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EP2-8. スパーク・トゥ・ジャック


 あるじを失ったシルツー号は、無言のままジラフ号のハンガーに回収された。 コクピットから降りたタダヒロの足取りは重い。隣にいたはずの温もりが消え、心にぽっかりと穴が開いたようだ。


 「……タダヒロ! しっかりしろ!」  

 ブリッジに戻るなり、オーギンの太い腕がタダヒロの肩を掴んだ。  

 「死んだわけじゃねぇ!奪われたなら、奪い返せばいい。そうだろ!」


 「……はい、オーギンさん」  

 返事は弱々しい。

 (シルエ……。ごめん、僕がもっとしっかりしていれば……)  

 出会ってからずっと一緒だった。彼女の笑顔、無邪気な声、温かい思念。失って初めて、その存在が自分の中でこれほど巨大になっていたことに気づかされたのだ。 悔しさと絶望で、視界が滲む。


 「くそっ、どうやって助けに行けば……! 広い宇宙で雲隠れされたら終わりだぞ」  

 「諦めるのはまだ早いですぜ、船長」

 チロルが冷静な声を挟んだ。  

 「シルエの宇宙服には緊急用ビーコンが内蔵されています。微弱ですが、まだ有効範囲内です」


 「本当か!?」  

 「ええ。検索開始……捕捉しました! 距離は離れていますが、まだ追えます!」  

 ドローンの瞳が希望の青色に点滅した。


 「でかした! よし、総員追撃戦だ!」  

 オーギンが吼える。だが、モニターに表示された敵船の速度解析を見て、表情を険しくした。  

 「……チッ。やはり速いな。奴らのエンジンは軍の横流し品だ。出力差がありすぎる。だが、今できることをするしかない。」


 ジラフ号は最大船速で、赤い悪魔の背中を追い始めた。

 

 

 

 「ん……。ここは……」

 冷たい床の感触とオイルの匂いで、シルエは意識を取り戻した。  

 薄暗い巨大なコンテナ室。隣には、麻酔で深く眠るサンシャンの巨体が横たわっている。


 「そうか、捕まっちゃったんだ……」  

 周囲を見渡すが、一番会いたい人の姿はない。

 「タダヒロ……」

 いつもなら、呼べばすぐに答えてくれるのに。今はその声も届かない。 心細さが胸を締め付ける。けれど、泣いている場合じゃなかった。


 「……ううん。私がしっかりしなきゃ」 シルエはサンシャンのヒレを撫でて立ち上がった。  

 「この子を守るって約束したんだもん。……まずはここから逃げ出さなきゃ」


 シルエはコンテナの隅にある整備用タラップを駆け上がり、重い扉をこじ開けた。  

 天井を走る無数の配管。不気味に唸るエンジンの振動音。 まるで迷路のような通路を、彼女は本能に従って突き進む。


 (この音……どんどん大きくなる)  

 エンジンの轟音が響く方へ。この船を止めなければ、ジラフ号からどんどん離されてしまう。


 やがて、突き当たりに厳重な扉が現れた。プレートには『動力制御室』の文字。  

 「ここだ……! ここが心臓部!」  

 中に入ると、壁一面を埋め尽くすサーバーラックと、複雑なケーブルの森が広がっていた。ここを破壊すれば、船は止まるはずだ。


 「……やってやる。私だって、ただ守られるだけじゃない!」 シルエは部屋の中央で構え、深く息を吸い込んだ。  管理局での訓練中に発覚した彼女の特殊な能力――『放電能力』だ。


 「いっけえぇぇぇーーッ!!」  

 バチバチッ!  彼女の全身が白く発光し、手から青白い稲妻がほとばしった。 強烈な電撃が部屋中を駆け巡る。サーバーが火花を散らし、ケーブルが焼き切れ、電子機器が悲鳴のような爆音を上げてショートしていく。


 ズゥゥゥゥン……。  船底から響いていた重低音が消え、静寂が訪れた。 直後、けたたましいアラートが鳴り響く。 『警報、警報。動力炉停止。制御システムに深刻なエラー発生――』


 「はぁ、はぁ……。やった、止まった……」  

 シルエはその場にガクリと膝をついた。全力を使い果たし、指一本動かせない。 その時、背後の扉が開き、二つの影が床に落ちた。

 

 

 

時間は少し遡る。レッドバルーン号が幼体とシルエを飲み込み、離脱を開始した直後のブリッジ。


 「ミスター・イワノフ、収容完了。全速でこの宙域からズラかります」  

 「おう、よくやった。ノーズ、全開で逃げろ!」  

 イワノフは葉巻を噛み締め、高笑いした。

 「ひゃっはー! 見たか野郎ども! 最後に笑うのはこの俺だ!」


 「さすがイワノフ様! 痺れますぅ! これで報酬もガッポリですね!」  

 ソフィアが媚びるようにすり寄るが、冷ややかな電子音声が水を差した。


 「……訂正。ミス・ソフィア、貴女の貢献度は今のところゼロですが」  

 「あぁん!? なんだとこのポンコツAI! コンセント引っこ抜くわよ!」  

 「やれるものならどうぞ。私のメインサーバーは貴女の部屋の空調も管理していますが?」


 「やめろ、お前ら! 金が入れば全員の手柄だ、喧嘩するな」  

 イワノフは呆れ顔で二人を制した。  

 「それより商品ブツの確認だ。ノーズ、ガキはちゃんと寝てるか?」


 「バイタル安定。ぐっすり夢の中ですよ」  

 ノーズがメインモニターにコンテナ内部の映像を投影する。巨大なコンテナの床で、麻酔が効いたジュエルホーンの幼体が横たわっている。


 「よしよし、いい子だ。傷一つない上玉だぜ……ん?」  

 イワノフが眉をひそめた。 幼体の巨大なヒレの陰で、何かがモゾモゾと動いている。


 「おい、なんだあれは。ネズミか? 拡大しろ!」  

 「イエス・サー」  

 映像がズームされると、そこには白い肢体を持つ人型の何かが、キョロキョロと辺りを見回している姿が映し出された。


 「……はぁ!? なんで『虫女』がコンテナに入ってやがるんだ!」  

 「あいつ、さっき小型宇宙船にいたはずじゃ……!?」


 「推測。捕獲時、ターゲットにしがみついていた可能性があります。船外カメラの死角でした」  

 ノーズが淡々と分析する。  

 「ふざけんな! そんなことも分かんなかったのかよ、この鉄屑!」  

 「おやおや。ミス・ソフィアが目視確認をサボったせいでは?」


 「ええい、うるさい! 怪我の功名だ!」

 イワノフが膝を叩いて立ち上がった。  

 「あの虫女もレアものだ。まとめて売り飛ばせばよいだけだ!逃げ出す前に捕まえるぞ!」


 「了解です、イワノフ様! 私にお任せを!」  

 「ソフィア、行くぞ! ノーズ、奴の位置をナビゲートしろ!」  

 「承知しました。ドローンを同行させます」


 こうして悪党一味は、棚からぼた餅のような幸運に色めき立ち、コンテナへと向かったのだった。。

 

 

 

 「あの虫女め、船内を迷走していやがる。一体どこへ向かう気だ?」  

 イワノフたちはデッキを蹴り、下層エリアへと急行する。


 「報告します。ターゲットの進行方向は動力制御室。偶然にしては出来すぎています」  

 ノーズのドローンが並走しながら警告を発した。

 「何らかの工作を企んでいる可能性が高いです」


 「なんだと? それは面白くないな」

 イワノフが舌打ちをして加速しようとした、その瞬間だった。


 ブツンッ。 唐突に廊下の照明が落ち、重苦しい静寂が訪れた。船の心臓音であるエンジンの駆動音が消えている。


 「なっ……何事だ! ノーズ!」  

 「……やられました。一足遅かったようです」  

 ノーズの電子音声が響くと同時に、非常用電源が起動し、廊下が不気味な赤色に染まった。

 

 『エマージェンシー。動力系ダウン。制御室に異常発生』

 無機質なアナウンスが事態の深刻さを告げる。


 「あの野郎、やりやがったな!」

 イワノフは動力制御室の扉を荒々しく蹴破った。 「……見つけたぞ」


 白煙が充満する部屋の中央。焼け焦げたサーバーの残骸に囲まれて、白い人影が力なく座り込んでいた。


 「はぁ……はぁ……。大男と、帽子女……! よくもサンシャンを……!」

 シルエは肩で息をしながらイワノフたちを睨みつけるが、立ち上がる力さえ残っていないようだ。


 「ふん、派手にやってくれたものだ」  

 イワノフは壊滅した機材を見回し、冷ややかにシルエを見下ろした。  

 「だが、ここでおしまいだ。ソフィア、やれ」


 「イエス・サー。覚悟しなさい、この害虫が!」  

 ソフィアの手から伸びた電磁ムチが、蛇のようにうねり、シルエの体を容赦なく締め上げた。  

 「うっ……!」  

 「抵抗しても無駄よ。さあ、独房へご案内するわ」


 電撃を使い果たしたシルエになすすべはない。  暗い独房へと放り込まれ、重い鉄扉が閉ざされる。   (タダヒロ……助けて……)


 動力を失ったレッド・バルーン号は、暗い宇宙の海にぽつんと取り残された。

 


読んでいただき、ありがとうございます!

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次話もよろしくお願いいたします!!!

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― 新着の感想 ―
シルエはやく!!!!!!!!!はやく脱出するのよ!!!!!!!!!!タダヒロもはやく助けにこいや!!!!!もういい、!私が行く!!!!!!!!!!!
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