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光のタクト  作者: セカンド
世界を変える大雨
33/165

【 声 】

子供から老人まで多くの人がステージを目指して歩いている。


人々の表情は期待と興奮と幸福に包まれており、夏の暑さに顔を歪めている人が見当たらない。


「なんかいいね、みんなの楽しそうな声で溢れるこの感じ」


2人で並んで歩いていると、隣を歩くイリアが楽しそうにそう言った。


普段の生活で聞こえてくる心の声は、ネガティブな事の方が多い。


どんな状況下でも心の中で愚痴を言ってしまうのは人間である以上、仕方の無い事なのかもしれないが…


それなのに今ここにいる人達からはライブを楽しみにしている気持ちで溢れていて、ネガティブな事を考えている人が全く居ない。


人混みと炎天下なんて、愚痴が出ない方がおかしいくらいなのにも関わらず一切文句が聞こえてこない。


それほどにみんなが歌姫のライブを楽しみにしているという事なのだろう。


「うるさいのは変わりないけど、なんかこっちまで楽しくなってくるうるささだよな」


「もうちょっと言い方ってものがあるんじゃない?」


俺の感想にイリアは多少不満そうな顔…というより呆れた顔をしていたが、いつもの事なのであまり気にせずステージへと向かった。



ステージのある公園の中央に近づいていくと、観客達から発せられる熱気と高揚感が増していくのが肌でピリピリ感じれる程に伝わってきた。



『みんなぁー!いっくよぉー!』


会場の入り口からしばらく歩き、ようやくステージの見える場所まで辿り着くと


ちょうど歌姫シオンが歌い始めるところだったようで会場は豪雨のような歓声に包まれた。


「すごいな…」


ライブに来たのが生まれて初めての俺は他の言葉が思い浮かばずそう呟いてしまったが、その呟きも観客の歓声に掻き消されていった。


そしてシオンが歌い始めると、不思議な事が起きた。


【涙なんていらない、悲しみなんていらない。みんな幸せになればいい!】


歌詞とは別のシオンの心の声が、人々の声や心の声を押しのけて頭に流れ込むように響いてきたのだ。


「なんだこれは?なぁイリア、シオンって非感染者なのか?」


「うん、そうなの!すごいよね、MSSを持っていないのに大勢の前であんなに堂々と気持ちをぶつけられるなんて!私にはマネ出来ないなぁ」


心の声が聞こえるのだから非感染者なのだとは思ったが、違和感があった。


シオンの心の声は聞こえ過ぎるのだ。


本来、心の声の聞こえ方はぶつぶつ独り言を言っているのと変わらないくらいの声量で聞こえるのだが、例外はある。


俺の知っている例外は二つ。


一つは強く想う事。

これはこの前のカモメ団の時のように、危機的な状況になったりして強く誰かに助けを求めたりする、などだ。


聞こえ方としては普段の心の声よりも少し大きく強く聞こえる程度だが、聞こえた時にその声に意識を集中するとその声の主の心境がなんとなく伝わってくる。

恐怖だったり、絶望だったりがなんとなく。


そしてもう一つの例外は

特定の人へ向けて強く想う事、だ。


例えばここに3人のレベル3が並んでいるとする。


そして非感染者がその内の1人に対して《こっちを向いて》と強く想うと、想われた人だけには自分に向けられた言葉だと認識できる。


残りの2人には普段と変わらないぶつぶつ言う独り言程度にしか聞こえないので、気にもしない。


想われた人の聞こえ方は前の二つに比べて圧倒的に大きく聞こえるが、これはあくまで個人に対してしか効果がなく


たとえどれだけ強く《みんな聞いて》と思っても、カモメ団に襲われたお姉さんと同じくらいにしか聞こえず、個人に向けての強い想いと同じ大きさで聞こえる事はないのだ。




俺がシオンの心の声に違和感を感じたのはこれが理由。


シオンの心の声の聞こえ方は明らかに個人に向けて想う気持ちよりも強く聞こえてきたからだ。


一瞬、え?俺に言ってるの?って思ったほどだが、それはまずあり得ないだろう。


それならばシオンは、ここにいる全ての人へ向けて気持ちをぶつけた事になるが…


そうなると、この聞こえ方は異常だ。


それにシオンの心の声が聞こえた時、他の人の心の声が消えた気がした。


これは今まで味わった事のない感覚で違和感を強めたが、不思議と嫌な気分ではなかった。


むしろ心地よい…と言っていいかわからないが、胸にストンっとシオンの声が入ってくる感じで気分が落ち着いたのだ。


【みんなに届いて、わたしの気持ち!】


〝うぉぉぉぉっ届いてるぞぉぉぉ〟


〝ヴィーナスちゃんまじヴィーナスゥゥゥ〟


俺が違和感について考えながら歌を聴いていると、またも聞こえてきた歌姫の心の声に反応した観客達が大声で応えていた。


「えっ!?みんな聞こえてるのか?」


シオンが非感染者であるなら、俺とイリアに心の声が聞こえるのはわかるが観客達まで聞こえるのはおかしい。


ここにいるのは老若問わず集まった観客達だ。


MSSを持っていたとしても心の声を完璧に聞き分ける事が出来るのはレベル3だけなので、今の反応の多さはあり得ない。


まるで全員に聞こえているような反応だった。


「これがシオンちゃんのライブチケットがなかなか手に入らない理由の一つなんだよ」


驚愕の表情を浮かべている俺を見てイリアが顔を寄せて耳元で答えてくれた。


そして歌姫シオンについてほとんど知識のない俺に、イリアが色々と説明してくれた。


シオンは詳細は伏せられているらしいがテレパシー系の能力で、MSSに関係なく能力の範囲内の全員に気持ちを伝える事が出来るらしい。


そこまで聞いて俺はさっきまで頭をひねって考えていた時間を返せよと思ったが、むしろこれは一般常識の話しらしく知らない俺が世間知らず過ぎるだけだとイリアに言われてしまった。


その他にもシオンの好きな花は蒲公英だとか、シオンとケントは幼馴染だとかの予備知識をイリアは楽しそうに教えてくれた。


イリアの教え方が子供に教えるような口調なのが少し不満ではあったが、イリアは楽しそうに話してくれているので、まぁいいかと思い聞いていた。


それにしてもテレパシー系とは…


レベル3の人数は少ないにしてもMSSが当たり前に存在するようになった今の世界でテレパシー系の能力を持ち、さらには歌姫という人目に晒される職業なんて…


「まるで丸裸じゃないか…っイリア!?痛い痛いっ」


「タ〜ク〜ト〜。セルス君みたいな事言ったらダメだよ」


しまった。

驚きや感心や同情の感情が入り混じって、ついつい思った事をまた口に出してしまった。


言い方が悪かったのは認めるが、脇腹をつねりながら捻るのはやめて下さいよイリアさん…


「そ、それよりもう少し前の方に行かないか?ここからだと遠くてよく見えないし」


「もう、すぐ誤魔化すんだから」


少しふて腐れた顔をして見せているが、本当に怒っているわけではなさそうなのでよかった。


「ごめんって、ほら、もう少し前に行こう」


「うん、迷子にならないでね。手、繋ぐ?」


俺が謝った事に満足したのか、笑顔を見せながらイリアがサラッと保護者のような事を言い出した。


「ばっ!何言ってんだ!いいから、ほら行くぞ」


イリアは昔からそうだ。


俺の事を手の掛かる子供のように見ていて、今のような事を普通に言ってくるが…


俺だって男で高1だ!

いくら幼馴染でも気軽に女の子と手なんて繋いで歩けるかっ!


昔は確かに普通に手を繋いでいた気がするけど、さすがにもう無理だ!


と、何度言ってもイリアは「はいはい、タクトも男の子だもんね。ごめんごめん」と言って、全くわかってくれない。




赤くなった顔を見られないようにイリアの前を歩き、最前列とまではいかなかったがシオンとケントの顔がはっきり見えるくらいの位置にまで来ることが出来た。


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