93 - ロンドが去った街のこと
ノア・ロンド所縁の地、ヘスター。
一通り回った限りだとこの街もあんまり変わってなあ、という感じで、一応ギルドにも顔を出してみることに。
とりあえず、盗賊ギルドがあるはずの酒場へ。
当然だけど、当時の面々とはメンツが違う。
「坊主。ここは酒場だ。お前みたいな子供が来る場所じゃない」
「そう言わないでくださいよ。遠くからわざわざ来たんですから。お茶をお願いします」
「やれやれだ」
カウンター越しに店員が首を振って、それでもちゃんとお茶を用意してくれているあたりえらいなあとか。
二分ほど経つと、僕の前にお茶と、もち菓子が添えられたお皿が置かれた。
頼んでも無いものを出してくるとは、ちゃっかりしてるな、と思いながら僕はお茶に手を伸ばす。
「で、坊主は遠くから来たって言ってたけど、何をしにきたんだ、この街に」
「二つほど、確認したいものがあったんです。まあ、一つは既に取り壊されていましたが……」
「二つ? 取り壊し?」
うん、と僕は頷く。
「随分昔の人物ですが、『人形師』コーマ・ヘクソンの屋敷です」
反応は……流石にしないか。
とはいえ、完全な無反応というわけではない。
少しだけ、警戒の気配が伝わってくる。
「随分昔の、故人の屋敷です。取り壊されて当然、残ってる方がおかしいですか」
「まあな。で、もう一つは?」
「例のお伽噺の発祥の地として、その挨拶みたいなものです」
店員は苦笑してやれやれ、と首を振った。
お伽噺。
ノア・ロンドが遺したそれの解釈は、人間的には未だに出来ていないようだ。
で、その解釈をめぐって、今でもちらほらそのお伽噺発祥の地としてのここに訪れる観光客や学者が結構いるんだとか。
「坊主は一人で来たのか?」
「ええ。身寄りは無いですけど、目的はあるので、旅もさほど辛くはありませんね。ここに訪れたのもその一環です」
「そりゃいいな。お伽噺の方は……まあ、割と居るからよしとして、しかしなぜ、そんな昔の『人形師』を訪ねてきたんだ?」
「いやあ、名前からして眷族かもしれないと思いましてね……」
眷族……僕のではなく、『十』の。
それを言うなら当時の盗賊ギルドのマスターもそうだし、パーティを組んだオドもそうだ。
イセリアさんの本名はティファニー、それを踏まえると彼女もそうっぽいんだけどね……。
そう考えると、ノア・ロンドの周りにはやたらと眷族候補が多かったのかもしれない。
「眷族?」
「まあ、同類みたいな感じですよ。僕も人形師というクラスには、多少惹かれるものがありますから」
「ふうん。あの特殊クラス、なろうと思ってなれるもんでもないし、適正次第だろうな」
店員さんはそう言って苦笑する。
僕はそうですね、とだけ答えた。
「オーナー、倉庫に運び込みしてきます」
丁度その会話が途切れた時に、僕の後ろで配膳を終えた男が言う。
カウンターの向こうの店員は「おう、気をつけろ」と答えた。
符丁が変わっていないならば、僕と言う存在を盗賊ギルドに報告か……。
まあ、子供が一人で入るような店では無いし、その上、昔の構成員の名前を突然出している。
お伽噺を作った人物が盗賊ギルドに所属していたことを知っているのは一握りだろうけど、だとしても、盗賊ギルドであるならば、それは知っていて当然だ。
どちらか片方ならともかく、両方をピンポイントで探って来た。しかもわざわざこの店で。
その意図を測りかねている、偶然かもしれないけど警戒はしておく、偶然だったら気付かれないし、気付かれるようなら何かがあるから大正解、と。
「そうだ。その人形師ゆかりの地とか、知ってませんか?」
「残念だが俺もあまり詳しくは無いな。役に立てなくて済まん」
「いえ。お心遣いだけで感謝ですよ」
僕は懐からお財布を取り出し、銀貨で支払い。
「坊主は今晩、何処に泊るのか決めてるのか?」
「そうですね……。まだ宿は取ってませんが、宿代も勿体ないですからね」
「野宿か? このあたりは魔物も少ないが、そこまで治安が良いわけでも無いぞ」
僕は頷く。
「ま、お金を払って泊るくらいなら、お金を貰って泊るのもありかなと思ってます」
「…………」
「子供の一人旅、そのくらいのことはしないと成立しません」
「……いやあ。えっと、まあ、そりゃそうなんだろうけど」
表情を思いっきりゆがめて店員さんは言う。
僕はそれを見て、ああ、この人も良い人だなあと思った。
ので、少し声に出して笑って、違いますよ、と訂正する。
「別に春を鬻ぐわけじゃありません。いざとなったらそれも考えますけど、それをする必要はありませんから」
「……ん、んん?」
僕は外套の内側から杖を取り出し、それで床を叩く。
「これでも魔法使いなんですよ。何かしらの魔法の行使を対価に宿を得たり、情報を得たり……まあ、大抵はお金をもらいますけどね」
「魔法使いねえ……。お前みたいな子供が魔法を使えること自体は、まあ、前例も多いだろうが、そんなに使える魔法は多くないだろう」
「そうですね。冒険者を志望するような子供は、どうしても攻撃魔法を先に覚えますが……僕みたいに、便利魔法を真っ先に覚える変わり種もたまには居るんです。そして大概の場合で便利魔法は使い手が少ないですから、結構お金になるんですよ」
なるほどねえ、と、店員は呻りながら頷いた。
実際、便利魔法は習得している人間が極端に少ないのも事実なのだ。
便利魔法はあれば便利だけど、無ければ無いで何とかなる事も多いし、そんな魔法を覚えるくらいなら攻撃魔法を覚えたほうが貢献できる。
しかも滅多に売れないから、便利魔法の魔法書は入荷量が少ないし、高いのだ。
「さて、ごちそうさまでした。美味しかったです」
「おう。もし宿に困ったらもっかいここに来な。どっか紹介してやるからさ」
「はい。その時はお願いしますね」
僕はそう言って店を出る。
ふむ。念の為に『反魔』『反射』『霧散』まで使っといたんだけど、あんまり意味は無かったかな。
一度も反応しなかったし……。
ともあれ、特に情報らしい情報は無し。
強いて言うなら、情報なし、というのが情報か。
僕は『飛翔』で空に出て、街を見下ろした。
ヴィショナリア。
「こっちでも調べたけど、コーマ・ヘクソンって人物は間違いなく、コクマの眷族だね。ただ、今は途絶えてるみたい」
途絶えている?
「うん」
『十』の眷族とは、『十』の性質が付与されている存在の事で、言ってしまえば『神授』の廉価版にフィードバック機能を付けたもの、だ。
それを与えられているのが生物であるならば、基本的には血によって受け継がれてゆく。
例えばコクマの眷族ならば、コクマの性質は『知恵』だから、知恵の高い者が生まれやすい、みたいな感じ。
で、その眷族たちは基本的に、自分が眷族である事を自覚できない。
そして、『十』は己の眷族の記憶を全て得ることができる。これがフィードバック。
『シニモドリ』や『神器』のような干渉を主目的としたものではなく、観測を主目的として産み出す事があるわけだ。
それが途絶えたまま放置されている。
あの知恵者、コクマが知恵者と言われるのは、抜け目のなさだ。
観測するための道具として眷族を作る分にはさほど力も使わないのに、あえてコクマは作っていない。
そう考えるべきだろう。
「あえて……? 観測するためには、少しでも多い方がいいと思うけど。僕たちのような『王』ならともかく、彼ら『十』は自分で観測しないと、なんにもわからないんでしょ?」
その通り。
にも関わらず、観測するための端末を作らないほうが『利』であると、コクマは判断したわけだ。
つまり……それが答え。
「答え?」
『人器』だよ。
恐らくそれは、『十』の眷族を模したクラスだ。
概念を物にするのではなく、概念を人に宿す、その完成形と言い換えても良い。
「そんなこと……、まあ、『神器』が作れるならできないことはないね。『反器』なんてものを作れてるなら、それの応用でやっぱり作れるかもしれない」
試行錯誤は必要だろうし、その過程でかなりの数、犠牲を出す事にはなるだろうけどね。
それでも人的な犠牲は、開発開始当初の天衣兵装と同じくらいで済んでしまうだろう。
もっとも……『勇者』には『反器』をベースにすることしかできない以上、世界にはそれ以上のダメージが入るけど。
「コクマはいつ気付いたんだろう。『人器』の可能性と、それを誰かが作ろうとしてることに」
さあ……あいつはいつでも目抜けない。
僕たちはなまじ世界と直結してるから、ちょっとした変化にはなかなか気付けないんだけれど、コクマはそれらを全て、認識したうえで変化してるかどうかを判断している。
そのあたりなんだろうね。僕達とコクマの違いは。
「もしコクマが『王』だったら、こんなことには……ならなかったかな。『反器』なんてものが作られる前に、どうにかできたと思う?」
微妙なところだね。
『十』だからこそ、今のあの目抜けなさがある。『王』だったら僕達と大差ないかもしれない。
で、だ。
『人器』が僕の、さっきの結論通りならば、それはさほど恐れないでいい。
「そうかな。警戒は必要じゃない?」
いや、警戒はもちろんするけど、それもあんまり要らないと思うよ。
そういう新しい存在が発生したら『王』として感知できるし、それを作るには試行錯誤が必要だ。
次に『勇者』が現れたら、即座に終わらせるんだから、その試行錯誤をする暇は与えないし、そんな暇を与えちゃだめなんだ。
むしろそこだろうね、警戒するのは。
「そうだね。……『人器』については、それでいいとして。『勇者』の観測情報、もうちょっと欲しいんだよね。大体、絞り込みは出来てるんだけど」
今のところ候補は?
「アリトのとある村か、ルナイの新しい方の首都、もしくはアギノの交易港だね」
その三択なら、まずアギノっぽいけどね……。
アリトもルナイも、『僕』に関わり過ぎている。
「そう。だからこそ、そこを突いてくる可能性も否定できないかなって。もっとも、アリトについてはその杖を取りに行った時に、ある程度感じとってると思うけど」
それでも可能性は可能性。
潰しておくにこしたことはない、か。
村の位置、教えて。
「うん」




