プロローグ
『学校とは、社会の縮図である』と誰かが言った。
強い者が威張り、弱い者が不条理を押し付けられる。正しいかどうかではなく、声が大きいかどうかがすべてを決める。
もしここが小さな社会なのだとしたら、私の居場所は最初から踏みつけられるための底辺にしか用意されていないのだろう。
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「あー、クッソ!イライラすんなぁ!!」
その荒々しい声を聞いた瞬間、私の背筋にツンと冷たいものが走った。
関わってはいけない。心の中でそう念じながら、私は必死に視線を机の上のノートに落として自分の存在を消そうと息を潜めた。
(お願い、誰もこっちに来ないで……早く終わって……)
心臓が警報ベルを鳴らすみたいに、ドックンドックンと脈打ち始める。だが、運命の足音はまっすぐに私の席へと近づいてきた。
「なに無視してんの。アンタに言ってんだけど!」
ガンッ!
机を思いっきり蹴られ、ビクッと肩を跳ねさせた。
恐る恐る顔を上げると、そこには不機嫌を絵に描いたような顔で私を見下ろすクラスのグループのリーダー格の姿が。
「ねぇ、宇野さん。私、掃除当番代われって言ったよね!」
言うが早いか、彼女の爪の長い細い指先が私の制服の胸ぐらをぐっと掴んだ。セーラー服の襟元が力任せに引っ張られて苦しい。
「だ、だって……私、今週の掃除当番じゃないし……それに、今日は……」
「だから何?そんなの関係ないんだけど」
彼女の不機嫌な声が私の言い訳を容赦なく遮る。掴まれた胸ぐらの力がさらに強まり、喉元が詰まるような息苦しさに胸が痛む。
周りを見渡しても、教室に残っている数人のクラスメイトは関わりたくないと言わんばかりに視線を逸らし、そそくさと鞄を持って出ていこうとしている。誰とも目が合わない。
二年一組、独裁政権。
このクラスを牛耳る問題児の麻里さん。彼女の一言でクラスの皆を従え、彼女が笑えば全員が笑う。
彼女に目をつけられたが最後、学校という小さな社会での人権は消滅する。
逃げ出したい。叫び出したい。『やめて』の一言でも吐き出せたらどれだけ楽だろうか。
冷たい孤立感が、冷や汗と一緒に背中を伝う。
「あのさぁ、宇野さんって本当使えないよね。ちょっと頼まれたくらいでグチグチ言わないでよ」
背後に立っていた取り巻きの子達が、手を口元に当てながらクスクスと小馬鹿にするような笑い声をあげる。
「今日、放課後に予定あるから代わってって言ってんの。返事は?」
言われるがままに従うのが一番怪我をしない方法だと、数日前に殴られた頬が言っている。でも、このまま屈してしまったら、これから先もずっと彼女達の都合のいい道具であり続けてしまう―――そんな恐怖が頭をよぎる。
それでも……私は弱かった。
「……はい」
「よし、じゃあよろしくねー」
満足そうに鼻で笑うと、麻里さんは掴んでいた胸ぐらを乱暴に放した。乱れた制服を整える間もなく、彼女達は笑い合いながら教室を去っていく。
私―――宇野春奈は中学二年生。
クラスで目立たない陰キャだからか、いつからかこんな扱いを受けるのが日常になっていた。
でも、この冷たい理不尽さに慣れてしまったわけじゃない。慣れられるはずもない。
毎朝、玄関を出るだけで吐き気がするほど学校が怖くなった私を心配して、母はある場所を見つけてきてくれた。
ある県のある都市に、ぽつんと一軒建っていた。
ここは誰が来ても良い、安心できる場所。
その名は―――フリースクール『ココロの森』
ここに通うのは、様々な理由で学校に行きづらくなった子供達。
そしてその子供達の心を少しでも温める存在がここの先生達。




