おまけ:鬼か悪魔か(牛ではないです)
ラブコメ成分補強用バカ話です。
読むかどうかはご随意に。
「ところで、あの天角、地眼……ってどういう意味だったんだ?」
お買い上げいただいたイケメンの旦那様に、尋ねられてしまった。
今さら聞くんかい。聞き流していいのに。真面目な人だなぁ。
「えーっとそれは元々、牛を褒めるときの定型句みたいなものです」
「君は牛ではないだろう」
「牛ではないです」
どこがとは言わないが、乳牛かっ!と言いたい部分は実はあったりするが、それはボロ着で巻き巻き隠してある。別にそういうのをアピールする生き残り方はしたくはない。
「では天角というのは?」
「天角というのは角が天を向いているという意味ですね」
「角?あるのか?」
そう言って、躊躇なくこちらの頭に手を伸ばす旦那様。
ああっ、こんな頭に巻きっぱなしのボロ布触ると、汚いですよ〜。と止めるまもなく、ターバン風に巻いていた布を剥がれてしまった。
「……あるな。角」
「ありますね」
長くも大きくもないけれど、鬼とか悪魔っぽい2本の角がちまっと生えている。鏡を見ていないから色は知らない。
「魔導王国の王族や高位貴族の証ですな」
「そうなのか?爺」
へー、そうなんだ。
なんか、何でも知っていそうなお爺さんがそう言うから間違いなさそう。
それにしても背筋がシャキーンとしていて、めっちゃカッコいいナイス爺だな、この人。
「えーっと、気味悪いですか?」
「いや、そんなことはないぞ」
旦那様は慌てて、何も問題ないとうなずいた。
良かった。実は結構心配だったんだよね。勇者に魔族呼ばわりされてる身だし。ここで「やっぱり鬼、悪魔、はたまた怪異の類であったか!」とか言われて誅されたら悲しい。
なんて少々気弱になっていたら、旦那様が凄いことを言い出した。
「我が一族にも守護獣によっては角のある姿になる者もいるからな。全然気にならない!」
「守護獣って……ひょっとして旦那様も?」
「ああ。私は身体が一回り大きくなって、全身に毛が生える」
えっ?!なにそれ。獣化だと?
「ふ……フサフサになるんですか?」
「そうだな。こう、首周りから胸とか背筋にかけてがタテガミっぽくなって、尻尾も生える……恐ろしいか?」
「いいえ。最高です。超見たいです。なんなら触らせてもらいたいです。フサフサめっちゃ撫でたい」
「撫で……い、いや、だがな」
「変身するのにリスクとか制約とか禁忌とかあるんですか?」
だとしたら申し訳ないので、流石に頼めない。見たいけど。
「特にはないが、身体が大きくなるので服が破損するし、そもそもかなり本能的な衝動や感情が高ぶったときでないとできないので、私は変身は苦手なんだ」
「坊ちゃまは理性的でいらっしゃいますから」
坊ちゃま……坊ちゃまって呼ばれてんのか!この人。
思わず吹きそうになって慌ててこらえたけれど、当の"理性的な坊ちゃま"にはバレたっぽい。
赤くなってる。うう、かわいいけど申し訳ない。
「ああ、えーっと。そうなんだ。なら別にいいというかなんというか。失礼しました」
ゴニョゴニョ謝る。これはバツが悪い。お詫びにこちらのカッコ悪いところも晒しておこう。
「その……実は私にも尻尾があるんですけど、なんか先っちょだけちょっぴり毛束になってるだけなので、フサフサに憧れが……」
そう言って、巻き巻きしているボロ布の奥から、隠していた自分の尻尾を取り出す。
細長くて、黒い鞭みたいな尻尾で、先っちょだけ筆みたいになっている筆尻尾だ。あんまし可愛くない。先がスペードマークの悪魔尻尾よりはマシだけど。
あーあ、しかも汗で湿気って、しんにゃりしてる。最悪だ。
ちょっといじけて、尻尾の房の付け根を両手で摘んで、クタッとした先っちょをフルフル振っていたら、不意に目の前で金色の光が弾けた。
「は?」
床に転がったボタンから視線を上げて見上げると、そこにはプラチナブロンドのゴージャスなモフモフ様が!
「坊ちゃま」
「す……すまん」
両手で顔を覆って背を丸めているマッチョな獣人様って、なにこれ?ギャップ萌え狙ってんのか?ふざけんな。萌えたよ!
それにしても、さすが皇族のスーパー形態。金色の淡い光が後光のように立ち上っていて神々しい。
キレイ!カッコいい!超絶、凄い!!触りてーぇ!!
「服の残骸、苦しそうですね。取りますね!」
「ちょ…待……!」
「爺やさん、旦那様の着替えを用意していただけませんか。お召し替えいただかないと」
「……そうですな」
「待て、爺!この状況で置いていくな!」
「坊ちゃま。くれぐれも理性を失わないようにお願いいたします」
「わかっている!」
「わ~、シャツもビリビリですね~、もったいない。取っちゃいますね〜」
「どさくさ紛れに胸元に手を入れるな!」
おお~っ。中は白い和毛でふわふわだ。ミンクもチンチラもなんぼのもんじゃいという感じの天国のような手触り。やっべぇ。
「う……こ、こら……」
「ひょっとして、このあたり撫でられるの気持ちいいんですか?」
「ぐ……やめ……」
「恥ずかしがったり遠慮しなくていいんですよ。ほら、自分って正規な契約は無効になったとはいえ、一度は旦那様に買われた身ですからね。気持ちいいならいくらでもご奉仕しますよ〜」
「………………」
よっしゃ。これは押せばいける。いつでもモフモフ権をここで獲得してしまおう。
「旦那様、気持ちいい?」
「ぐ……ぐるるぁあっ!!」
「坊ちゃま!お気を確かに」
あ、爺やさん。お帰りなさい。
今凄い打撃音しましたけど、どこ殴りました?
あ、蹴りですか。
大丈夫ですか?旦那様、うずくまっちゃいましたよ。
「姫様も、お戯れは程々に」
「はい……」
この人に逆らうのは止めよう。
無事に理性を取り戻し?人間形態に縮んだ旦那様は、それでもいい身体だった。着痩せするタイプなのね。うむ。眼福。
さっきドサクサでシャツまで剥ぎ取った自分、グッジョブ。
美女と野獣のヒーローは野獣形態一択で、ラストで王子様形態になるとがっかりするんだけれど、うちの旦那様はどっちもいい感じだ。素晴らしい。
でも、なんか落ち込んでるみたいだな。可哀想に。ちゃんと謝ってから、しっかり慰めてあげよう。
「すみません。急なことでちょっと取り乱しまして、失礼をばいたしました」
「いや、こちらこそ……」
「こんな汚い手のままであちこち触ってしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、問題はそこでは」
「今度からはちゃんとお風呂に入って全身ピカピカでいい匂いの状態になってからお世話させていただきますね!」
「ピカピカ…いい匂……んぐっ」
「坊ちゃま。お気を確かに」
「大丈夫……大丈夫だ。俺は冷静だ」
おお。己の内なる獣に苦悩する男の色気よ。良きかな良きかな。一人称が俺になっちゃっているあたりに動揺が見える。
ほら、爺やに叱られた。
がんばれ。坊ちゃま!
結局、その時は、“毛づくろい”はしなくていいと旦那様はおっしゃったんだけど、その晩、ちゃんと全身洗って清潔にして、服も着替えてから、部屋に会いに行ったら、瞬間でモフモフ形態に変わってくれた。
やっぱり爺やの手前、恥ずかしがっていただけだったんだな。この照れ屋さんめ。
というわけで、「毛づくろいをしてもらうのは気持ちがいいです」と素直に認めて「これからも毎日お願いします」と言うまで、徹底的に攻めてみた。
うんうん。
皇子様なんていうストレス多めな生まれなんだから、息抜きを覚えるのも大事だよ。
ぐったりと脱力して、大人しくされるがままになっている金色の大きなフサフサが可愛くて、思わずぎゅーっと抱きしめてイイコイイコしてしまった。
……なんか魂が抜けたような声がしてた。
リラックスできたようで何より。
ほくほく。いいことしたなぁ。
これからも旦那様のために頑張ろう!
ちなみに旦那様こと皇子様は、獣化している間は、爪が鋭くなっているので、触ると傷つけちゃいそうだから、相手を止めようにも止められないし、力も強くなりすぎているので、抱きしめ返すことすら怖い。
"人"の手で姫君に触れるには、理性で己を制しきらないといけないのだが、触りたいときって理性とか言ってられないときでは?
「え?俺にどうしろと?」
「欲ではなく心からの大いなる愛が必要ということですぞ、坊ちゃま」
「……爺。お前も帝国の男だろう」
「守護獣の力を完全に制御できるだけの力量を身につけることです。代々の皇帝陛下は皆、できておいでです」
「うーん。奴ら後宮繁盛させてるしな」
「坊ちゃまは、他のご兄弟の皆様方と比べて守護獣の力が一際強うございますから大変でございますな」
「ううう……」
「そろそろ逃げるのをやめて、お生まれに向き合ってくださいませ」
んで、そんなこんなで日夜血を吐く思いで頑張っていたら、チート勇者に圧勝できる力が身についたという……どっとはらい。
ここまでお付き合いありがとうございました。
こんな話をお出しして心苦しいですが、ちまっと笑っていただけたら、感想、評価☆、いいねなどいただけますと大変励みになります。
よろしくお願いします。