17 招集
「せや、その朝夷名やで。
愛想はええし基本的には真面目やけど、謎多き人物っつうの?典型的な数字バカな上に、ちょっと近寄り難いっちゅうか、浮世離れしてるんよな」
「あー、何か分かるかも。何つうか、クールな奴やねんな」
「学校帰りに囿仙女学園の生徒から逆ナンされとったこともあるらしいんやけど、軽くあしらってそのまんま帰ったらしいで」
「囿仙女学園って……超名門のお嬢様学校やん」
「せやで。しかも、その子めちゃくちゃ可愛かったらしいんよ!黒髪ロングのツインテール……地雷系っつーの?とにかくとんでもない美少女やったって!」
お嬢様学校に通う美少女と聞いて、ソラの制服姿が思い浮かんだ。
京都府内でも指折りの名門女子校である囿仙女学園の中にも、宗坂高校の生徒に声をかけるような物好きがいるのだろうか。うちの生徒なんて、学問に頭が支配されたような狂人が九割を占めているというのに。
「へえー、勿体ないことするやっちゃ」
「男子校っちゅうジャングルに身を置く中での貴重な女子との出会い、それも囿仙女学園のご令嬢からのお誘いやで!?ほんま、断るくらいならそのチャンス俺に譲ってほしいねんけど!やっぱ顔か!?それかタッパやねんな!?」
朝夷名の顔はよく覚えていないが、黒々とした鋭い瞳は深く印象に残っている。見たところ、俺よりは多少上背があるだろうか。
「もしかしたら、あいつ、彼女持ちなんとちゃうん?彼女のことが大事やさかいに、冷たくあしらって帰ったんやない?」
山崎の憶測に、西村は真剣な顔をして頷いた。
「それ有り得るわ。
E組の奴から聞いたんやけど、あいつ変に付き合い悪い上に、この辺の可愛い子の噂話とか、全く乗っかってこおへんらしいし。実は彼女おるんかもしれへんな」
「さあな、あんまり詮索すんのも良うないか」
山崎の一言がきっかけで自然と話題は変わり、他愛のない雑談をして昼休みは終わりを迎えた。
西村と山崎は、朝夷名のことなどとうに忘れてしまったらしく、彼の方には見向きもせずに、談笑しながら教室へと戻っていった。
しかし、俺は確かにこの目で見たのだ。朝夷名の視線の先にある、獅子のような姿をした妖怪を。
そして放課後。
俺は友人達からの遊びの誘いを断り、猛スピードで自転車を飛ばして、知恩院のある方角へと向かっていた。
先日、二人との別れ際に、実は俺は二人と電話番号とメールアドレスを交換していたのだ。授業が終わってからスマートフォンを確認すると、太秦さんから「今日、学校が終わったら事務所まで来てくれ」との内容のメッセージが届いていた。そのため、俺はこうして大急ぎでチャリを飛ばしている。
宗坂高校が位置する大雲山から知恩院までは約八キロ半。自転車を全力で飛ばしても、恐らく三十分はかかる。太秦さんの事務所には初めて訪れるため、道に迷う可能性も鑑みなくてはならない。
太秦さんからのメッセージには、だいたい五時頃に事務所に集合するよう記されていた。七限目が終わる時刻は四時十五分。つまり、全速力を出して向かわなくては、約束の時間に間に合わないだろう。
思い返すと、今日は登校時も下校時も全力でペダルを漕いでいる。恐らく、明日には両脚の筋肉が悲鳴をあげていることだろう。
太秦さんも、俺が宗坂高校に通っているということは知っているのだから、あと十五分だけでも時間に猶予をくれても良いのではなかろうか。下校時刻を知らせていなかった俺にも非はあるのだが。
いつも通りサドルの上で心の中で独り言を呟きながら、風をきって自転車を走らせる。信号で止まる度に、スマートフォンで道のりを確認しつつ、校門を出てからぴったり三十分後、俺は知恩院の三門の前に立ち尽くしていた。
鋭く睨みつけるように俺のことを見下ろす門の荘厳さに、俺は思わず息を呑んだ。所々に羊雲が浮かんだどこまでも平穏で呑気な青空を背景に、壮大な木造建築が聳え立っている様は、門だけが別世界から切り抜かれたように浮いていた。
俺は暫く呆気にとられていたが、ふと本来の目的を思い出して、時間が気になってスマートフォンを確認した。画面に表示されている時刻は四時四十七分。これならまだ余裕を持って到着出来るだろう。
わざわざ遠回りをして三門を見に来た理由は、案の定道に迷ったからだ。
先に言っておくが、つい先日俺をコンゴ民主共和国に強制送還したばかりの地図アプリは優秀だった。しかし、それを扱う人間が悪かったのだ。
学校を出る時に、俺は焦る余り、間違った住所をスマホに入力してしまったらしい。そうして、猛スピードで自転車を漕いで辿り着いた先には、知恩院の三門が待ち構えていたという訳だ。まあ、全く見当違いの方向に飛ばされなかっただけ良かったと思うことにしよう。
ちなみに、俺は機械音痴に加えて、学年でも一、二を争う方向音痴でもある。中学二年生の頃の修学旅行で広島を訪れた際に、平和記念公園の中で迷子になって、同じく修学旅行で来ていた小学生達に助けてもらったこともあった。自分より三つも四つも年下の子供達に助けてもらうのは、中学生ながらに顔から火が出る程恥ずかしかった。
俺は三門に向かって軽く一礼をしてから、自転車に乗って地面を蹴った。
スマートフォンの画面の中の地図をこまめに確認しつつ、白川の畔をゆったりと自転車を漕いで、道なりに進んでいく。
透き通った川の流れの側には、青々とした柳の木が所々に立っており、涼しい風が通り抜ける度に、細長い葉をさらさらと揺らしている。道沿いには昔ながらの商店が立ち並んでおり、その風情ある景色に、自然と心が癒され柔らかい笑みが溢れた。
太秦さんの事務所は、「菊花」という名前の小さな蕎麦屋と、「白鷺屋」という老舗の和菓子屋の間にあるらしい。中々に良い立地条件だが、陰陽師の事務所とはどのような様相なのだろうか。
俺は脳内で勝手に、至る所に札が貼り付けられ注連縄が張り巡らされたような、どんよりとした雰囲気の日本家屋を想像しているが、そんなものが格式高そうな蕎麦屋と老舗の和菓子屋に挟まれていたら、明らかに悪目立ちする。最悪の場合、太秦さんとソラの職業について、周辺住民に知れ渡ってしまうだろう。そのような事態は、彼らにとっては是が非でも避けたい筈だ。
事務所の外観をあれこれ想像して、自転車を走らせるうちに、「蕎麦処 菊花」と書かれた看板が見えてきた。町屋のような、こじんまりとした和風建築だ。
二階部分の壁に取り付けられた看板の前で自転車のブレーキをかけると、「菊花」の二つ隣の建物の前には、「白鷺屋」と書いたのぼり旗が立っているのが見えた。
ということは、この二つの建物の間にある建物が太秦さんの事務所なのだろう。
しかし、俺は住所を間違えているのではないかと自らを疑った。




