23.そして、王子さまは……【終話】
大聖堂の控室で化粧直しを終えたローズは人払いをした。
新たに護衛となる『ファティマ・コランダム』を残して。
「ちょっとファティマ! どういうこと? コランダム卿って、なに? いつエルナンと結婚したの? なんで教えてくれなかったの? わたし、あなたから連絡がくるのを待ってたのに! それに騎士? わたしの専属? いつの間に?」
扉が閉じられた途端、畳みかけるように質問したローズにファティマは肩を竦める。
「あー。そうなる、よねぇ。でもね、ローズ。結婚とか進路変更とか、黙ってたのは悪かったけどね」
ファティマは顔を近づけると声を潜めて言った。
「あんたも転生者だって、なんで私に黙ってたの?」
「え?」
ローズの心臓がどきりと跳ねた。
「最後に別れるとき! あんた言ってたじゃない。『ばいばいファティマ』って。そんな別れのことば、この国に生まれてから初めて聞いたから、びっくりしちゃったじゃないのよぉ!」
あの時は、今生の別れだと思ったから、つい、言ってしまったのだ。
「あぁ。そういえば、言ったわねぇ。……気がついちゃったのねぇ」
「気がつくわよっ! 言ったでしょ? 私、そんなに馬鹿じゃないのよ、察したわよ。あんたが私の言ったことをすんなり受け止めたのは、自分も転生者だったからだって。しかもあの発音! 絶対、日本人ね!」
「うん。日本人、よ。さすがね、『馬鹿じゃないファティマ』」
「今のは馬鹿にしたでしょ!」
「ううん、そんなことないわよぉ。それで? なんで結婚のこと、黙ってたの? ファティマなら結婚式にわたしを呼んでくれるんじゃないかなぁって期待してたのにぃ」
「ローズが黙ってたから、意趣返しってやつよ! びっくりさせてやろうと思って。それに日本みたいな結婚式はしてないんだ。ふたりで署名して役所に届けただけ。びっくりした?」
ドヤ顔というのだろうか。
ファティマはしてやったりといった表情でローズの顔を覗き込んだ。
「したわよ。――騎士になったのは?」
「言ったでしょ? 小公女は白馬に乗った王子さまがお迎えにきて幸せになるって。そのためには彼女を守る人間が必要でしょ? 私がヒロインを、ローズを守らなきゃって思って進路変更したのよ!」
「え?」
寝耳に水な告白を聞き、目を白黒させるローズ。
そんな彼女をまえにファティマも表情を変えた。慈しみ深い聖母のようなそれに。
「ローズ。たったひとり、前世の記憶があって……そのうえでいろんなことを成し遂げたあなたは凄く立派だったと思う。でも、前世の話が出来る友だちがいてもいいでしょ? 息抜き、必要でしょ? それには私がぴったりでしょ?
一緒に寝たときのローズ、すっごく痩せてて、手が冷たくて……あぁ、こんな細い身体で頑張ってたんだなぁって思ったら、私が絶対この子を守るんだって、あのときこっそり誓っちゃったんだよね」
そんな重要な誓いをこっそりしていたなんて、ローズは気がつかなかった。
(意外……『お母さん』はファティマの方だったのかな)
「だからって、なんで騎士になんて」
「王太子殿下がローズにずっと惚れてたのなんか、お見通しだからね! いずれローズを連れ帰るって思ってたわ。そうしたらあなたの近辺にいるためには侍女か護衛かの二択になるでしょ? 侍女より護衛のほうが性に合ってたんだよね」
そういえば。
ファティマは落ちた鳥のヒナを戻すために木登りするほどには運動神経がいい。というか、考えるより先に身体が動くタイプなのを思い出した。
ローズはファティマの手を取った。なんの苦労も知らないような手だったのに、今は爪も短く、掌に剣を握ってできるタコがある。
「こんな苦労、しなくてもいいのに……」
「腕に力こぶもできるようになったし、腹筋も割れてきたよ? 見る?」
「見ませんっ」
たしかに澄ました顔で貴族令嬢をしているより、今の方がらしいかもしれない。
「エルナンさまは? ファティマの選択について苦情を言われたりしない?」
「エルナンは、俺はいずれラファエル殿下の専属になる! っていってるから、私たち夫婦で未来の国王夫妻をお守りしよう! って盛りあがってるよ」
屈託なく笑うファティマにローズはホッとした。
(納得するしかないわね。それがファティマの『選択』なんだもの)
「ファティマ」
ローズはそっとファティマを抱きしめた。
「大変な進路変更をさせてしまってごめんなさい。でも嬉しい。心強いし……ありがとう」
「えへへ。いいよ。……ローズ、すっごく綺麗になったね。『恋愛パート』、楽しい?」
あの国境検問所で言ったことばだとすぐに解った。
「うん。ずっと、ファティマのことばを信じて頑張ったの。恋愛なんて、前世でもしたことなかったから、ハラハラしどおし。わたしは一回やれば充分なんだって思い知ったわ」
困ったとき、判断に迷ったとき。
いつも心の中でファティマに話しかけていた。記憶の中のファティマはいつも笑ってローズを導いてくれた。
今も。
「そうだね。今から二度三度、なんて言ったら王太子殿下に殺されちゃうよ」
……明るい笑顔で物騒な言いまわしをするが、ローズの前世に恋人がいたらそいつを始末したいと言っていた腹黒王子を、ファティマはよく理解しているらしい。
少女漫画とはだいぶ違う展開になってしまった。
ヒロインだったはずの少女は、悪役令嬢だったはずの少女を守るために、騎士になる道を自ら選んだ。
悪役令嬢だったはずの少女はその任を解かれ、艱難辛苦を味わうヒロインポジションにジョブチェンジしていた。
だが、それでいいのだろう。
だってもうここは少女漫画が終わったあと。物語の向こう側である。自分たちの未来は自分たちの意思で、力で、切り開いていくのだから。
そして、争いごとを嫌い、優柔不断で、悪役令嬢を断罪するのに時間をかけるはずだった王子さまは……
「ローズ。なにをしているのかな?」
いつのまにか控室の扉が開き、そこに新郎であるラファエル王太子殿下が立っていた。
営業モードの笑顔で。
王子に指摘され、ローズは己の状況を意識する。
……護衛騎士と抱き合っている。
これ、相手がファティマでなければ浮気現場発覚! の場面ではなかろうか。
(あらぁ……ちょっとマズイかしら? でも疚しいことはなにもないし)
「ちょっと肌寒いので、騎士さまに温めて貰ってました」
「ぷっ」
途端に、ファティマが噴きだした。
(笑うな)
(だって!)
「ずいぶん……なかよしさん、なんだね」
ふたりでコソコソと話せば、ラファエルの纏う雰囲気が剣呑なものになった。営業モードの笑顔のまま。
「えぇ。だってわたしたち、ひとつのベッドで寝た仲ですし」
「ローズ‼ それ、殿下相手に言っちゃアカンやつ! ってゆーか、いい加減、私を離してっ」
ファティマの目には王太子殿下が怒っているようにしか見えない。笑顔だけど。いや、笑顔で怒っているからこそ、なお怖い。
「なぜ。ひとつのベッドで。寝たのかな?」
「寒かったからです。雪山で凍えそうになったら仲間同士抱き合って保温するのは常識ですよ?」
ファティマは肝を冷やしながら考えた。
やっぱりローズは凄い。この怖い王太子にぽんぽん言い返すなんて、と。
実際、修道院にいた頃のローズは、雪山にいるような心境だったのだろうけど。
「あそこは雪山じゃないだろ……ローズ。こちらに来なさい」
そう言ってラファエルは両腕を広げた。
ローズはファティマを離すと、静々と歩きラファエルの懐に躊躇なく収まった。
「今回は見逃すけど、たとえ相手が女性でも駄目だよ? 温まりたいなら僕の傍に来なさい。いいね?」
「ふふ。了解です」
……王子さまは有言実行。即断即決の有能王太子(ちょっと腹黒)になって、探し求めた妻を溺愛する予定である。
【おしまい】
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