45 - 地下の大聖堂と彼のこと
遺跡探索の二日目。
魔力は温存するべきだという意見が多かったので、結局再突入は『転』を使わず、徒歩で移動することに。
遺跡内部では魔物が復活するタイプがあるらしく、それの確認もしたいという意味もあって、結果から言うと、この遺跡は魔物が復活しないタイプらしい。
まあ、それなりに強い魔物が沢山いるのだ。無限に復活されても困る。
そんなわけで、地図を基に昨日探索した場所まで一気に移動し、僕は設置していた二本の短剣を回収して、と。
「あれ、回収するんだ」
「ええ。『設視』の方はともかく、『転』のほうは制限がありますから」
「なるほど」
何より勿体ないし。
それはそれとして、補助魔法を一通り『分散』をつかって全員にかけて、いざ探索を改めて再開する。
特に番狂わせも無く、第四層も一時間とかけずに探索を終わらせ、第五層。
しかしそこは、明らかに第四層までとは異なる場所だった。
床には綺麗な絨毯が敷かれている。
長い通路には一定の間隔で灯りがともされていた。
「そうきたか」
と、リーフが呟く。
「心当たりがあるんですか?」
「ああ……そうか。ノアは遺跡探索はほとんど経験が無いと言ってたしな。知らなくても仕方が無い。『こういう場所』は、遺跡の最奥部のお決まりなんだよ」
最奥部……?
ってことは、ここがゴールか。
「そう。恐らく奥には大きな扉があって、その先にこの『遺跡の主と呼ばれる存在』が待ち構えている。それを倒せば『攻略』達成だ」
なるほど。
「でもおかしいわね。第一層から第四層まで魔物の種類が結局変わらなかったのが引っかかるわ。普通、奥に進めば進むほど強くなるじゃない」
「普通なら、な」
レティスさんの疑問に対する解答について、オドさんは心当たりがあるらしい。
「だがこの遺跡はやたら広く、そして全ての場所に同じような戦力の魔物が配置されていた。珍しいタイプだが、『均等配置型』かもしれない」
「均等配置型……?」
なんだろうそれ。
思わず繰り返すように問い返すと、オドさんは詳しい説明をしてくれた。
曰く、遺跡には大まかに三種類、魔物の配置の型がある。
一つ目がもっともオーソドックスで、基本的にはそれであると考えることになっている、『深度依存型』。
奥に進めば進むほどより強力な魔物が配置されていて、逆に浅い階層はそれほど強い魔物がいない。
二つ目が少し特殊な型で、『無作為配置型』。
深度の深さに関わらず様々な魔物が配置されていて、浅いところでやたら強い魔物が出てきたり、深いところでやたら弱い魔物が出てきたりするため、色々な意味で気が抜けない。
そして三つ目、滅多に存在しないが故に基本的には考慮されない、『均等配置型』。
最初から最後まで同じような魔物が配置されているタイプ……この配置型が滅多に存在しない理由は、魔物の質が他の配置型と比べると一歩劣り、結果、合計戦力が大分落ちるから、らしい。
『深度依存型』や『無作為配置型』の合計戦力を100くらいだとすると、『均等配置型』の合計戦力は80が良い所。
二割ほど損をしている形になる。
「それでも、型として存在していると言う事は、何かしらのメリットがある、んですよね?」
「そうだな。『均等配置型』は基本的に、『どこまで続くのかが解らない』という精神的な疲労を与えるための配置だ。その層で最後かもしれないし、まだまだ何層もあるのかもしれない。そして魔物はそれなりの、似たような魔物が延々と出てくるわけだから、戦闘は結局のところ行わなければならない。心体共に疲労するわけだ」
なるほど。
僕は『光図』で、第一層からここまでの全てを並べて表示した。
「一層あたりの面積は、街よりもちょっと大きいくらいで、それが四層。四層だと、少ない部類ですよね?」
「階層の数で言うなら確かに少ない部類だけど、一層あたりの面積が広すぎるわね」
レティスは困ったようにに言う。
「面積で言うならば、一層で遺跡一つ分くらいはあるわ。だから、四層でも『多い』部類……なんだけど」
「やっぱり少なく感じるよな」
リーフがレティスに同調するように言った。
「俺達のようなレベルが探索したからってのもあるだろうし、ノアの補助魔法が無ければもっと手間取っただろうってのも事実だ。けど、それにしても少ない」
「つまり、ここはゴールに見えて、ゴールじゃない……?」
「その可能性がある」
オドさんは苦々しげな表情で言った。
「それでも、その先に居るのがボスじゃないともかぎらねえしな。ここは気合いを入れ直して行くとしよう」
「そうね」
とはいえ十中八九は偽物だろう。魔物の反応も無いし。
僕たちは油断しそうになる己の心を戒めて、四人揃って歩みを進める。
奥に扉が見えてきた。そして扉の向こうには、重圧が。
たとえそこが本物のゴールでないにせよ、そこにいる存在はかなり強いのだろう。
「油断しないでね。扉を開けたら即戦闘、その勢いで皆構える事……いいわね?」
レティスが改めて声を掛ける。
僕たちが皆頷いたのを見て、レティスは扉を押しあけた。
扉の向こうは。
「…………」
扉の向こうには、祭壇のようなものがあった。
祭壇のようなもの。
そして、その上では人型の何かが、跪いている。
「……馬鹿な」
と。
声をあげたのは、オドさんだった。
「この光景は、まるで『神殿』の大聖堂じゃないか」
「……何?」
神殿の……大聖堂?
なんでそんな大仰なものが、遺跡のこんなところに?
「俺は神殿の奥に入った事がねえからしらねえけど、こんな場所なのか」
「あ、ああ。そっくりだ。……祭壇の上にあるものは、本来は御像だがな」
御像……。
けどこの部屋の、その祭壇の上には、人型の何かが跪いているだけだ。
「御像など不要」
と。
声がした。
厳かな、男の声だった。
「存在もしない神など、信仰するに値せぬ」
ゆったりとした動作で、祭壇の上の人型の何かがたちあがる。
その人型の何かは、まるで高位の神官が身につけているような服を纏っていて……しかしその服に本来刻まれているはずの『神殿』の印が、全て潰されている。
僕はその意味を知らないけれど……けれど、それは神殿に対する、敵対の意志にしか見えない。
ゆっくりと、振りかえり。
それが両腕を掲げると、そこには淡い光が集まった。
「冒険者よ。お主らは何故遺跡に挑む? お主らは遺跡を何と思うか?」
淡い光を躍らせるように、それは腕を動かしながら言う。
「遺跡とはそもそも業である。業とは即ち傲にして、同時に匣と為すものである……」
淡い光は楽しげに、あたりを跳ねるように動き回る。
跳ねるように。
まるで、子供のように。
いや、まさか、これは……詠唱……?
「汝に問わん、我は今こそ領域を敷かん。かくあれたしは我が涙にして、今こそ誄を現世に及ぼせ」
詠唱だとしても……僕には心当たりが無い、どう対処するのが正解かか、と、思考が及んだ時だった。
がくん、と。
全身から力が抜けて、倒れ込んでしまう。
「え?」
「ふむ。とりあえず手頃そうな子供を標的にしたは良いが、魔力は少ないな……。子供で前線に出てきていて、まして『転』まで使いこなしていたし、魔力が飛びぬけているのかとも思ったのだが」
これは、ヤバい。身体からごっそりと魔力が持って行かれた。
いや、それだけじゃない。今も少しずつ取られている、そんな感覚だ。
どうする? 『域』を張って……いや、『域』を張ってもさほど意味が無いぞ、この魔力じゃ。
今の魔力でできる事は精々『光図』が一度使えるかどうか……、いや、ならば。
僕は『光図』を行使する。
対象はレティスの鎧……そこに、ここまでの地図を完全に刻み込む。
「れてぃすさん、ごめんなさい。ほかにちょうどいいおおきさのものがありませんでした」
「 ア! し か して!」
声が不自然に途切れている。
いや、違うか。
僕の聴覚が、途切れているんだろう。
「みなさん、きをつけて。さっきのまほうは、たにんのまりょくをうばうまほうです。まりょくがつきれば、みてのとおりになってしまいますから……」
身体がおもい。
大量の重しを担いでいるような、そんな感じだ。
あの時。
『喰』の魔法書を読んだ時よりも、その度合いは深刻か。
さて、僕はどうしたものか……。頭がぼーっとする。何をしたら正しいのか、その判断もつかなくなってきている。
だんだんとこの状況がどんな状況なのかが解らなくなってきて、今僕がどんな体制になっているのかもわからない。
さっきまで見えていたはずの景色が、奇妙な光に覆われて、何も見えなくなっている。
ああ。
そもそも、なにを見ていたんだっけ……。
僕はどこで何をしていて、今、こんな奇妙な状態に、陥っているんだっけ……?
なんだろう。
僕の身体が、揺れている。
そんな気がする。
わからない。
なにかが、僕を掴んでいる。
そんな気がする。
わからない。
「なんだか……」
とても、
「ねむいような……」
だから、
「つくえのうえの、めもを」
よんでくださいと、口を動かす。
声が出たのか、出ていないのか。
僕にはそれさえ解らなかった。




