈打つ胸の鼓動は、シオンから伝わってきているのだという事が直感でわかった。
きっと他の人達も同じなのだろう
周りを見回すと、所々で胸に手を当てて鼓動を確認する人がたくさんいる。
しかしまだ世界に色と音は戻って来ない。
見えるのは色のない景色、聞こえるのはシオンの声と胸の鼓動だけ…
胸に手を当てている観客達も虚ろな表情で、そこから音が聞こえるから胸に手を当てている といった様子だ。
俺も多少頭がボーっとしている。
だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
色の無い世界に少し寂しさは感じるが、胸の鼓動とシオンの声が心を満たしてくれている気がして心地良さを感じているくらいだ。
『1番わたしらしくなくて、1番わたしらしい、始まりの歌…聞いてください』
シオンはそう告げたあと後ろを振り向き、ヘッドホンを付けたまま腕を組んで立っているケントを見て頷いた。
その頷きを確認したケントはギターを置き、ステージに設置されている大きなピアノの前へ座った。
色の無いピアノに色の無いケントの指が重なると、聴き慣れたメロディーが広場に響き渡ってきた。
いつも通学の時などに、俺がリピート再生で聞いている曲が。




