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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの果て
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97 - 単字に込めた記憶のこと

 勇者の顕現を誘発させる。

 方法は二つ。一つはほとんど運任せ、もう一つは極めて確実に。

 当然今回取る手段は後者、極めて確実な『勇者』の顕現、それを実行に遷す。

 前者の場合も手順としては簡単だ。

 触媒を用意し、世界の内側と外側の両方から、それに力を与えてやれば、ほんのわずかな綻びが、ほんの一瞬だけ産まれる。

 そして世界の裏側で待機状態にある『勇者』は、そんな小さな綻びから、自然と世界に顕現する事があるわけだ。

 運任せではあるけれど、それでも百回に三回は成功するだろう。

 触媒を用意する段階で少し面倒だけど、それくらいだ。

 ただし今回は確実な、百回やれば百回、勇者を呼び出せるような仕組みを使う。

 こちらには手順などと言うものは無い。

 用意するべき物さえも無い。

 代わりに、誰でもできるわけではない。

 それができるのは『王』であり、しかも『王』が世界の内側と外側の両方に居ることが前提だ。

 こちらの方法は至って単純。

 『引っ張り出す』。

 それだけだ。

 物理的にではなく、概念的に。

 せーので合わせて、引っ張り出す。


「また、妙な形で呼び出されたな……」


 と。

 無事に成功したようで、寝起きのようにあくびをしながら、その青年は僕の前に現れた。

 その姿はあの時、シアと邂逅した姿と似ている。

 違うのは。

 彼が、見慣れない装備で、しかし準備を整え終えているということか。

「そして、『まざりのつるぎ』も無くなってやがる。アレを作るのにどんだけ苦労をしたのか、わかってんだかねえ……まあ、一度は作れたんだ。これからも頑張れば作れるだろ」

 そう言いながら、青年は僕に手を指し向ける。

 手を。

 手の中にある、大きな刃を。

「で、俺を呼びだした少年。お前はなんか、危険な感じがするんだよな……殺気とはまた違うけど、お前、何を考えてるんだ?」

「『勇者』。僕はね」

 世界がヴィショナリアによって固定されたのを確認し。

 僕も手の中に『光刃』を産み出して。

 その刃を、『勇者』に向ける。

「へえ。俺を『勇者』と知って、尚やりあおうってのか。良いね。となると、お前は俺を呼び出し俺を殺す事で『勇者』にでもなるのか? だとしたらやめといた方が良いぜ。『勇者』なんてものは憧れるもんじゃねえ」

 笑いながら彼は構える。

「殺さねえ程度に痛めつけてやるよ、掛かってきな」

「ありがとうございます。ならば僕は全力で」

 『光刃』に魔力を継ぎ足す。

 刃は大きく、大きく、より大きく。

 まるで天を衝くかの如く、大きくなって。

「全力で、あなたを。『勇者』を、滅ぼします」

 それを、振り下ろした。

「!」

 『光刃』の重さはある程度調節できる。

 今回、僕はそれを失くしている。

 だからそれがどんなに大きな刃であれど、僕の身体にはまるで負担にならないし、その動きに誓約は無い。

 重さが無くても、魔力を注ぎ込んだ分だけ斬る力は強い。

 それこそ、『勇者』に防御と言う選択を与えないほどには。

 僕の無造作な振りおろしは、当然のように回避される。

 そして『勇者』は、距離を取りながらも何かを纏い、しかし僕の前に一瞬にして距離を詰めて来ると、『光刃』を持っていた僕の右腕を斬り落とし、そのまま僕の背後へと抜け、僕の背中を斬り裂きながらも尚も進み、また大きく距離を取る。

 僕が一回行動している間に、『勇者』は五回も六回も、平然として行動する。それが力量の差なのだろう。

 けれど。

 僕は、再び右腕に持っている『光刃』で薙ぎ払うように攻撃を行う。

 先程受けた傷は、既に無い。

 まるで最初から攻撃を受けていなかったかのように。

 『勇者』はそれを観察するようにしながら、最小限の跳躍で薙ぎ払いを回避し、そのまま空中に静止すると僕に向けて黒い『矢弾』を打ちこんできた。

 その『矢弾』は恐ろしい速度で、回避も防御もする暇が無く、僕の胸元に二つ、右肩に一つ、そして頭にも一発を受ける。

 一つ一つが致命傷、その上付与されていたのは『喰』だろうか、傷口は浸食するように広がってゆく。

 勇者はそんな、ぼろぼろになった僕突貫すると、手にした刃で僕の胴を両断し、再び遠くへと距離を取る。

 僕は右手に構えた『光刃』で、距離を取ろうとする『勇者』に追い打ちをかけるように振り下ろすと、『勇者』は舌打ちをして刃を地面に突き刺して強引に進行方向を変えることで刃を回避しつつ、黒い『矢弾』を十二発僕へと放ってくる。

 その全てはまたしても、僕にきちんと命中すると、僕の左腕は肘のあたりで吹き飛んで、右腕は手首から先は消滅し、そこから根元に掛けても大きくえぐれ、両足にも綺麗に穴が二つずつ、頭蓋も砕かれ胸も穿たれ、脇腹にあいた大きな穴からこぽりと血が噴き出す。

 それでも僕は、右手の『光刃』をまた振りかざす。

「馬鹿な……」

 『勇者』が、そんな僕を見て言う。

 既に全ては元通り、僕の身体に傷は無く、周囲を赤く染めていた血や、それ以外の破片も全てが消えていた。

「『治癒』の域を超えてるだろう、そりゃあ……。『破戒』に至れば無制限に魔力は扱える、治癒でそれをしてるなら、まだ、解る。いや、頭も吹き飛ばしてるし心臓も確実に破壊してるのに治癒されてるってのはにわかには信じられねえけど、まだそれなら『折り合い』が付く。けどお前のそれは、治癒じゃねえ。治癒なら周囲の血も肉片も臓腑も残るはずだ。それが消えている。それが無くなっている。痕跡が消されている……。『取り返しがつかないはずの事を、取り返してしまっている』。…………、『回復』、『回帰』の魔法か?」

 僕は、首を横に振った。

 彼は聡い。

 そして、魔法を複数作った彼ならば、そう結論付けてしまうのも仕方が無い。

 そのほうがまだしも現実的で。

 そのほうがまだしも建設的で。

 現実を知っているからこそ、『勇者』は間違える。

「そんな魔法は、理論上ですら存在できない。それは『勇者』、あなたでも知っているはずです」

 そう。

 時間の流れは一方通行。

 この原則は、たとえ世界でも書き換えることが出来ない。

 回復と呼ばれる、回帰と呼ばれる現象は、いわば時間を巻き戻す行為。

 それは世界自体にですらも、概念として獲得する事が出来ない以上、誰に使えるわけも無い。

 僕は『光刃』を振りまわしながらも『矢弾』を産み出し、『断』で勇者の周りを包むように強固な結界を産み出す。

 勇者はそれに気付いて、『断』を内側から破壊する。普通は出来ない芸当だ、それでも彼には為せてしまう。

 為せてはしまうが時間がかかる。たとえ一瞬でも、時間は時間。

 その間に、僕は勇者を取り囲むかのように『喰』を発生させる。それでどうにかできるとは思っていない。彼のことだ、きっとなんとか突破するのだろう。

 だから。

 だから、僕は準備をする。

 それが恐らく、彼に使う最後の魔法。

 彼は、数秒はかけたものの、無傷で『喰』を打ち払う。

 さすがだな、と思う。

 魔法も物理も関係なく、蝕むという性質を持つ『喰』の魔法。

 それをああも綺麗に打ち払ったということは、恐らく僕の魔法を技術的に打ち消したのだろう。

 それほどまでに彼は力を付けていた。

 今でも、彼を勿体ないと思う気持ちがある。

 それでも、それでも、それでも、それでも、僕は。世界は。決断しなければならないのだ。

 『慈悲』が、言うように。

「う、らぁあああ、あああアアアア!」

 大きく叫んで、勇者は僕に飛びかかる。

 勇者の刃が、僕に食い込む。

 胴体を胸のあたりで縦と横に、念入りに心臓を破壊して。

 血が溢れる前に首をはねて身体を刻み、僕の頭部も粉砕して。

 そして、何事も無かったかのように『在る』僕は、まるで『勇者』を抱きかかえるようにして、その魔法を行使する。

「何で……、お前は……一体、なんなんだ……」

「ごめんね……全ては、僕たちの好奇心が原因だ。好奇心のせいで君は苦しみ、知らずに僕たちは君を苦しめ、そして君を追い詰めた。立場も事情も考えず、望まぬものを押しつけてでも……僕たちは様々な物を見たかった。君がどうなるのかが知りたかった。だから、せめて」

「…………」

 光の柱が立ち上る。

 白ではなく……赤い柱。

「だからせめて、君は」

 抱きしめていたはずの身体の感覚が、無くなっている。

 居たはずの勇者が、消えている。

 赤い柱はなおも立ち上り……。

「この場所で」

 『化』。

 それが、僕たち世界が、彼に与える最後の魔法。

「永遠ではなく」

 全身に強い圧迫感を感じる。

 気付けば、僕は何かに踏みつぶされていた。

 全身の骨が砕けるように、身体そのものが何かと地面に強く圧迫され、当然、僕の身体は取り返しがつかなくなる。

 けれど、次の瞬間には、僕はまた、少しだけずれた場所に居た。

「それは人の命のように、今こそ刹那の煌めきを」

 そして、僕の目の前。

 先程僕を踏みつぶしたものは、僕を見て、吠えるかのように後ろ脚で地面を叩く。

 爆発するかのような音がして、地面もそれで大きく抉れる。

 鮮血よりも尚赤い、ギラついている大きな目。

 全ての色を沈めたような、闇に良く似た黒い体表。

 純然たる力の象徴としての竜。

 それは、『勇者』としての最期の瞬間、彼が望んだ姿。

 かつての彼を大いに苦しめ、かつての彼を幾度も殺した、そんな力の塊で。

「さようなら、×××××」

 名前を呟く。

 まるで音が削られたかのように、聞き取れない。

「僕たちは、それでも君を……」


 愛してた。


 僕は過去形でそれを語り、『化』の魔法の行使を止める。

 そこに居たはずの黒竜は消え、どこかその竜が抉ったはずの大地も元に戻り。

 世界は合わせて、『  』という概念を、消し去った。

 取り返しのつかないように。

 二度と、戻ることのないように。

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