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みんなと笑っていられたら  作者: 安達夷三郎
第一章、ココロの森
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一話

午前七時過ぎ。


朝日にまぶたをくすぐられ、薄っすらと目を開けた。


のっそりと上半身を起こし、「んー……っ」と伸びをする。


眠気を少しでも紛らわせることができるように目元をこすった。


長年やってるこれは、もう癖(くせ)になってしまっているようで、例え寝ていたとしても、少しでも眠りが浅ければ自動的に目元をこすってしまう。


癖って、なんだか健気で悲しいな。


そんなことを考えていたら頭が冴(さ)えてきて、視界も徐々にクリアになっていく。半分寝ていた脳がようやく起き出してくれたらしい。


リビングでもごもごと朝ご飯を食べて、時計をチラッと見るとそろそろ家を出る時間だった。


「……よし」


重い腰を上げて、食べ終わった食器を片付けて家を出た。

街は少しずつ動き始めている。遠くで車の走る音が聞こえ、制服を着た同じ中学生の集団が、笑い合いながら通り過ぎていく。


(……見ないようにしよう)


とっさに視線を足元に落とした。自分のスニーカーのつま先だけを見つめながら、歩幅を狭めて歩き出す。


同じ制服を着て、普通に学校へ向かう彼らと自分を比べてしまうのが怖かった。


『なんで自分はみんなと同じようにできないんだろう』


『なんで普通に学校に行けないんだろう』


そんな言葉が、頭の中でぐるぐると渦を巻く。


理由なんて自分でもハッキリ分からない。


電車に乗っていると、すぐ傍に見知った背中が見えた。


ゆったりとしたパーカーを着て、ワンニャン写真集を熱心に眺めている高校一年生の倫太郎(りんたろう)くん。


「倫太郎くん、おはよー」


「おはよ、春奈」


倫太郎くんは、我が『ココロの森』が誇る一番のイケメンだ。噂によると、元々いた学校でもすごくモテていたらしい。けれど、威張ることもなく誰にでも分け隔てなく接してくれる彼の優しさに、私は何度も救われていた。


「ねね、知ってる?今日、悠(ゆう)先生の家庭実習あるらしいよ」


「あー、たっちゃんがグループメッセージではしゃいでたよな」


「うんうん!」


落ち込んでいた朝の気分が嘘のように吹き飛び、楽しく会話を交わしているうちに、あっという間に最寄り駅に着く。駅から少し歩くと、見慣れた温かみのある建物――ココロの森に辿り着いた。


ここに通うようになってから早三ヶ月。私は友達もできて思ったより馴染めていた。


「あ、おはよ〜!倫太郎くん、春奈ちゃん!!」


玄関に入るやいなや、職員室からパァァ!と効果音がつきそうな勢いで顔を出したのは、国語と英語を担当している時雨(しぐれ)先生。


ここの先生はみんな、実はここの卒業生なんだって。


なんか不思議だよね。


「今日も来れたね、偉いぞ〜!飴玉あげようね」


「わ、ありがと……!」


渡された小さなイチゴ味の飴玉をありがたくポケットに突っ込む。


「毎度思うけど、時雨のお菓子ってレパートリー少ないよな」


「ひどいよ〜、僕達教職員は安月給なんだよ〜」


「買わなきゃ良いだろ。毎回、飴やらクッキーやら持ってきて」


「嫌だよ。みんなの喜ぶ顔が見たいもん」


時雨先生は口を尖らせて笑う。その姿はどこか子供っぽくて、大人なのに全然威張っていなくて、先生というより年の離れた優しいお兄さんのようで。


見ているだけで肩の力がすーっと抜けていくのが分かった。


「立ち話もなんだし、中入ろうぜ」


「はいはい、入った入ったー!」


時雨先生がパタパタと手を振って私達の背中を押す。

少し広めのプレイルームには、いつもの見慣れた大好きなメンバーがいた。


プロレスごっこをして怒られる律(りつ)と藤和(とうわ)。雑誌を読みながらメイク用品などについて話している六花(りっか)と坂田先生(あだ名・さかたん)などなど。


「ちょっと律ちゃん、藤和くん!朝から暴れないの!せっかく直した障子がまた破れちゃうでしょ〜!」


時雨先生の叫び声が響くけれど、当の二人にはまったく届いていない様子だ。


「時雨先生、甘い甘い!技をかけられてるワシの叫び声の方が大きいぞ!」


「今、藤和と勝負してんだ。私が勝ったら今日のおやつ譲ってくれるんだ!」


「うん、元気ダネー」


棒読みで返事をする時雨先生の呆れ顔に、部屋中から爆笑が巻き起こった。


「あ、春奈おはよ〜!見てこれ、このリップ超可愛くない?」


窓際のソファで雑誌を広げていた六花が、パッと顔を咲かせるように手を振ってくれた。


さかたんも丸メガネの奥の目を優しく細めて「おはよう、春奈ちゃん」と声をかけてくれる。


「わ、綺麗なピンク……!六花に絶対似合うよ!」


「でしょ〜!今度のお休みに買いに行こうかなって迷ってて。さかたんに相談してたの」


「良いじゃん、良いじゃん!私も行きたーい」


「じゃあ一緒に行く?ユンくんとたっちゃんも誘ってるから」


「やった!……あれ、ユンくんは?」


いつも誰よりも早くここに来て、鏡の前で丁寧にメイクやヘアセットをしているユンくんの姿が見当たらない。


珍しいな、と思って首を傾げると六花が少し真面目な顔で教えてくれた。


「ユンくんなら、今日は学校。大事な試験日なんだって」


「……頑張れ、高校二年生!」


グッとエールを送っておく。


ワイワイと計画を立てる私達を見ながらさかたんが「買い物行くんは結構やけど、お小遣いの範囲でやりくりするんやで〜」と、まるで本当のお兄さんみたいに優しく笑っていた。


部屋の反対側では、倫太郎くんが机に向かって真剣にノートを開いていた辰雄(たつお)くん―――通称たっちゃんに、勉強を教えてあげている。


「ここ、この公式を使うと一発で解けるぞ」


「うわ、マジだ!倫太郎くん教えるのすっげー上手!学校の先生より分かりやすいや」


「大げさだな」


照れくさそうに頭をかく倫太郎くんと、尊敬の目を輝かせるたっちゃん。


真剣な顔でノートを覗き込む二人並んだ後ろ姿は、本当の仲良し兄弟みたいで見ていてとても微笑ましかった。


✳✳✳


それから一時間ほど経ち、私達はみんなで台所に移動した。いよいよ今日のメインイベントである家庭実習の時間だ。


体育と総合を担当している悠先生は、時雨先生やさかたんと同じくここのOB。そして噂によると、昔はかなりやんちゃしていた元ヤンらしい。


がっしりした体格にワイルドな見た目だけれど、誰よりも親身になって話を聞いてくれる、頼れる兄貴分だ。


「良いかお前ら、ふざけて包丁で遊ぶなよ。校長のゲンコツが飛ぶぞ」


「それは昔のアンタだろ」


呆れたような声とともに、台所の入り口からひょっこり顔を出したのは校長先生だった。


かつてはあの先生ズを指導していた先生だったらしい。


見た目だけならまだ二十代半ばにしか見えないけれど、先生ズが二十代前半であることを考えると、きっと見た目以上に大人なんだろうなと思う。


ミステリアスだけど、漂(ただよ)う空気はどこまでも穏やかだ。


「えー、まぁ、今日何を作るのかと言うと……お前らの希望が一番多かったホットケーキだ。浮いた予算で果物やら生クリームやら買ってきてやったぞ」


悠先生がドンッと冷蔵庫からイチゴやブルーベリーの果物や自分で泡立てるタイプの生クリームを並べて誇らしげに胸を張った。

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