96 - 勇者と世界の寵愛のこと
長い時間のような。
短い時間のような。
とても曖昧なそんな時間を、なんだかうつろに過ごしてしまい、僕は夜の晴れた空を眺めていた。
月。星。それらは時折神秘と呼ばれる。真相はまだ人間達には早すぎる、故に浸透はしていないけれど、一部の学者は真実に近い所に辿りついている。
いつの時代も、どこかの国で、そうした天才は時折生まれるのだ。
『勇者』も、最初はそんな、時折産まれる天才の一人に過ぎなかった。
そんな彼が、世界の寵愛を得た理由。
それは。
「…………」
それは、偶然でしかないのだ。
偶然、世界はその頃、人間に興味を持っていた。
どのように人間が生を繋ぎ、どのように人間が進化し、進歩するのか。
千年、万年という時間を掛けて、世界はゆっくり彼らと歩み……時々、魔法や『神器』を与えたりして、変化を作ってやってみたりして、人間の限界というものを探ろうとした。
他の生き物たちは、早々に限界に辿りついていた。しかし人間は、奇妙な事に進歩を止めなかった。
だから世界は、人間に対する興味の一環として、世界にして見ればほんの一瞬、短い時間しか生きない人間たちを、よくよく観察してみたのだ。
そのタイミングで彼は、偶然天才として産まれ。
偶然、世界の目に止まり。
他の人間と比べて『優れている』、という理由で、世界はそれに興味を持った。
興味はすぐに寵愛に代わる。ほんの数日、たったそれだけの時間で、世界は彼を愛することを決めた。
しかし、人間を含めた動物と言うものは、概念の段階で、その生命が短く定義されてしまってる。
だから彼が死んでしまうのも、時間の問題でしかなかったし、事実彼は、長生きせずに死んでしまった。
そして彼は、当時の世界の観察者、『理解』を司る『十』の一人、ビナと出会った。
死という概念。
生という概念。
人間であること。
世界というもの。
輪廻や転生、世界の仕組み。
様々な話をビナと交し、彼は最期にこう願った。
『もしも許されるのであれば、俺はまた、俺として産まれたいものだ』
その願いは叶うはずがない。ビナはそう知っていた。
だけど、世界は捻じ曲げた。彼が彼として産まれるための、特別な仕組みを用意した。
結果、彼は記憶を持ったまま、生まれ変われる存在となった。
その後、彼は幾度も生を繰り返し、いつしか疲れ果てた時、再び彼はビナと出会った。
『もしも許されるのであれば、俺はもう、終わりたいものだ』
その願いは叶うはずがない。ビナはそう知っていた。
世界は用意した仕組みを取り消さなかった。世界はそれほど彼を愛していた。彼が生きることを望んでいた。
だから世界は、苦痛を減らす努力をした。彼が望む期間だけ、彼が生きられるようにした。
そうこうしている間に、彼はいつのまにか、その豊富な知識から魔法を編み出した。
魔法はどんどん進化し、いつしか人間はその短い、弱々しい生命でありながら、長く強靭な生命として作られた魔物に対して互角以上に渡り合えるほどの力を獲得した。
そんな進化に、世界は喜び、そしてさらに彼に力を与え続けた。
世界は気付いていなかった。人間と言うものの心が、弱いと言う事に。
彼はどんどん進歩した。そのたびに世界は喜びに震えた。
そして彼は、いつしか『勇者』と呼ばれるようになった。
世界は気付いていなかった。もはや彼が、最初の頃の彼とは別物になってしまっていたことに。
終わりたいと願った彼を愛しているからという理由だけで、世界は彼の望まぬ永遠を押しつけていた。
彼は終われないことを悟り、だんだんとその心を変えて行く。終われないならば終われないのだ、だから続けるしかない。
それでも彼は死を知っていた。死というものが恐ろしい事を知っていた。だから彼はさらに歪んでゆく。
生命を繰り返し、進歩を続け、力を付けつつ知識を付けて、それでも毎回訪れる死から逃れることが出来ず、多くの絶望を経験し。
そして、今に至っている。
だから……彼が『十』に敵対したのも、『反器』などというものを作ってしまったのも。
あるいは彼の為に天意兵装というものが作られてしまい、それによってカンティタが崩壊したのも。
全ては、世界の。
僕の責任なのだ。
彼は望んで永遠を手に入れたわけではない。
彼は永遠を押しつけられていた。
人の心は簡単に壊れる。壊れることで、死ぬことが出来たはずだった。
なのに彼は、全ての絶望を記憶して、それでも生きつづけることが強要されていた。
偶然、目を付けられて。
勝手に力を与えられて。
永遠を押し付けられて。
そして今。
彼は、そんな身勝手な世界の身勝手によって、『消滅』と『永遠』のどちらかが、与えられようとしている。
世界は。
世界の意識は。
僕は、それを改めて、回想して……。
ヴィショナリア。
『勇者』を顕現させるよ。
手伝って。
「結論は……出たんだね。君は、どっちを選んだの?」
…………。
『勇者』には、消滅してもらう。
完膚なきまでに、確実に、そして完全に。
絶対の余地無く、完璧に。
「そう。君がそう決めたなら、それは世界の意思だからね。僕は、とやかく言える立場でも無いし。良いんじゃないかな」
そうかな。
……でもさ、ヴィショナリア。
僕は、世界の意思として……彼の気持ちを頑張って追想してみたけど。
世界は。
僕は、とても勝手だよね。
愛してるとかなんとか言って、一方的に制限し。
危ないからという理由で、強制的に消そうとしている。
「うん。確かに、世界は勝手だよ。人間的には呆れるほどに。でも、人間も大概勝手なんだよ。実際、『勇者』は最初、生きたいと願っていたことは事実だ」
けれど、それをゆがめて解釈したのも事実だろう。
「だとしても、叶えた事もまた事実だよ」
君は、僕を。
世界を慰めてくれてるのかい。
「そうかな……そうかもね。ねえ、ダアト。僕は、君の代わりに『王』を担って……それで、解ったことがあるんだ」
解った事?
「うん。『王』の意識は世界の意識。……『王』の感情は、多かれ少なかれ、世界に影響を与えてる」
感情と、影響……。
「人間も、よくあるんだよ。よく笑う時は健康で、よく泣いていると病気をするとかね。病は気から……なんて言葉もあるくらいだ。つまりね。君が落ち込んでいると、世界に影響が起きかねない。だから、えっと、うん。ダアト。君は後悔するべきじゃない。教訓とするべきだ。今後、同じ過ちを繰り返さないように……ね」
病は気から。か。
…………。
そういえば、随分昔にちょっと『十』のコクマと喧嘩した時、大風害が起きたりしてたっけ。
「えっ」
いや、僕は特に意識したわけじゃないんだけどね。なんか竜巻とか台風とかがすごい数出来ちゃった時期がある。
それ、たぶんコクマと喧嘩したあたりだ。
「ねえ」
うん?
「君、今はたぶん僕が『代わり』をしてるから大丈夫なんだと思うけど、今の君のメンタルじゃあ『王』に戻っちゃだめだからね」
え、なんで?
「なんでって。だってそんなメンタルで『王』になってごらんよ。たぶん大水害どころの騒ぎじゃすまない。地形が変わるレベルで大洪水が起きるんじゃない?」
…………。
否定できないね。
ま、それを防ぐためにも、自分の不始末を自分で片付けるか。
「そうそう。その意気」
じゃあ、その意気ついでに、ちょっとヴィショナリアにお願いがある。
今回、勇者を誘発させるわけだけど……で、その後消滅させるところまでは、特に問題なく僕だけでできるだろう。
けどね。勇者だって、多分それには気付く。
彼がもし、消滅を受け容れるならば、特に問題は無い。
けど彼がもしそれに反発するようなことがあれば、かなりの規模の戦闘になるだろう。
一応、『域』とかは使うつもりだけど、彼相手に『域』はほとんど意味が無いだろうしね。
『断界』の抽出系、『断』にせよ『界』にせよ、それらでもたぶん、彼が本気を出せば突き破られるだろう。
「たしかに、そのくらいはやりかねないね」
だから今回、『王』としての力を使って、場所を整えてほしい。
「場所を整える……となると、空間を強制的に作る感じか。僕でもできるかな?」
うん。
この前ヴィショナリアは、食事を作った事があるでしょ。
それと感覚的には同じだ。
だから、『勇者』の顕現を誘発させたら、すぐに僕と勇者が居る地域を、『完全に隔離された空間である』と、強く念じてほしい。
『王』の意思は世界の意思。
『王』がかくあられしと世界に望めば、世界は自然とそれに答えるから。
「頑張ってみるけど。でもそれなら、君がやったほうが確実だと思うよ」
いや、それは無理。
さっきヴィショナリア自身が言ったでしょ。
『王』としての力を完全に使うならば、当然『王』としての役割を一瞬でも担わないと駄目だ。
これから『不始末を整理する』という建前を得ているとはいえ、僕の心のどこかでは、きっと後悔が残ってる。
その後悔は、意識して消せるものでも無い。たぶん無意識下に、ものすごいストレスが掛かるだろう。
それが世界を傷つけちゃったら本末転倒だ。
だから、ヴィショナリア。君に頑張ってもらうしかない。
「そう言う事なら、解った。全力を尽くすよ」
うん。
「装備とか。そのままで良いの? 『透杖歴鍵』しか持ってないけど」
大丈夫。
いざとなったら『具』で装備は作る。
「それもそうか。……じゃあ、ダアト」
ヴィショナリアは、僕の名前を呼んで。
励ますように元気な声で、言った。
「頑張れ!」
うん。
『頑張る』よ。




