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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの果て
95/100

94 - エリの系譜と賢者のこと

 アリト国。

 ニリンティの村。

 それはつい三百年ほど前に開墾された、山岳地帯の小規模な村だった。

 特に来往のある道というわけではないけど、行商の類は定期的に訪れる程度の道は整備されていて、時折冒険者も通り道として通ることがあるらしいけど、基本的にはそこまで外向的では無い、そんな村の人口は、百三人。

 これを多いと見るか少ないと見るかという件については、考え方はいくつかあるけれど、この時代、アリト国のこの位置で考えれば、多い部類だと思う。

 これでもうちょっと人口が増えれば、町にはなるかもしれないな。

 で、この開墾された村の特産品は『樫の木』と『山葵』。

 山葵というのは主に辛味調味料として使われる、つんとした感覚が癖になる代物だ。まあ、苦手な人も多いのだけど。

 樫の木は言うまでも無く、一般的な魔法使いが使う杖の材料になる。特に良質だったりすると儀礼を施し、儀礼済み兵装として市場に回る事もちらほらと。

 僕はそんな村を空から見下ろして、平和だな、と思う。

 この村は三百三十五年前、ニリンティ・エリという人物に国王から山の麓から全方向に十キロという広範囲を下賜され、その豊富な樫の木と、山葵という珍しい品種の栽培が可能であることから、ニリンティが投資を募り、開墾。

 村として成立するまでは十年を擁したものの、そこから更に十年で投資分は返還でき、現在に至ってもトータルでは黒字と、なかなか化物じみた『村』だった。

 そして名前から解るように、ニリンティ・エリは、オース・エリと血のつながりが一応ある。

 オースの弟、の子孫だから、ほとんどあってないようなものではあるのだけど、奇妙な縁を感じるものだ。

 今の村長もエリの家名を名乗っているようだけど、子供に恵まれなかった世代があり、そこで養子をとっている。残念ながらほとんど無関係のようだ。

 んー……。

 しかし、何だろう、この村。

 村のプロフィールとしては、さっき言ったのが全てなのだ。

 三百年ほど前に開墾された山岳地帯の小規模な村。特産品は樫の木と山葵。

 道の整備は無いわけではなく、現在に至っても収支は安定……。

 ただ、その村の周りには、奇妙な物があった。

 空から眺めてやっと気付ける、程度なのだけど、小川や岩で作られた柵が、まるで円陣のように村を囲んでいるのだ。

 ラヴァグ円陣、と言う手法で、自然物を利用し大規模な文様を作りだす事で、結界には遠く及ばないにせよ、魔物避けの効果を得る……という、超高度な技術だったり。

 ラスが偶然それに関する魔法的な考察をした本と遭遇してるけど、その一回しか遭遇しなかった事からもわかるように、基本的に人間の中では忘れ去られたはずの、過去の技術だ。

 かといって、適当に河川を整備していたら偶然出来た、なんてことはもっとあり得ない。

 つまり誰かしらがその本か、あるいは別の本か本ですらないのか、何かから知識を仕入れて、それを村を護るために利用した……ってところか。

 とはいえ、『勇者』が産まれてくるには、舞台としてはそこまで優れているわけでもない感じもする。

 さて、どうしよう?

 そんな時だった。

「…………」

 畑の方から村の方へと、人間が奇妙な物を連れて歩いているのを見つけたのは。

 奇妙な物。

 それはなんとも、形容に困るものである。

 とりあえず、赤い。

 羊……? いや、羊にしてはでかすぎるというか。人間よりでかい羊と言うのはにわかに信じがたい。

 それにまるで、インクで塗ったかの如き赤一色。なんとも不自然極まりない。

 ん……赤い、羊?

 僕はその奇妙な赤い物の前に、『飛翔』で移動し、降りて行く。

 空を飛んでいた僕を見て人間のほうは驚いたけど、赤い羊は何を考えているのか解らないような表情だった。

「だ、誰だ、お前は」

「ああ。すみません。通りすがりの、ヴィショナリアという魔法使いです」

「そうか。……えっと、何か用事か?」

「ええ、ほんの少しだけ。……えっと、その赤い生き物は一体?」

「ああ。この子は村の宝だよ」

 村の宝?

「ニリンティの村が開墾された頃から、この村に住みついてる生き物でね。羊のような羊じゃないような、まあ、真っ赤だが羊だ」

「そうですか……」

 僕は曖昧に頷いて、やれやれ、とそれに視線を向けた。

「思い出しますね。カミンを」

「カミン? 誰だ、それは」

 人間のほうはそんな当然の反応をする。

 一方で……赤い羊は驚いたかのように、数歩後ずさった。

 あたりか。

「えっと、村の方。この村には宿、ありますか?」

「いや、残念だが無いな。村長の家でよければ泊れるぞ」

「そうですか。じゃあ、村長さんにお願いしてみることにします……カミン。もしよければ、話に付き合って下さいね」

 僕が赤い羊にそう話しかけると、村人は尚も困り顔で首を傾げた。

 その一方、赤い羊はまるで話を理解しているかのように、数度うなずいた。


 僕は村長さんにお願いをして一泊をすることとなり、今日は村の散策をさせてもらう事に。

 そして、村の中央広場に鎮座する赤い羊に視線を向けると、赤い羊は僕の方へと動き、そのまま僕を通り過ぎて村の外へ。

 ついてこい、と言う事らしい、僕はその後ろをついて行くと、ラヴァグ円陣の丁度上あたりで其れは止まった。

「ふむ。人の子が、何故名前を知ってるんだね?」

 この口調、やっぱり。

「カミンか……」

「確かにカミンだけど、答えてほしいんだね。解答によっては、このまま追い出さないとね」

 魔物に追い出される『王』って一体。

 まあいいや。

「僕はヴィショナリアと言います」

「ヴィショナリア? 聞かない名前だね」

「随分昔に、僕はあなたとお話ししましたよ」

「お話し? 最後にお話をしたのはニリンティの坊やが最後だけどね、それも三百年前だね」

「だから、随分昔です。千五百年くらい前になりますか。当時の僕は、ノア・ロンドと名乗ってました」

「ノア・ロンド……! また、随分と懐かしい名前だね。懐かしい。ああ、本当に懐かしいね! けど、君は知ってるノア・ロンドとは違うね。見た目が」

「ノア・ロンド自体は、あのあとそんなにしないで死んじゃいましたからね。ま、積もる話もありますが、カミン」

「なんだね?」

「クレイヤーの皆はどうなってるんですか? ヴァイセとか、クリアとか」

「……ふむ。どうやら君は、本当にノア・ロンドかね? クリアの事も覚えているんだね。嬉しいね」

 うん?

「今のクレイヤーの王は、シュバルだね。クリアはその側近だね」

 そこではまさかの下剋上が起きていた。

 いやどっかで聞いた事があったんだっけ……?

「魔物社会は実力社会だね。実力が高い者が、自然と王になるね。だから、特におかしなことじゃないね」

「まあ、そうですね。……で、カミン。僕が知ってるカミンは、もうちょっとこう……派手に小さかったんですけど」

「君が真に千五百年のノア・ロンドであるならば、逆もまた真だね。千五百年もたてば魔物は大きくなるね」

 いや取り込みでもしないかぎり、滅多にならないと思う。

 何取り込んだんだろうこの羊型魔物。

「…………」

 あ、目をそらした。

「まあ、良いです。でも、まさかこんなところで再会するとは……」

「それはこっちの台詞だね。君は約束を護り、お伽噺として世界中にクレイヤーを刻んでくれたね。それはとても、光栄なことだね」

「それはよかった」

「その後、暫く色々なところを旅したね。妙な冒険者に追いかけまわされたりもしたね。けど、なんとか生き残って今も生きてる。三百年と少し前、ニリンティの坊やと出会ってからは、なぜか村の守り神のような役割になってしまったね」

 ふむ。

 ニリンティ・エリ、なかなかエキセントリックな人だったのかもしれないな。

「で、折角守り神にされたから、前々から知識としてはあった事を、どんどん実行したね。そうしたら」

「そうしたら?」

「なんだか、村が元気になったね」

 カミンは喜ぶように言った。

 詳しい話を聞くと、そもそも特産品として山葵を選んだのがカミンらしい。

 なぜ魔物のカミンが山葵などという食べ物を知っているのかは疑問だったのだけど、同胞のグリンという別のクレイヤーと色が似ていて、その連想で思い出したらしい。

 のみならず、村の治水とかもかなりカミンが関わっていたようだ。

「このラヴァグ円陣、カミンが考えたんですか?」

「以前見たものを、そのまま再現しただけだね。というか、よく正式名称を知っていたね。その名前、同胞でも知ってる方が少数派だね」

 ラヴァグ円陣の正体は、いわば魔法の前身だ。

 もともと魔力は円陣によって成形していたのだけど、これが詠唱によってある程度再現できる事が判明して、昨今の魔法に進化した次第である。

 円陣というのが正式名称、ラヴァグ円陣のラヴァグとは、その円陣を開発したラヴァグ機関という組織名に由来する。

「でもそうなると、やっぱりここじゃなさそうか……」

「うん? 何か探してるね?」

「ええ。ちょっと、『勇者』を探してます」

「『勇者』……あの大量虐殺者かね。あんまり感心しないね」

 魔物視点ではそうだろう。

 けど、だからこそ、僕の行為はむしろ魔物であるカミンにとっては嬉しいのかもしれない。

「僕がそれを探しているのは手伝うためじゃありません。殺すためにです」

「ふむ……? まあ、君がノア・ロンドであるならば、力場結界も使えるだろう。其れを使えば、対抗できるのかね」

「五百年前は相討ちが限界でしたね……」

「五百年前の勇者は、どこかの人間の王様と相討ちって話だったけどね」

「その人間の王様も僕です」

「…………。嘘をついてるようには見えないけど、にわかには信じられないね」

 僕はそうだよね、と頷いた。

 なんだか口調が移った。

「ま、僕も色々ありましてね。今、ヴィショナリアという人物の身体を模した器にはいってるのも、そのあたりが理由ですね」

「へえ。そっちの事情はよくわからないけど、当面の利害は一致しそうだね。何か手伝おうかね?」

「いえ、大丈夫です。というより、変に顔……頭? を突っ込むと無駄に死にますよ」

「それもそうだね。好き好んで『勇者』の前に出て行く馬鹿は、魔物にも居ないね」

 ……あれ、これってもしかして遠回しに僕、馬鹿って言われてない?

 被害妄想だろうか。

「でも、カミンが無事だったのは、良かったです。本当に」

「ふふ。……ここだけの話、二回くらい死にかけたんだけどね。悪運しぶとく、生き残ったね」

 その後、他愛のない話をして。

 僕はほんの少しだけ、昔の事を思い出して、感慨にふけっていた。

 そしてそれとは別の部分で、僕はここに勇者が産まれることは無いだろうと、そう確信した。

 ここには、因果が、強すぎる。

 アギノっぽいな。だからこそ、明日はルナイに行くとしよう。

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