33 - 新たな装備ともどきのこと
もうすぐ酒場が開く時間だということで、僕が酒場兼盗賊ギルドへと帰ると、扉の前にはギルマスがそわそわとしながら立っていた。
そして僕を見つけるなり、
「ノア!」
と駆けよってくる。
何かあったのだろうか?
「大丈夫かノア。あの変態、じゃない、コーマに何もされなかったか」
…………。
ギルマスとコーマさんって仲が良いらしいけど、このあたりの信頼関係とは別問題らしい。
「大丈夫です。計測はされましたけど、それだけですよ」
「具体的には?」
「腕の長さとか太さとか、あとは足の長さとかですけど……。顔の、目の位置とかの計測もしましたね。でもそれくらいですよ?」
「そうか。ならばいい。良かった。かなり不安だったんだぞ」
もう少し信頼して上げても良いと思う……。
逆にコーマさんが可哀そうになってきた。
「あ、そうだ。コーマさんにレベルカードもらいました」
「へえ? あいつも太っ腹な事するな。で、ノア、使ってみたか」
「もちろん! 見ますか?」
「見せてくれるのか?」
特に困るわけでもないし、と僕は頷いて、懐に仕舞いこんでいたレベルカードを取り出すと、ギルマスに見せる。
そこに書かれた情報をみるなり、ギルマスは先程までの奇妙なテンションを吹き飛ばし、目を細めた。
「魔賊、レベル89ね……へえ、なるほど。また珍妙なクラスだな」
「ひょっとして、ギルマスは知ってるんですか? 僕もコーマさんも魔賊についてはよくわからなかったんですよね。戦闘はそんなに得意じゃないし、非戦闘系クラスかな? みたいな話はしてたんですけど」
「そうだな」
ギルマスは周囲をちらりと確認すると、僕の手を取って店へと歩き出す。
「倉庫に行こう」
「はい」
どうやら何か、訳ありのようだ。
少し急ぎ足で倉庫、もとい盗賊ギルド、のギルマス執務室に入る。
途端、ギルマスは本棚から一冊の本を取り出し、おもむろに開くとページを確認し、僕に見せてくれた。
「この本はこれまで盗賊ギルドが発見した『特殊クラス』の目録でね。『魔賊』というのは、過去に一人だけとはいえ、確かに実在した」
「へえ。……って、一人ですか」
「そう、一人だ。ちなみにコーマの『人形師』はあれで数人の例があるから、希少性でいうなら『魔賊』のほうが高いだろ」
目録には名前と、そのクラスがどんなクラスなのか、その概要が書かれている。
魔賊。盗賊系のクラス。準戦闘系。戦闘もできない事は無い、しかしそれ以外の『便利な部分』に特化した、魔法を操る盗賊。
一人しか確認されていないため、クラスとしての特性は不明な部分も多い……か。
「もしお前が良いならば、だけどな、ノア。『魔賊』としての性能を、俺達も知りたいんだ。だから協力して貰いたい」
「それは命令ですか? 命令なら従いますよ、僕。盗賊ギルドのメンバーですから」
「いや、お願いだ。命令じゃない。ギルドとしての命令じゃないから報酬も出ないが、だからこそ拒否権はある」
なるほど。
命令をしたら当然それは任務になる。任務には報酬が必要だ。
しかしほとんど未知のクラスに関する調査なんて任務に釣り合う報酬は想定することすら難しい。
だから、『お願い』なのか。
「うーん……。性能を知るって、具体的には何をすることになりますか? それを聞いてからじゃないと、答えられません」
「実戦形式の戦闘力測定とギルドの設備を使った盗賊技能の測定。この二つが基本になると思う」
力量の測定か。やって損は無いな、僕としても自分がどの程度の立ち位置なのかを知るいいチャンスだ。
「もちろん、これらの測定は俺ともう一人が補佐をするが、それ以外のメンバーには機密扱いだ。その点は信頼して貰いたい」
そして変に目立つような事も無し、と。
ならばむしろ望むところ。
「解りました。測定は受けます」
「そうか。ありがとう、ノア。それじゃあこれから手配するから……実際に測定を出来るのは明日だな」
「じゃあ、今日は普通に酒場でお仕事しても大丈夫ですか?」
「おう。いつも通り、ホールは頼んだぞ」
任せてください、と僕は頷いた。
酒場での仕事を終えて部屋に戻ると、部屋の前には箱が置かれていた。
そして箱にはメモが添えられていて、そこにはギルマスから僕に対する支給品である旨が記されている。
特に罠っぽいものもなかったけど、念には念をいれて色々と確認し、やはり仕掛けが無いらしかったので開けると、そこには色々な物が入っていた。
下着とシャツとズボンといった洋服たち、その上から装備する事を考えているのだろう、胸元などの重要な部分を的確に護りつつも重さや行動阻害を極限まで減らしたポイントアーマー、髪を軽くまとめるようなバンダナに、三本の短剣、鍵開けや罠の設置、除去に使うようなツールを纏めておけるようなベルトに、足音を出さないような工夫がなされた、それでもかなり丈夫そうな靴。
当然のように全て新品。
普通に買いそろえたらいくらかかるか解ったものではない。
僕がそれらを確認していると、箱の底には手紙も入っていて、それを読むとこの支給品についての詳細が書かれていた。
それによると、これは『魔賊』としての測定をするにあたって必要になる、かもしれないもののセットであり、同時にその測定に対する報酬でもあるようだ。
正式な任務ではないが故に正式な報酬を出す事が出来ず、だからこんな形になるんだとか。
正直、それに関してはタダ働きなんだろうなあと覚悟の上で受けたので、嬉しい誤算だったり。
そして翌日、目を覚ますなり僕は箱に入っていた装備を一通り見につけて、姿見でちょっと確認してみる。
サイズは概ねぴったり。ちょっとシャツが大きいかな? とは思うけど、だらしないほどではないから、そこまで神経質にならなくても良さそうだ。
三本の短剣は小ぶりなものが一本、普通のサイズが二本だったので、小ぶりな一本は左足、普通のサイズの一本は右足、最後の一本はベルトに装着。
とりあえず咄嗟に手に取ることが出来る位置であることは確認済み。まあ、短剣で戦闘をする機会は多分ないだろうけど、念のためだ。
バンダナは……装備することに意味がいまいち無いような気もしたんだけど、一応入っていたので頭につけてみると、妙に『盗賊もどき』という感じの見た目になった。
なんかこう、間違った憧れを持った子供が上っ面だけを真似したような感じだ。
実際そんな感じでもあるから、ぴったりではあるのだけど……。
どうしようかな、と姿見とにらめっこしていると、ドアが四回テンポよくノックされる。
「イソドだ。ノア、入って良いか?」
「はい、構いません」
ギルマスか。
この部屋の扉に鍵はあるけど、お出かけ中とか寝てる時以外は基本的に開けている。これは盗賊ギルドの面々に鍵って意味あるのだろうか、そんな疑問が大体の理由だったりする。
で、ギルマスは普通に扉を開けて中に入ってくると、僕をみて笑顔を浮かべた。
「へえ。思ったより……、」
何か感想を言いかけて、ギルマスは黙り込んだ。
「思ったより、なんですか?」
「……いや、なんだか思ったより似合ってるんだが、『もどき』って感じだなと思ってな」
「ああ。やっぱりギルマスもそう思いますか」
僕もそう思います、そう同意を示すと、ギルマスは小さく笑う。
「サイズに問題は無いか」
「はい。ちょっとシャツが大きいかな……でも、こんなものかも」
「なら良いな。丁度こっちも設備の『抑え』ができた所だ。測定を実施するから、ついてきてくれ」
「わかりました」
そういえばどこでやるのかと言う話は聞いていない。
ギルドの設備とは言ってたけど、街の中かどうかも不明なんだよね。
僕はギルマスの後ろをついて歩いて行くと、ギルマスは当然のように酒場を出て暫く歩き、歓楽街を突っ切って住宅街へ。
住宅街の更に奥、商店街をなおも突っ切り、冒険者ギルドの建物を横目にしながらさらに進んで、街の片隅。
他の建物と比べれば二周りは大きな建物に、ギルマスは入る。
「ここは?」
「盗賊ギルドと冒険者ギルドが共同で作った『訓練場』だよ。普段は冒険者ギルドの冒険者たちが模擬戦とか力比べ、訓練に使ってる。この中は『魔法でも物理的にも覗けない』ように、特殊な魔法道具を使って作ってあるから安心しろ。で、今日はうち、盗賊ギルドの貸し切りだ」
なるほど。
「補佐がもう一人いると言ってましたけど」
「ああ。俺だけじゃ流石に実戦形式の戦闘見れねえしな。その手の事には適任が居る」
適任……?
僕が首を傾げると、ギルマスは笑って奥を指差した。
奥には広い円形に、とても広い空間が作られている。広さは……半径三百メートルはあるな。その周りには観客席らしきものもある。
模擬戦や訓練に使っているような場所なのだから、そのあたりは必要なのかもしれなかった。
そんな空間のど真ん中に、人間とは明らかに異なる、それでも一応は人型のシルエット。
……ゴーレム?
「こんにちは、ノアくん。今日は頑張ってくださいね」
「……コーマさん?」
「そう。『人形師』。あいつは普段、人間に限りなく近いようなものばっかり動かしてるから、戦闘は精々人並程度だと誤認されるんだが……『外面や体面を気にしないで、全力を出していい場面』って状況なら、コーマの戦闘力は盗賊ギルドでもトップクラスに跳ね上がる」
人間と見まがうほどに精密に人形を動かす、人形師。
そんな人形師が、精密性を少し削って、それをパワーに変えると。
でもそれなら、
「ちなみに人形師の操作も『魔法』に違いはねえから、実はコーマはそこの休憩室から操作してる。ノア、お前の事だ、『人形師の人形をいちいち相手にしてても仕方が無い、本体を叩くのが手っ取り早い』とか考えたかもしれないけど、今回はそれ禁止な。総合力的にはそっちで見てえけど、今回は『魔賊』のそれぞれの性能チェックが優先だ」
「……はーい」
……僕の考えを見事に読み切り、僕に釘を指すギルマスだった。
「一応、冒険者ギルドが近いからな。大怪我程度なら神官を連れてくるから、安心して闘ってくれ。タイミングはお前たちに任せる。俺は『見る』ことに集中してるから、手出しはしねえよ」
まあ、そりゃそうか。
「わかりました、ギルマス。じゃあコーマさん、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
僕は広い空間、つまるところ戦闘スペースに躍り出て、ゴーレムと向かい合う。
ふう。
ちゃんとした戦闘をするのは……いつ以来だか。
体力がもてばいいけど。




