43 - ギルドの違いと檄のこと
規定の時間に、僕は誰に起こされるでもなく、目を覚ます。
『覚醒』の魔法。時間を指定して、その時間になったら目を覚ます……という便利系魔法といえば便利系魔法なのだけど、ちょっと難易度が高すぎるか。
「きっちり時間に起きたな。おはよう、ノア」
「おはようございます。僕が寝てる間、『光図』は大丈夫でしたか?」
「ああ。完璧に動作していたよ」
「それはよかった」
僕は寝床から焚き火の横へと移動する。
寝てる間も『光図』を発動し続けること自体は前にやった事があったんだけど、さすがに『連携』や『更新』と絡めていたのは初めてなので、ちょっと不安だったんだよね。
ちなみに僕たちは四人のパーティなので、二人は見張り役として起きていることになっている。
僕とレティスが前半に見張りを担当していたので、後半は眠っていて、今しがた、朝に起きたと言うわけだ。
「レティス、起きてください。約束の時間ですよ」
「…………」
とりあえず寝ている筈のレティスに話しかける。
ぐっすりと眠りこんでいるのか、起きる様子が無い。
よくこんなシチュエーションで熟睡できるものだ。
「ノア、なに呆れたような顔してんだ」
リーフさんの怪訝そうな声に、僕の方こそ怪訝そうな表情になったような気がする。
「え、もしかしていつもこうなんですか?」
「ああ。レティスは目覚めが悪いんだよ」
ふうん……。
「なんというか、危機感が足りませんね、レティスは。女性なんだから、多少警戒するべきなのに。というか、リーフにせよオドさんにせよ、多少その気になったこともあるんじゃないですかね?」
「…………」
「…………」
二人が露骨に目をそらした。
「えっと、ノアくん」
「何ですか、オドさん」
「そういう知識は君にはまだ早いんじゃないかな」
「僕も十一歳ですからね。もうすぐ十二歳になりますけど。それに奇襲に一番効果的なのってそういう場面なんですよ。ほら、装備とかもしてないし殺しやすいというか」
「夢も希望もありゃしねえな、流石盗賊ギルド」
とまあ、ちょっと話題をそらされてる気がするけど、僕としてもそこまで追求したいわけでは無かったのでそれに乗り、その話は流しておく。
「普段はどうやって起こしてるんですか?」
「自然に起きるのを待つ。だからまあ、一時間くらい余分に寝てる事も多いな」
「起こしちゃってもいいですか? なんか一人だけ余分に寝るのはずる、じゃない、……ずるいので」
「言い直せてねえぞ。……起こせるものなら起こしても良いけど、あれだぞ。寝起き悪いし、起こされて起きる時は超不機嫌になるぞ、レティス。言っとくが俺達は助けないからな」
どんだけ恐れられてるんだろう。
まあいいや、『覚醒』、対象はレティス。
はい発動。
ぱちり、とレティスは目を覚まし、すくっと身体を起こす。
「おはようございます、レティス。どうですか、気分は」
「おはよう、ノア。なんだろう、すごく気分がいいわ。快眠! って感じ。ちょっと寝過ぎたかしら?」
「いえ、僕もついさっき起きたところです。時間ほぼジャストですよ」
「え、本当に? なんでだろう。なんかいつもは全然起きられないんだけどね、私。まあいいわ。ちょっと顔洗ってくるわね」
「はい、お気をつけて」
ちなみに水源は昨日の夜に確保済み。
この様子なら設営作業もそんなに時間がかからないだろう。
そして顔を洗いに水場に向かったレティスを見送って、リーフとオドさんはぽかんとした表情になっていた。
「どうしましたか、二人とも」
「いや、あのレティスがああもあっさり目覚めるとは……機嫌もいいし、なんか不気味なんだけど」
「ノアくん。きみ今、詠唱はして無かったけど、何か魔法を使ったよね。何の魔法かな?」
「ああ。『覚醒』という魔法です。どんな眠りからもばっちり起きられる便利魔法ですよ。ちなみに他人に使うこともできますが、他人への行使については禁術として冒険者ギルドに指定されています。使っちゃいけない、といえばそうなんですが、禁術を指定しているのは冒険者ギルドですから、盗賊ギルドに所属する僕にとってそんな指定を律義に護る必要は無いわけです。御理解いただけますか?」
「…………」
「…………」
暫くの沈黙、そして、リーフが小さく「こええぞこの子供」と呟いた。
酷い扱われようだ。
しかし折り合いはつけたらしく、オドさんが口を開く。
「まあ、なんだ。レティスにばれないようにな」
「あら。私に何か隠し事してるわけ?」
最悪のタイミングでレティスが帰ってきた。その表情が笑顔なのが逆に怖い。
なので僕はカードを切ることにした。
「いえ。僕は子供なのであまり気にならなかったんですけど、このお二方はレティスさんの魅惑のボディにめろめろでエロい視線を向けてたって話を聞いたんです」
「へえ。リーフ、オド、朝御飯要らないのね?」
「ちょっとまて。話せばわかる。それはノアの欺瞞工作だ。長くパーティを組んでいた俺達のほうを信じてくれるだろう?」
「ええ。確かにノアとは昨日あったばかりよ。でも、長くパーティを組んでいるからこそ、多少の疑惑を持つ事もあるのよ」
よし、矛先はそらせた。
もちろんこのままだと男性二人から敵意を抱かれてしまうので、フォローを入れる。
「冗談ですよ。本当は僕の魔力が、実は並の冒険者程度にしかないという話をしていたんです」
「へえ……? 確かに、言われてみればそう……みたいね。イセリアとかバカみたいな魔力量してるから圧迫感すごいんだけど、あなたからは何も感じないわ」
「イセリアさんはちょっと規格外すぎますよね」
真実であるが故に誤魔化しは聞く。
それにどのみちこの事も話さなければならなかったのだ。
僕のそんな行為に、また小さな声で、今度はオドさんが「こわいなこの子供」と呟いた。
まったくもって酷い扱われようだ。
「さて。みんな起きたし、入口はそこにある。設営要員が届くまで、結構暇ね。少し方針とかについて話しておきましょうか」
「ああ」
かくして、皆がそれぞれに話題をそらす事で、本題を本当の意味での本題に修正する事ができたのだった。
――そして、お昼前。
設営依頼を受けた冒険者一行が到着した後に、僕たちの相談内容を纏めるように、レティスが言う。
「方針を決します。今回の依頼は『攻略』。遺跡の攻略要件は二つだけ、『迷宮の主と呼ばれる存在の撃滅』、及び『迷宮の主と呼ばれる存在の居場所までの地図』の作成よ。前者は私たち全員で当たるとして、後者、地図の作成なんだけど、これは必要に応じてオドにも補助させるけど、基本的にはノアに一任するわ。逆に戦闘に関しては、私とリーフに任せて頂戴。魔力を使う二人は当面、そうね、大まかにでも階層の広さと深さが解るまでは、可能な限り魔法を使ない方向で行動して貰うことになるわね。もちろん戦闘において必要であるならば、魔法は使っても構わないけど、魔力の無駄遣いはしている余裕が無い。そう言う意味で、ノアの『光図』と『魔探』の組み合わせは最大限に利用させてもらます。魔物が何処に居るのか解って居れば戦闘もしやすいし、不意打ちもされにくいから。そして、遺跡の罠の解除は一応、リーフも多少はできるから、ノアだけじゃ手が足りないならばリーフにもやらせる。私とオドは罠の解除に関して知識が皆無に近いから、変に触ると危ないしね。纏めるわよ。ノアは地図の作製や罠の解除を含む補助全般。私とリーフは戦闘全般。オドは必要に応じて神官魔法を使う。以上よ。次に、行動についてだけど、大原則として四人で固まって動きます。例外も無いとは断言しないけど、基本的に単独行動は禁止。万が一他のメンバーとはぐれて『一人』になってしまったら、すぐに脱出を試みる事。『一人』じゃないならば、その『一人』を探しながら脱出する感じになるわね。それ以外の脱出の目安として、『ノアもしくはオドの魔力が半分』、『予期せぬ事態の発生』を設けておくわ。『まだ行けるはもう危ない』、の精神を絶対に忘れない事。遺跡内部で発見した物品は私たち四人が総取りできるけど、一応『欲しいかどうか』は毎回聞くわ。もし誰も欲しがらないなら換金。誰かが欲しがったらその人に。希望がかぶったら話し合い。そんな感じのルールで行くけど、もし道中で誰かにそういう発見品が偏ったら、依頼達成後の報酬で埋めあわせて、可能な限り皆公平にする。最終的な確認にはイセリアにも同席してもらう事になってるから、ずるはできないわよ。しようと思う人なんて居ないでしょうけどね。良いかしら? ならば……必ず全員が生きて、この遺跡の『攻略』を達成しましょう!」
まぎれもない檄であり、その言葉には強い覇気を感じる。
不思議と、勇気が湧いて出るかのような、そんな気がした。




