指針
災害。地震程度ならば、この結界で覆われた島の中であっても頻繁にとまではいかないが起こりうるものである。精霊語を操り、精霊たちと会話出来る者の中には意図的にそれらを引き起こす事が出来る者まで存在する。
だから、災害が起きたとしてもこの島の人間たちはそこまで動揺したりはしない。しかし、その日に起きたそれはこれまでのそれらを凌駕して余りあるものであった。幸いにもフリードでは突風と地震のみの影響で済んだのだが、災害の原因元と噂されているテラウスとダルムの国境線上に存在する古代の名もなき遺跡付近では火が際限なく燃え広がり、雷がまるで滝のように降り注いだという。
当然その近くにいた者たちは成す術もなく消え去った。そして遺跡付近にあるテラウスの第二都市ミーガンもまた酷い打撃を受けた。この災害による被害が甚大だったためテラウスとダルムは長年続けていた戦争を休戦し国力の回復と原因の究明に全力を注がねばならなかった。
そして当然フリードもミーガン復興のための人員を派遣し、物資を調達した。そしてそれらをまとめ上げ、管理する立場として立候補したのは王弟であるミランだった。彼はこの役目を決める際に積極的に志願し、王族がミーガンに行くことによって復興の士気を高めると周りを説得したのだ。そしてその役目に王族であるとしてマリンも巻き込んだのであった。
「ん?ふああぁぁぁ!」
ディルは目覚めの景色がいつもと違う事に一瞬だけ疑問を感じたが、すぐにいつもの癖で体を伸ばす。そして辺りを見回すと本格的にディルの知らない場所であったので驚く。
「ここ、どこだよ」
と言っていて自分が意識を失う前の出来事を思い出す。
「あれ?そういやあの後どうなったんだ?」
ディルは飛び起きて部屋の扉から外に出る。すると廊下が続いていたので外への道を探そうと進んでいるとディル以外にも怪我をした人々と出くわした。その内の1人にこの場所は何処かと尋ねるとジセート神殿の神官たちが運営する治療施設であるとの答えが返って来た。そこでようやくディルは自身の身体に怪我らしい怪我が残っていない事に気が付く。
(これが神語魔法の力なのか……すげえな……)
長い廊下を抜けると、神殿内の大広間が見えてきた。恐らく神殿の玄関的な場所であろうその場所には多くの人がいた。ディルが見た限りでは神官っぽくはないし怪我を負っている者が多かったため、ディルと同じように怪我を負った人々だろうと思い当たる。そこへ向かおうとすると神官の1人が部屋を抜け出しているディルを見つけて1日安静にしなさいと最初の部屋に引き戻した。
「お迎えに上がりました、お坊ちゃん」
一日が経つと家に連絡が行っていたみたいでディルは神殿を後にする。迎えの使用人の話ではディルは3日ほど神殿にいたという、つまりディルは2日も気絶していたのだ。迎えの馬車の中からずっと気になっていた街の様子を確認するとやはり酷い有様だった。建物は民家などがほぼ倒壊しており、活気づいていた市場などは見る影もない、それなのに貴族たちの屋敷が並ぶ区域では壊れていない建物の方が多かった。
この被害の差は建物自体の耐震性の差によるものであるだろうが、ディルが気になったのはそんな事ではなかった。ほとんどの建物が倒壊している貴族区域以外の場所では沢山の住民や兵士たちが復興作業にあたっている。実際に馬車が通る道が出来ていたのは皆の努力の成果だろう。しかし、貴族区域はいつもと変わらない、一部の建物を除く被害に遭っていない建物の住人達は何食わぬ顔で街を歩いてる。
「なあ、ここら辺の建物は被害が出てねえみたいだが……、住む家を無くした人々を受け入れていたりするのか?」
馬車を引いている使用人に向けてディルは問う。街の壊滅状況からとても規模が大きい地震だと予想出来たので、国が一丸となって復興にあたっていると信じたかったのだ。
「言葉遣いがなっておりませんよ。それはさておき下町の平民達を貴族区に受け入れたかという質問ですが、そのような事はあり得ないかと」
その答えはディルにとっては予想出来たものであったがそれでも失望してしまう。それにその後に続いた言葉はディルを更に落ち込ませるものであった。
「そういった役目はジセート神殿の管轄ですよ。もっとも今回の地震では負傷者も多く、神殿の神官達は怪我人を治す事すら手が回っていないように思えます。お坊ちゃんを優先的に見てもらえるよう旦那様が多額の金貨を寄進したおかげで、今回お坊ちゃんは大事には至らなかったのです」
「…………」
ディルは何も言えなくなる。両親はディルの為に神殿にお金を払って治療を優先的に受けれるようにしてくれたのだ。本来ならそれは感謝すべきことなのかもしれない。しかし大広間で治療を待っていた多くの人を割り込んだかもしれない事を考えると気が重くなるのだった。
「……ただいま、戻りました」
「よく帰って来た!!」
ディルが家に帰ると上機嫌な父ウィリアムが出迎えた。口調や態度の他に父自ら出迎えることなんてほとんどないのでよっぽどの良い事でもあったのだろう。ウィリアムは使用人を引き連れ、ディルをリビングへと招き入れる。そこにはリギンとシーラが既に席に座っていて、使用人に促されてディルも自身の席に座る。
「早速だがディルよ。お前が地震の中でマリン姫をお救いしたという功績がミラン殿に労われた。我ら一家に恩賞を頂いた。これはとても名誉な事だ、しかしこれで満足してはいけない。そこで、私はディルを来月より魔法ギルドへ加入させる事にした」
ウィリアム自身も席に着くとディルへと言うより、家族一同に向けて発言する。
「ですが父上、魔法ギルドへは8つにならなければ原則として入れないはずでは……?」
ディルが父の言葉に絶句しているとリギンが即座に疑問をぶつける。言葉の節々に納得いかないというニュアンスが含まれているのをディルは感じ取った。
「その通り……。だがミラン殿がギルドへ掛け合って下さり、特別に加入する権利を与えて下さったのだ。だから、ディルよ魔法ギルドに一歩早く加入し、我がアリオス家の名に恥じぬ立派な魔法使いになりなさい。同世代の他家の子どもたちよりも優秀な」
ディルは父の言葉を俯いて聞いていた。絶望的な気分であった。
「俺の……意思は……?」
ディルはかすれた声で尋ねる。
「優秀な魔法使いとなれば宮廷付きの魔法使いになれてディル自身の未来も安泰だ。不満に思う事など何一つないだろう?」
ウィリアムの言葉は有無を言わせないものであった。ディルは今ここにいない兄であるジードを追いかけたかった。誰かの為になる人生を送るという志を持って去っていった兄に憧れ、その兄を探して共にその人生を歩みたかった。だが魔法ギルドへ入るという事は兄を探す事を難しく、いやほとんど不可能になる事を示した。何故ならば、魔法ギルドに一度入ってしまえば、逃げ出す事は許されず、更に卒業するには最低でも準導師クラスの実力が必要と言われている。そのクラスの実力になるまでに何十年とかかる人もいるくらいなのだ。
ディルは父の言葉に何も返せなくなってしまう。
(情けねえ……。俺は自分の思いをこいつに言う事すら出来ねえのか?)
しかし納得いかない様子のリギンが珍しくウィリアムに意見する。
「ですがお父様、ディルは礼儀作法やマナーの勉強でもまだまだ半人前です。魔法ギルドに行かせるにはまだ早くないでしょうか?」
ディルはリギンの内心に気づいていた。兄であるリギンより先にディルが魔法ギルドへ入るのが気に入らないのだろう。しかし反対意見は誰のものであれディルにとってはありがたかった。そしてそれを自分の口から言えない自分が情けなかった。
「まあ、確かにディルはまだまだ幼い。不出来な場所もあるだろう。だが大丈夫だぞディルよ。マナーはこれから身につければいい。これからは講師の方をお呼びする日数を増やそう」
「…………」
「しかしお父様、それではディルが余りにも不憫では?」
リギンがなおも食い下がる。
(こんなんじゃ駄目だ!!)
バァン!!
机を叩く鈍い音がその場に静寂をもたらした。ディルが起こした音であった。ディルは机を叩くと同時に立ち上がっていた。
「……魔法ギルドへ加入出来るという話が来てる事はわかりました。少し考えさせてくれ……」
ディルは自分でも驚くくらい冷静にそう伝えると、足早にリビングを後にする。
「あ、おい。待ちなさい!!ディル!!」
ウィリアムが呼び止めようとしたがディルは無視して部屋を出て行った。
リビングを出たディルは速足のまま逃げるように自分の部屋へ飛び込んだ。結局父親に強く反論出来なかった自身を情けないと思いながら……。
部屋に入ると机の上に見知らぬ手紙が置かれている。正直魔法ギルドの件で頭を抱えたいような気分ではあったが気づいたのに読まないのは失礼かもしれないと思い手に取った。封を切り、差出人の名前を見てみるとビクスと書かれてあった。
(ビクス……、ビクス……、誰だっけな……?)
暫く考えこんだディルはマリンのお付きの老騎士がそういう名だったことを思い出した。
(そういえばあのお姫様は大丈夫だったんかね。何かやばそうな兄に絡まれてたが……)
ディルは地震が起こる直前のミランとマリンの様子を思い出す。ミランは異常なほどマリンに執着しているように見えた。思えば初めて会った時もミランはマリンの自由を奪おうとしていた。その様子が今の自分自身と重なって改めてディルはマリンに同情するのだった。
手紙の内容は簡潔であった。日時と時間がそれぞれバラバラに書かれており、時間がある時でいいから指定された場所でマリン姫と待っていると書かれてある。今日は5時に西門。明日は2時に貴族区の裏街道。明後日は4時にマリンと行った花畑。現在の時刻は2時過ぎたくらいで西門に向かえばこの待ち合わせ時間には丁度いいくらいの時間だ。家に居づらいと思っていたディルにとっては出かける口実が出来て幸いと支度をして家を出た。
地震が起こった後の町並みを観察しながらディルは歩く。馬車の中から見る景色よりも、歩きながら見る景色の方が細かい部分も見ることが出来る。貴族区を越えてからの景色は信じられないくらいの地獄絵図のようにディルには見えた。民家は一部を除いて全壊し、多くの人々の住む場所が失われているのだ。道には花がお供えされているのも多く見受けられ、住む場所どころか命を失ってしまった人も多くいる事が実感出来た。しかし、バラバラになった家の残骸を大人たちが運び出している姿や、至る所に建てられた簡素な仮住まいには子ども、老人、女性たちが集まってスープを作っていた。ディルにとっては地獄絵図でも彼らにとっては現実でディルが今悩んでいる事を彼らに言ったらどんな顔をされるだろうと考えたら馬鹿馬鹿しくなる。
悩みを振り払うようにディルは走った。思えばこの前偉そうに説教垂れた姫に会いに行くのに情けない顔していたくないというプライドもあった。しかし普段からあまり運動をしていないディルはすぐに息が切れてしまう。
「はぁっ、はぁっ。なんて情けねえんだ!!俺がどうなるかは俺が決めなきゃあ。兄貴にも笑われちまう!!くそ!!」
半ば自暴自棄になりながら走っていくと約束の時間よりだいぶ前に西門についてしまう。流石に早すぎたかとディルが後悔しそうになったが西門にはマリンとビクスの姿が既にあった。
「ディル!!早かったじゃない!!」
マリンはディルの姿を確認すると笑顔で近づいて来る。
「はぁっ、はぁっ。お姫様こそっ……。早いじゃねえか……」
「って、何で息切れてるのよ!!」
「走って、来たからに、決まってんだろ」
肩で息をしながらディルは答える。悩んでいる事はバレないかもしれないがある意味情けない姿かもしれないと思ったが時すでに遅し、であった。
「はっはっは、若者は元気が一番ですなあ」
その様子を微笑ましそうに見ていたビクスが近づきながら笑う。ディルは道の脇にある石畳の段差に座り込み息を整えた。
「それで、今日は何で呼び出されたんだ?」
ディルは今日呼び出された理由を知らない。何も考えずに家から飛び出してここに来てしまったが軽率だったかもしれないと今更ながら思った。
「それはですな……」
「ちょっと待って」
ディルの問にビクスが答えようとしたが、マリンが手を肩まで上げて制する。
「自分で、言うわ……」
「何か、あったのか?」
ディルはマリンが神妙な顔で言うので何か重大な事でも起きたのかと身構える。少しの間マリンはいくつか表情を変え、何度も深呼吸してから言った。
「貴方に与えた!私をこの都を案内する任を解きます!!」
そう言った時のマリンの表情は苦しそうに見えた。
「…………。…………え?それだけ?」
しかし内容がとてもヤバいものではないかと想像していたディルは拍子抜けしてしまう。その様子にマリンはショックを受けたようだ。ディルの反応に薄っすら涙まで浮かべている。
「ええ?結構覚悟して言ったのに……」
「いやまあ確かに国中が壊滅状態な今案内しろって言われて案内出来る場所なんてなさそうだから、案内役なんていらないのはわかるが……。っていやもっと重大な事でも言われるかと思ったんだよ!!」
ディルは何故マリンが涙しているのかが分からないが慌ててフォローを入れた。
「姫様、いきなり言われてもディル殿に理解出来ないのは当然かと……ディル殿は最近まで神殿で療養されていたのですから」
ビクスがショックを受けているマリンを宥める。その甲斐もありマリンは少し落ち着いたようだ。
「そ、そうね。ディルには王城内での事なんてわからないでしょうし……そうよね!!」
「ん?王城内で何かあったのか?そもそも何で外で待ち合わせする必要なんてあったんだ?」
ディルの問にビクスとマリンは顔を見合わせる。何かマズい事でも聞いたのだろうかとディルは不安に思ったが、二人の表情は苦々しいものであった。
「王城に貴方を呼びつける訳にはいかないのです。ミラン様が目を光らせておりますので……」
ビクスが重々しく口を開く。
「ミラン……王弟様だっけ?その人に見つかったら駄目な事でもあるのか?」
「はい、ディル殿は地震に遭われたときのミラン様の様子を覚えておいでですかな?」
ディルはあの時の様子を思い出す。あの時のミランはディルに今にも斬りかかろうとしていたように見えた。
「滅茶苦茶怒ってたなそういや……。そんなに王族が他の奴と接するのが嫌なのかよっ」
ディルは吐き捨てる。ミランの前では悟られないようにしていたが、ディルは彼の態度が気に喰わないのであった。
「王族、というよりはマリン様が、でしょうな」
ビクスのその言葉にマリンは顔を暗くする、それを語るビクス自身の顔にも苦い表情が浮かんでいる。
「お前、何か恨まれるような事でもしたのか?」
ディルの問にマリンは無言で首を振る。ビクスが続ける。
「ミラン様はマリン様に、その、少々どころではない間違った愛情を持っておられるのです。マリン様はまだ8つだというのに……」
「兄妹なのに好きッてことか?というかマリン年上だったのか……」
「驚くところそこなの?私はこれでも武芸も、勉学もキッチリ学んでいるのよ?剣の腕もだけど、きっと頭も貴方よりいいわよ?」
「何を……」
「おほんっ」
ディルの一言に、マリンは心外そうな顔をして言い返す。ディルがその言葉に更に言い返そうと口を開いたが、話が逸れだした事をビクスが咳払いして伝える。
「それで、案内役の任を解く以外に他に何か伝えたいことでもあるのかよ?」
ディルは言い返したい気持ちを抑えてマリンに再び同じ質問を繰り返す。要件を伝えてなお、マリンからは何かを伝えたそうにしているように感じた。
「……その、」
マリンは言い淀む。何か、伝えにくい事なのだろうかとディルはいぶかしむ。
「そのお前の兄貴について、困った事でもあるのか?」
だから話の流れを汲み取って彼女の兄であるミランが関与しているのではないかと予想する。そして話を続けさせ易いように先を促す。
ビクスはマリンの肩に手をやさしく置き彼女を励ます。マリンはそれによって励まされ、先を続ける。
「ええ、私、そのお兄様と共に壊滅状態に陥ってしまったミーガンを復興させるために、そこへ行くの……」
その口ぶりから、マリン自身それを望んでいるという事ではないという事が理解出来た。ミランと共にという事はミランが仕組んだ事であるとも想像出来た。
「それで、その……」
そこから先を言い淀む。ディルは今度は口を挟まなかった。マリンは何度も何度も深呼吸をする。そしてようやく覚悟が決まり口を開いた。
「ディル、貴方も私と、一緒に来ない、かしら?」
極限まで顔を赤らめながら言うマリンにディルは少し狼狽えた。それは案内役をしていた時の世間知らずなマリンの行動に狼狽えたときとは明らかに違う狼狽え方であった。
「俺が、いいのか?」
そのせいもあって普段なら絶対にしないであろう質問を返してしまう。その言葉にマリンは先ほどよりも上があったのかと驚くほど更に顔を赤らめ俯く。ディルは自分の発言をすぐに撤回する。
「すまねぇすまねぇ!間違えた。俺が行って何が出来るのかって聞きたかったんだ」
その質問に恥ずかしさで限界を迎えてしまったマリンではなくビクスが代わって答える。
「マリン様は災害によりダメージを受けたミーガンの都市の民達を復興を助けるために、民達を励ますために物資と共にミーガンへ向かわれるのです。ミラン様は王族として現場の指揮をするため、ということになっておりますな」
「こう言っちゃ悪いが、お飾りって事なのか?」
ビクスは少し視線を落としながらも頷いてしまう。
「……民達から王家の信頼を得るためのものとも言えますし、王家の者を向かわせる事で復興の士気を上げるためでもあります」
その言葉にディルは大きな違和感を持つのだった。
「その提案をしたのはミラン、さん、何だろう?あの人が、民達の事を考えて行動するとは思えねえな……」
ディルの言葉は王族に対して無礼な言葉ではあったが、ビクスも同感であったらしく頷いた。
「民達の信頼云々は恐らく建前でしょうな。本来の目的はマリン様と貴方を引き裂く事でしょう……。恐らくですが貴方の下にも何らかの工作がなされているはずです」
ビクスのその言葉でディルは家での件を思い出していた。
「魔法ギルドへの特例の加入が認められて、まるでもう加入が決定したとばかりに親共が騒いでいたが、それを許したのもミランの差し金だったっけな……」
「ええ!?もう魔法ギルドの加入が決まってしまったの!?あのギルドって確か厳格な掟があって入ったら抜けられない人もいるんじゃ……」
ディルの話を聞いてマリンが割り込む。ディルが加入したのではないかと誤解しているようだった。
「そうでしたか、ミラン様はこういう時だけはお手が早い……」
ビクスの顔も少しだけ悔しそうだ。
「まあ、まだ返事は保留にしてるけどなぁ」
そのディルの言葉にマリンは顔を輝かせる。
「それじゃあ!!一緒に行けるって事よね!!」
そして嬉しそうに同意を求めるが、ディルは答えなかった。その様子を見てマリンの表情は少し崩れる。
「一緒に来られるんじゃ、ないの?」
「俺が行って!!一体何ができる?」
「ディル殿……?」
ディルの口調は少し強めのモノとなっていた。その様子にマリンだけでなくビクスも驚いていた。
「マリン、聞かせてくれ。何故俺を誘ったんだ?」
ディルは先ほどよりも何よりも真剣な顔で問う。マリンはその質問に恥ずかしそうに黙り込んでしまう。
「やっぱり、理由はねえんだな?」
「そんな事っ!!」
ディルが断言するとマリンは否定する。
「お前が故郷を離れる事になって寂しいから俺にもついてこいって言うつもりなら俺の答えは“行かない”だ」
マリンはその答えに絶望と悲しみがぐちゃぐちゃに混ざったような顔になる。
「何で……なのよ……。私……は……」
「ディル殿、マリン様の気持ちをもう少し考えてはくれませんか……」
ビクスが間に入り、責めるようにディルを見る。
「ごめんな、マリン。別にお前をいじめるつもりで言った訳じゃねえんだぜ?だがな、俺はお前とミーガンに付いて行っても何も出来ないんだよ」
ディルは泣いてしまったマリンを見て口調を柔らかくする。マリンは納得できず反論する。
「何も出来ない訳ないじゃない!!貴方の方が外の事に詳しいし、地震の時も、私を、救ってくれたじゃない!!」
「そんな事で泣くんじゃねえぜ……。お姫様……。俺はあの地震の日お前に怒ったよな、覚えているか?」
ディルはあの日の話題を振り、マリンに悲しみから離れさせ、理由の説明を始める。
「ぐすっ、お、覚えているわよ。私、もう生まれだけで他人を見下すの止めたのよ」
「そうだなそう言ったな、生まれで他人を見下すな、と。あれ、実は俺の兄貴の受け売りなんだよ」
「貴方のお兄さん?あの、即位式にいた?」
「違う違う、あっちじゃない。もう、家出しちまって、俺にも何処にいるのかわからねえけど、もう一人、俺には兄貴が居るのさ。その兄貴の受け売りなんだ」
「それが、どうしたって言うの?私は貴方のお兄さんの言葉であっても、貴方の言葉だから聞いたのよ!!まさか、心にもなかったとでも言うの?」
ディルが何を言いたいのかが分からずマリンは詰問するかのように問う。
「そんな事言わねえさ。兄貴は俺の憧れだ。言葉は兄貴の受け売りでも俺の本心である事には変わらねぇ」
マリンは首を捻る。ディルが何を言おうとしているのかが全く分からなかったから。ビクスもディルの言葉の続きを静かに待つのみだった。
「そんな兄貴が家を出るときに言ってたのさ。『誰かを救える人になりたい』って。そんな兄貴に憧れちまったもんだからなあ、俺もそう思ったのさ、誰かを救える人になりたいって」
「ご立派な、事です」
ディルが言葉を切るとビクスが感想を言う。マリンはまだディルが最終的に何を言いたいのかを理解出来ていないようであった。
「貴方は、私を救ってくれたじゃない……。貴方は十分に誰かを救える…」
「いや、」
マリンの言葉を遮ってディルは話しを続けた。
「今回の事でハッキリした、いや自覚した。俺は口だけなんだって事が……」
「そんな事……」
マリンが否定を重ねようとするがディルが手を挙げて制した。
「兄貴は人助けをするために剣の修行を俺くらいの歳から始めていた。俺は、兄貴みたいになりたければ、このままじゃいられないんだ。マリンを助けたのだって、ただ体当たりしただけだ」
「しただけではございません。それでマリン様の命は救われているのです。誇ってよい事だと思いますよ。本来ならばそれは私の役目であったのです……」
ビクスの言葉はディルを褒めていたが若干の後悔も見て取れた。
「だが、それに甘んじている訳にもいかねえだろ?俺にも、出来る事を増やさなきゃ……」
「それなら!!私と一緒に、災害の被害に遭われた方々を助ければいいじゃない!!剣の稽古だって私と一緒に、受けれるように……」
「それは甘えだ。マリン、お前がこれから行くというミーガンはこのフリードよりも被害が大きい。そして彼らを励ます事が出来るのはお前であって俺じゃない。俺にも復興の手伝いは出来るだろうが、それは俺よりも大人が一人いた方が速くできる」
「そんなの……」
マリンは言葉に詰まる。ディルを連れていきたい理由、それはマリンの我が儘でしかないから。ディルの気持ちを考えずにマリンが一方的に言っている事。
「俺は魔法ギルドに加入しようと思う。それがお前の兄貴の目論見だったとしても俺はそれを俺のために利用させて貰うぜ」
ディルはキッパリと言い放つ。マリンの瞳に再び涙が浮かぶ。
「そんな……。それじゃあ……」
「復興のためにミーガンに行くって言っていたな。どれくらいの期間になるんだ?」
マリンは答えに窮したためビクスが代わりに答える。
「1,2年で帰ってこられるとは、思えませんな。かなりの期間になると思います」
「つまりはそれなりに長い期間マリンは向こうで暮らす事になるわけだな」
ディルは俯くマリンに容赦なく言い放つ。その言葉にマリンはしゃくりあげて反応する。ビクスが非難するような目でディルを見るが、ディルはお構いなしだった。
「ミランって奴はいけ好かないが、お前のもう一人の兄のアラン王はとても尊敬できそうなお人だと思うぜ。お前が本当に嫌なら無理にでも行かせようとはしないだろ」
その言葉にマリンは顔を上げる。
「ディルは、私に、行かないで欲しいの……?」
「お前のためを思うなら行った方がいいと思う」
キッパリとした言葉。その言葉は再びマリンを俯かせてしまう。
「何でそう悲しそうな顔すんだ。マリンこれは考えようによっちゃあ、変われるチャンスなんだぜ?昨日俺に叱られたお前から」
ディルはマリンを諭すように笑いかける。だがマリンにはディルの言葉の意味がわからない。
「どうして?私は変わったわ!!もう、生まれで見下す事は……」
「たかが1日2日で人が変われる訳がないだろ?それに俺に言われたから止めるなんてのは本質を理解出来ていない証拠だ。……確かに、ミーガンに行っても何もやらなきゃお前は変われないかもな。お高い所から手を振って頑張ってくださいなんて言っているだけじゃあ変われないかもしれねえ。だが復興の際に人々に接し、その苦しみを理解出来たならそれは城の外を知らなかった箱入り姫じゃなくなったと十分に言えるだろうさ」
ディルは再びマリンに笑いかける。そして自分への戒めのように続ける。
「まあ、俺もあまり偉そうな事は言えねえが、ミランの野郎が俺を何十年も魔法ギルドに縛り付けたいってんならそうはさせるものか、せめて成人前くらいまでには導師になって抜けてやる。……だから、お前も、立派になって帰ってこい!」
ディルは力強く自分の思いを伝えた。その思いはマリンに届いた。涙を拭いてディルを見る。
「そう、そうね。貴方は叱られた時、私の事を嫌いなんて言いやがったものね!!その言葉を撤回させなきゃ私の気が収まらないわ!!帰って来た私にそんな事言わさせない!!それに、私が向こうに行って貴方が寂しい思いをしても私は何とも思ってやらないんだから!!」
マリンは言い終わると踵を返す。そして歩き去って行く、が途中で止まった。そして振り返らずに叫ぶ。
「私が帰って来るまでに!!ギルドに拘束されてたら許さないんだからぁぁ!!」
叫び終わるとそのまま走り出す。ビクスが慌てて後を追っていった。
―――嗚呼、懐かしい。こんな事もあったっけなぁ―――
そう考えているとディルの視界が赤く照らされる。眩しくはない、ゆったりとした灯りだからだ。目を開けるとそこは自分の寝室。ジードが横でランタン片手に腰掛けている。暫くするとディルが目覚めたのに気づいたようだ。
「よく眠れたか?悪いがお前と陽義以外は全員支度を済ませたぞ」
「支度……、ああ、そうだ」
ディルは今の自分を思い出す。夢から完全に覚める。今の自分は憧れの兄貴と共に人助けをしているんだ。
ジードはディルを気遣うように見ながら彼らしく短く言う。
「仕事だ。内容は依頼書を読んで、明日の夕方までに支度を整えてくれ」
「……」
ジードはディルが無反応なのを見ると頭をポンと叩いた。
「大丈夫か?」
ディルは叩かれた頭を掻いて起き上がるとしっかりとした口調で答えるのだった。
「大丈夫だぜ、兄貴!!」




