34 - 希少な力と測定のこと
戦闘開始。
ゴーレムの大きさは僕の二倍ほど。僕と比べれば大きいけど、成人男性と比べればそこまで大きすぎるわけでもない。
材質は外観的には岩か土か。金属ではなさそうなのが救いかもしれない。
メインの短剣を握り、可能な限り最も素早く懐に潜り込み、短剣で軽くゴーレムの体表を撫でてみる。
結構手首に負荷がかかったけど、体表を切り裂くくらいのことは出来るようだ。
もっとも岩人形相手にそれが一体どれほどの意味を持つのか、甚だ疑問ではあるけど……。
「ふむ。その気になれば私でも反応できそうですね、今のノアくんの動きには。とりあえず全力を出すので、ノアくんも全力で応戦して下さいね」
「……はーい」
気乗りしないなあ、とか考えながら、ゴーレムの側面に回り込み、短剣を握り直す。
するとゴーレムはぐるんっ、と勢いよく上半身を回転させこちらを向くと、そのまま腕を鈍器がわりにぐるぐると振り回した。流石はゴーレム、肩とかそう言う概念が無い。好きなところで好きなように動かしている感じだ。
腕回転による攻撃も、遠心力のせいだろう、その回転速度が思いのほか速い。避けられない事は無いだろうけど、その後が続かないし、万が一避けるのに失敗したらそれだけで僕は戦闘不能になりそうだ。
それはそれで僕の実力に違いは無い……けどまあ、こう言う時は『光刃』。
ゴーレムの腕回転による攻撃は素早いが故にすぐに止める事はできないだろう。
そして遠心力によって速度を増していると言う事は、一度回しはじめたら『上』方向には調整ができても『下』方向には難しい。
難しいなりにゴーレムだから、操作している側が強制的に腕を振り下ろす事は当然可能。だから回避するだけでは追撃が来る。
短剣にそれを発生させながら思いっきりしゃがみ込んで腕回転を回避、短剣の刃を上に向けて光の刃を生成、もちろん刃は伸ばしておいて、腕回転の軌道上に『おいておく』。
調整はできても急停止は難しい。僕を追撃するべく調整を始めたはずの腕はそのまま光の刃に食い込み、まるで手ごたえも無いままにゴーレムの腕を両腕共に斬り飛ばす。
うん。
『光刃』の魔法って切れ味が凄まじくい良いのは知ってたけど、ここまでさっくり斬れるとは。
とりあえず腕を失ったゴーレムに、光の刃を短く調整した短剣を投げつける。
本当はスムーズに突き刺さるのが理想だったんだけど、そういえばこの身体ではその練習をしていなかったわけで、短剣はぐるぐると回転しながらゴーレムへ。それならそれでいいや、と刃を改めて伸ばしておくと、回転する光の刃がゴーレムを当たり前のように縦に両断。怪我の功名という感じだ。
普通の敵ならこれで倒せそうだけど、相手はゴーレム。この程度で倒せたとは思えない。斬り飛ばした腕に動きは無いけど、二つに斬られた本体はまだ動いているし、放っておけばすぐにでもくっつきそうだ。
それの邪魔をするとなると……氷かな?
『火炎』の魔法の属性を『氷』に変更して行使、真っ二つになっているゴーレムの『断面』を覆う様に氷で埋め尽しておく。
くっつく事ができないと悟ったのか、ゴーレムは半分ずつがそれぞれ別個に動き出す。横幅は半分だけど縦の大きさは同じなので敵としては厄介だ。
片足しかないのに良く歩けてるなあと思ったら当然のように浮いていた。なるほど、変に方足で歩かせるくらいなら飛ばしたほうがマシか。
とはいえだ、このままだとどんなに刻んでもゴーレムはそれぞれが動きそうな気がする。今のところゴーレム(右半身)とゴーレム(左半身)って感じで、これをさらにぶった切って行くと把握するのも大変そうだし……。
かといって僕は、『魔法を解除する』タイプの魔法を習得していない。それは神官魔法の範疇だから、神官にならないと……まあ、無い物ねだりをしても仕方が無い。
今僕が使える魔法で、どうにか黙らせる方法。
火の球はあんまり意味が無い。光の刃は論外。火炎は燃やしつくすのに時間がかかり過ぎ。施錠解錠は無意味。
となると物操で支配権の奪取? 相手のほうが格上だから成功する可能性がかなり低いし信頼性が無い。
風の刃……も結果で見れば光の刃と同じになるから却下。うーん。
消去法で魔法の矢弾?
うーん、一発一発が軽いからな、アレ。ゴーレムに効果があるか微妙だ。やらないよりかはマシ……とか考えていると、後ろに物音を感じて全力で跳躍しつつ『飛翔』を行使、空に逃げる。
すると、先程まで僕が考えていた場所を斬り飛ばした筈の腕が通り過ぎていた。
……そりゃそうか、右半身と左半身を同時に操れていると言う事は、斬り飛ばされている腕もそれはそれで操れる、と。
てことは、右半身、左半身、右腕、左腕の四体が相手ってことになる。数的にものすごい不利な状況になっているような……。
「へえ……。空からって話はしてたけど、『飛翔』か」
ギルマスはそんな僕を見てのんきな感想を漏らしている。
少し手伝ってほしいんだけど、それじゃあ測定の意味が無くなるか……。
「で、どうする、ノア。ゴーレムを倒し切れる魔法、持ってるのか?」
「うーん……」
全体的に攻撃力が足りない。
いや、いずれは打ち勝てるかもしれないけど、魔力が尽きる方が早いかもしれない。
『火炎』で一気にゴーレムを粉砕するには、まあ、『域』は使わないと無理だろう。あれを使えば簡単だけど、基本的には内緒にしたいし……。
「駄目もとの『矢弾』はしてみるけど……」
属性は付与せず、36発。腕にはそれぞれ4発ずつ、右半身と左半身には14発ずつ『自動追尾』で発動。
全段命中。腕は両方破壊できたけど、胴体はちょっと傷がついたくらいか。
一応撃ちこみ続ければなんとか倒せそう……?
「うーん」
「どうする、ギブアップか?」
「一応、最後まで頑張ります。魔力切れるのが先か、破壊できるのが先か……」
と言う事で、僕は腕を大きく広げ、両手の先に『矢弾』を6発ずつ生成しては右半身と左半身にそれぞれ追尾で撃ちこみ、追尾を始めるなり新しく『矢弾』を生成して……という飽和攻撃を実施。
何発目で倒せるだろうか、全くのノーダメージではなかったけど、ゴーレムは自己再生が可能な事もあるから……それを考えると本当にダメージは小さいはずだ。
ちなみに生成している『矢弾』は片手で6発、両手で12発。生成した傍からすぐに追尾を始めるので、一秒で四回ほど生成できる。つまり一秒につき48発の『矢弾』を作っているわけだ。
属性を付与してない分、魔力の消費は大分少ない。このまま続けた時、僕の魔力が切れるのは……この感覚だと五分くらい。一応倒せるとは思う。
ずがががががが、と連続で撃ちこまれる矢弾。それが十秒ほど続いたころだった。
「おいノア。それいつまで続けるんだ」
「とりあえず倒せるまでか、僕の魔力が切れるまでです。これ撃ちこんでる間は攻撃される心配もなさそうですし」
なんて話しながらもさらに数秒が経過している。
「……ちなみに、お前の魔力は後どのくらいで切れる?」
「五分弱ってところだと思います。感覚だけど」
「そうか……」
さらに数秒、合計二十七秒にして、対象の指定に失敗したらしく、『矢弾』の生成が止まる。
「あれ? 倒せた?」
「そりゃあんだけ撃ち放題やってれば流石に倒せるだろうよ……」
えっと、一秒で48発だから、1296発か。
その前に与えていたダメージとかも考えると、大体1500発分。
さすがはゴーレム、頑丈だ。
「なんだかすっごいごり押しではあったが、確かにノアの勝ちだな。コーマ、無事か?」
「本体は疲れただけで済んでいますが……」
と。
コーマさんが休憩所から疲れた様子で出てきた。なんだろう、休憩所で疲れると言うのも奇妙な話だ。
「ひどいですね、ノアくんのアレ。詠唱破棄で魔法が使えると言うのは、確かに間断なく魔法を使い続ける事が出来るわけで、確かに『魔法の矢弾』の魔法の発展形としてそれは提唱されてますけど……。でも、ノアくん、あれに属性付けられますか?」
「出来ますよ。流石に毎回切り替えるのは頭が追いつかないので、秒単位で属性を切り替えるとか、あるいは『矢弾』ごとに属性を設定しておくとか、そう言う事になりますけど」
「ということは、あれは『矢弾』の魔法ですか。理論上というか机上の空論として、そういった使い方があるとは聞きましたが、現実に使える人がいて、しかもそれがノアくんのような子供だとは……」
うん?
「あの、コーマさん。『矢弾』って、『魔法の矢弾』とは違うんですか? なんかそんなニュアンスに聞こえたんですけど」
「ええ、別の魔法ですよ。…………。もしかしてノアくん、あなたは何も考えずに『矢弾』を?」
「はい。『魔法の矢弾』の魔法書を読んで、でもいちいち『魔法の矢弾』ってやるのめんどくさいなーって思って、『矢弾』って呼んでたんですけど……」
「……魔法の天才とはまさにノアくんの事なのでしょうね」
大きなため息をついて、コーマさんは言う。
「ギルマスも魔法には疎いでしょうから、私が簡単に説明しましょう。魔法はかならず、その発動の意志を示す最終的な『名称』があります。この名称の文字数が多ければ多いほど、その魔法は『性格が固定されている』かわりに『行使が簡単』で、逆に少なければ少ないほど、『性格が大雑把』で『行使が難しい』んです。前者は追記、後者は抽出という技術で、詠唱破棄よりもさらに難易度が上の応用ですね」
大雑把と固定……?
「『魔法の矢弾』は純魔法属性の矢弾を産み出しそれで攻撃をする魔法です。が、ノアくんが使った『矢弾』の魔法は、それ自体が属性を持ちません。つまり自由な属性を与える事が出来る……代わりに行使は難しくなりますが。これが『抽出』の概念です」
「そういや俺も聞いたことがあるな。魔法はその名前が短ければ短いほど強力だって。それはそういう応用が利くから、ってことか?」
「半分正解ですね。応用が利くというより、短ければ短いほど定義が曖昧になるんです……その分だけ変化させやすい。ただ、文字数が極端に少ない、単字魔法と呼ばれるようなものは、単純に効果が強烈である事も多いですね」
うーん……わかったような、解らないような。
「端的に聞こう。コーマ、今のノアのアレ、真似出来るか?」
「無理です。私は魔法使いとしては並程度ですから、『魔法の矢弾』ならばともかく、それを『矢弾』に抽出して連発は不可能です。そんな才能はありません」
つまり無意識にやってたけど、割とやっちゃいけないタイプのやつだったのか、アレ。
今度から気をつけよう。
「ただし」
と。
コーマさんは付け加えた。
「あれの真似はできませんが、あれと同等のことは、ある程度の魔法使いにならば可能かもしれません」
「同等?」
ギルマスの問いかけに、コーマさんはこほんと咳払いを一つして、詠唱を行う。
たしかこの詠唱は、『魔法の矢弾』だったと思うけど……。
「『魔法の矢弾』……」
そして、コーマさんがそう呟くと、この建物の内を埋め尽しかねないほどに大量の矢弾が発生した。
一万発は余裕でありそうだ。この人、魔力沢山持ってるんだなあ。
まあ、人形師なんて特殊クラスだ。当然と言えば当然かもしれない。
「つまり、こうです。詠唱破棄による連発が出来なくても『一気に発生させる事はできる』わけですね。もっとも、ノアくんがやって見せたやつと比べて瞬間的な火力は高くなりますが、無駄も多くなってしまうのが考えものです」
「確かにそうだな。一度発生させちまったもんは魔力に戻せないんだったか。『相手を倒せる正確な数』がわかるなら一気に発生させた方が良いが、解らないならノアがやって見せた連打のほうがいいのか」
「ええ」
「ちなみにノア、お前はこれの真似はできるか?」
僕は首を横に振る。
「たぶん出来ません。弾数的には足りると思いますけど……頭が追いつかない」
あるいは『域』張ってればいけるかもしれないけど……、一発ごとに対象は選べそうにないし、ちょっと非効率に過ぎる。
「なるほどな。同じ魔法でも使い手によって様々か」
「そう言う事です。ノアくん。次、非戦闘系の測定、やりましょうか」
「はい。わかりました」
チリモツモレバ的発想。
やっと追記と抽出の概念が本編に出てきた。長かった。




