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03

 本部は大荒れになった。退魔師のお膝元と言っていい場所で人が襲われたのだ。各区域の筆頭が呼び出され、若年の私達は結界のある家や本部で寝泊まりするように命じられる。


 特に冴は顔が割れているので必ず外では大人の退魔師と行動するように言われていた。とても嫌そうであった。


 持ち帰った腕を調べているが、妖魔の種類を断定するにはまだ時間が掛かりそうだった。


 本部も部屋の空きがそうあるわけでもないので、二人、三人と部屋に若年者が詰め込まれる。私も冴と同じ部屋を割り当てられた。


「今日はお前に助けられたな」


「よしてよ。大体私じゃなくて、あれのお蔭でしょ。妖魔も驚いていたみたいだし」


 ベッドの下段に横になり、足の指先で犬を指す。


「誉めてやったのか?」


「え?」


「労ってやったのかと聞いている」


「何でそんな事をしなきゃいけないのさ」


 上のベッドから頭を覗かせる彼女が刺々しい顔で此方を見た。


「愛想をつかれても知らんぞ」


 最近になって周りの態度が軟化している事に疑問を生じる。役に立つからだろうか……私よりも。犬に目を向けると、今は目を閉じて静かに侍っている。これ以上緊密になるのは、犬にとっても私にとっても良い事ではないのではないか?


 呼ぼうとしたら、犬は声を掛けられる前に反応して足の方から顔の方へにじりよってくる。尾を振っていた。頭に手をやると黙って撫でられている。


「下がれ」


 命令に犬の体が靄のようになると足の方で犬の形を作る。そこを譲るつもりはないようだった。


「私はな、お前以上にその犬が哀れに思える時がある。三耶麻、何をもってそれを従えるに至ったんだ?」


 私は耳に手を当て、眠って聞こえない振りをした。


 黒い犬の群れが走っていた。黒い鹿を追いかけ、狩の最中だった。皆一様に赤い目をしている。しかし、その中で一匹だけ違うものがいる事に気付いた。


 金色の眼をした黒い犬。それがふと、獲物から目を逸らし此方を見た。見つかった。犬が私と同じ事を考えたのが分かった。犬が脚を遅らせ後方に下がる。そっと群れから離れ此方に来るのを見ていた。


 近付いてくるにつれて、犬の姿は巨大になり怖がった子供の泣き声が闇の中を裂いた。慌てたのは金色の眼の犬だった。折角の獲物が横取りされてしまう。


 体を縮め腹を見せて、コロコロと転がってご機嫌が取れないかと思いつく仕草をやってみせる。


 子供は泣き止み、じっと犬を見ていた。犬に手を伸ばす。犬の頬から首に毛並みをなぞり、クスクスと笑う声を立てて腕に縮んだ犬の体を抱いた。


 犬は困った。自分が虜囚になってしまったのを悟ったのだ。


「起きろ三耶麻」


 ぼやけた頭で三耶麻はしまったと思った。冴と同室という事はそれに付き合わされるのは当然だった。


 修練場に連れて行かれる。鉄の棒を振り、冴が構える。犬の方に目を向ける。


「今日はそれも使え」


「はっ?」


 あろうことか、彼女は犬を参加させるつもりのようだった。


「するわけないだろ」


「人を傷付けるのが恐ろしいか?」


「そんな事ない」


「なら問題ないな」


「あるだろ! 」


「何がだ」


「得体の知れない、未熟者の証拠だって……」


「本当にそう思っているのか?」


 冴が棒を振って私の腕を狙う。避けると共に抜刀して短刀を向ける。


「当たり前だろ」


「なら何故それはお前に忠実なのだ? 制御できない精霊が咬み傷一つで怒りを買った者に対して矛を納めるとでも?」


「あれは精霊のようなもので……精霊じゃない!」


 接近して足払いを掛ける。彼女は飛び上がって避けて、片足を軸に棒を回し私の背中を打とうする。横に飛び退き態勢を整える。


「じゃあ何だと言うんだ。高位の妖魔の腕を容易く折り、恐れさせる魔性のものとは何だ」


 フェイントに掛かり軽く右手を打たれる。加減が効いてあまり痛くはない。


「あの犬がお前の傍を離れなくなって何年になる?前に言ったな、退魔師の数が足りないと」


 足を狙われ、リズムが狂う。


「お前はとっくにもう、まともな退魔師としての資格を失効している。私達一族以外の、外の退魔師がお前のような者を何と呼ぶか知っているか? 魔に魅入られた者だそうだ」


 カンッと音がして短刀を弾き飛ばされる。


「上も、もうお前と犬を引き離す事を諦めている。」


「得体の知れないものでも?」


「そうだ。例えそれが害を及ぼすものでも、それ以上の成果が得られるならば許容する。紬様が仰られた。」


「冴が喋ったの?」


「……。悪い」


「お前の犬が強力な妖魔を倒せば、その度に報告はせねばならん。誤魔化すにも限度があるのだ。私達では倒せないものの討伐に、引っ張り出される訳にはいかないからな……」


 頑張ってきた事が足元から崩れて行くようだった。親友である彼女には筒抜けだったのだろう。


《バウ!》


 犬が動く気配に彼女が緊張して私達から距離を取る。黒い犬が短刀をくわえ私に走り寄っていた。それを受け取って犬の頭を撫でる。


 短刀を構え彼女に向ける。私のがら空きになった左側に犬が並ぶ。彼女に向かって短刀を前から突き刺すように動かす、犬が彼女の足を崩す為に突進する。


 前に短刀、後ろに下がれば避けられた犬が後ろから足を取る。彼女は横に動き、棒で牽制をする。犬と私の体高差を考えるとそれも上手く機能しない。犬を狙う棒の動きを、流れに沿いつつ蹴りを入れて方向を曲げる。返す暇を与えず短刀の裏の刃で彼女の首を撫でる。


「クソッ」


《バウ!》


「私はこの犬を引き離す事は諦めてないよ。退魔師に成れないならそれもそれでいい」


 でも、この黒い犬が自分から離れようとするまでは一緒に居る。


 それにしても、やっぱり、冴は甘い匂いがする。


「その目……思い出した。夜、お前がその犬と歩いていた時、金色の目をしていた。ずっと昔、そう五つの時、神隠しに遭うまで」


 喉に鼻を寄せる。


「大人はあの日からその犬の事を知った、だが、お前はそれ以前からその犬を……」


「忘れたなぁ……昔の事だから」


 冴との付き合いは生まれた時からだ、同じ年代、退魔師の家系であったのもあって何をするにしてもよく一緒くたにされていた。


 犬が興奮しているのが分かる。あれにはずっと我慢させていた。


「おいっ」


 冴が怯えた声を出す。鉄の棒が床に落ちる。軽く喉を噛む。そうすると彼女はくぐもった音を立て体を弛緩させる。


「冴が言ったよね。犬を使えって……」


 勝者には獲物を喰らう権利がある。ずっとお預けさせていた。冴の首元に歯を立てた。血が流れる。それから失敗したなと思う。犬に与えるなら手首の方が良かった。人と違い吸うには犬の口は適さないのだ。でも、昨日の不快な妖魔の臭いを消す事ができて良かった。冴の匂いしかしない。ペロリと傷口を舐めて止血する。


 流石に二度も彼女を傷付けるのは気が進まない。犬を使った勝負はこれが初めてで、勝者の権利も一つに思えたからだ。


《クーン》


 申し訳程度についた手の平の冴の血を差し出す。ペロリと舐めて犬が鳴く。そうだね。足りないね。


「次の機会でごめんね。代わりに妖魔を食べていいから」


 パンッと平手が私の頬を張った。


「次の機会はない!」


 彼女は何故か激怒していた。彼女も犬が血を好む事は知っていたはずなのに。


「私が怒っているのは犬じゃなく、お前に対してだ」


 何かを見透かしたような表情の彼女が、肩の傷を抑えながらビシリと私を指差す。


 きょとんとする私を残し、彼女は覚えていろ!と怒鳴って修練場を出ていった。覚えていろということは、血を貰う機会はまた来るだろう。黒い犬が金の眼を開いて尻尾を振っていた。




 冴と私は総括のじいさんに呼び出されていた。妖魔は逃げ回っているらしく、祓う事が出来ないらしい。思った通り寄生型で人間の体を殻に上手く隠れているようだった。


 顔を覚えている冴と私を使いたいとの話だ。二人、共に了解の返事する。


「ところで一番、その肩はどうした?」


「犬に咬まれました」


 冴がそう言うとじいさんがまたかと咎める目で此方を見たので私は慌てた。


「双方の理解あっての事です」


 じいさんの顔がいよいようろんになる。


「もうお前は黙ってろ!」


 足を踏みにじられる。私は顔を歪めた。


「まぁいい。各々お役目を果たしなさい」


 妖魔の動き出す日暮れ時に、私達は本部を出立した。子供と大人、妖魔達の交わりやすい時間帯で、夜明け前の残りかすのようなものではない、活発な妖魔が現れるかもしれない時間帯。大抵この時間を担当する者は、ある程度訓練を積んだものや大人の退魔師である。


 一番には顔馴染みの二番と五番がついていた。私には花房と白頭……。他の区域の者である。


「四番ちゃんだっけ? 若いねー、来年は成人なんだろ。それならこれから先も組むかも知れないからよろしくね」


「……犬の女か」


 花房はお喋りで、白頭の此方の認識は酷いものだった。


「よろしくお願いします……」


 声が固くなる。


「やだなー、そんな畏まらなくていいよ。四番ちゃんには期待してるんだから」


「気は張らなくていい。自分を守る事だけ考えろ」


 二人共、やる気に溢れている事だけは伝わってきた。


「ほら、シロも俺も総括してるじゃん? この街近辺から出る機会がなくてさ、久々の大物で自分の腕が鈍ってないか不安で不安でさー」


 ちっとも不安のなさそうな声で花房は言った。仮面を被っているので表情は見えないが、どう考えても腕を試す機会に出会えて喜んでいるようにしか見えない。


 確かにゴミ掃除だけでは腕が鈍っていないか不安になるのも分かる。分かるがしかし……二番と同じ類いの人間に見えた。違うのは妖魔に対する意気込み位だろう。


「今失礼な事考えなかった?」


 訂正、勘も鋭かった。


「ねぇやっぱり失礼な事考えてるでしょ?」


「行くぞ、ハナ」


「えっ、あっ、はいよ」


 とっくに一番達は先に進んでいた。全くの無駄口だった。


 犬が先頭を走る。時折止まって臭いを嗅いだ。


「へぇ、便利」


「あまり信用しないでください」


「ほう、道を間違った事でもあるのか?」


「……」


「何度だ?」


「一度……」


「一度も間違った事はありません」


「それは心強いね」


「大したものだな」


 犬が匂いを間違える事はなかった。擬装に優れた敵が出るまでそれは崩れないだろう。犬が尻尾を振る、誉められたのだと思ったのだ。


「ん、あれは人の言葉を解するのか?」


 白頭が尻尾を盛んに振る犬に注意を向ける。


「さぁ? どうでしょうね」


 それには私は曖昧な返事をするしかない。何しろ、犬は一方的に私を読んでるに過ぎないのだから。


《バウ!》


 見つけた。犬の脚が速くなる。


「健脚だね」


「ちときついな」


「運動不足じゃない?」


「そんな事はない」


《バウ!》


「ひっ」


 引きつった悲鳴が上がる。犬に追い立てられ、妖魔が屋根の上に飛び上がってきた。妖魔の特徴、能力は伝えてある。花房には残念だろうけど、これで今回は終わりだった。


 敵の前で硬直する妖魔に花房が鎖を巻きつけ、白頭が斧でその首を叩き斬った。土のある地面に接していないので、大半の妖魔の力が使えなくなっていた。本部の研究会の見解としては、地に密接した妖魔であり宙に放り出せば最弱の妖魔のように扱えると言っていた。


 まさか、知恵の長けた妖魔が最も愚かな選択をするとは驚きであった。


「よっぽど君の犬の事が恐かったんだろうねぇ」


 花房が食いちぎられた妖魔の腕の部分を指す。


「俺も、その犬の相手をするのは嫌だなぁ」


《バウ!》


 黒い犬が此方へ尻尾を振って駆け寄ってくる。その頭を撫でる。


「その心配をする必要はないですよ」


 あなたの匂いはよくありませんから……


 ぶるりと花房は身を震わせた。そろりと四番の仮面の奥の目を窺ったようだった。


「どうかしたのかハナ?」


 白頭が妖魔の体を肩に担いで花房に聞く。


「いいや、ちょっと金色のモノノケが見えた気がしてね」


「それではお先に」


 笛を三度鳴らし、解散の合図を送る。隣には黒い犬が並んで走る。


「見ろよ。あの嬢ちゃん。まるで黒い犬の兄妹みたいじゃないかい?」


「目が腐ったのかハナ……」


 哀れむ声に送られ、今日の妖魔の討伐は終いになったのだった。



























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