全てが終わって
教皇が去っても、帝国内に混乱は残った。
明かされた事実と、国に課された制裁は重い。そこへ、教皇直々の破門される可能性まで語られた。
これらを知った帝国民は各地で暴動を起こした。
騎士団は必死で鎮圧に尽力しているけど、襲撃先は貴族保有の屋敷から教会に国家保有の施設に至るまで幅広く行われていて、数が足りていない。逆に『聖女を迫害していた一味』として、石を投げられている。
そして、予想通りに平民側に着く貴族も出現した。意外だったのは、全ての公爵家が様子見を選択した事だ。その内、独立した国家を名乗りそうだ。
商人は帝国から去った。巻き添えを恐れたんだろうけど、色んな意味で遅い。
帝国民の中には、悪化して行く治安状況を見て、他国へ逃げるものも出た。
「――とまぁ、帝国内はこんな感じになった」
教皇庁に赴き、一ヶ月もの間に見聞きした帝国内の状況を教皇に報告した。
自分の報告を聞いても、教皇は顔色一つ変えなかった。恐らくだが、教皇もこの結末を想定していたのだろう。アンリは自分にお茶を出すなり、早々に部屋から出たので室内にいない。
「予想よりも早く、帝国が地図から消えそうだな」
「消えるのは確定なのね」
「制裁が科された時点で、こうなる未来は決まっていたに等しい。現に、まごついている隣接国が無いじゃろう?」
「あー、確かにまごついている国は無かったわね」
出されたお茶を飲みながら回想する。
教皇に指摘されて気づいたが、隣接する周辺国の対応は落ち着いていた。国際法違反が発覚した時点で、こうなる未来を予測して準備をしていたのかもしれない。国が一つ滅びた際の後始末を考えると、準備していないと危ないか。
難民の流入で治安悪化、身分を無くした帝国貴族は他国に己を売り込みに走る。
最も厄介なのが、残された国土の管理だ。どこかの国の所属にしなければ、犯罪組織のねぐらとして活用される無法地帯になりかねない。それに、国際法を無視して良い場所として利用されるようになったら、ならずものの楽園になる。
「とんでもない大事になったわね。教皇庁としては『事の発端に複数の枢機卿と司祭が関わっている』嫌な事実が消せないのが痛いわねー」
「その通りじゃが、他人事のように言うな。お主も関わっておるだろう」
「被害者に向かって何言ってるの?」
加害者扱いされたので速攻で訂正した。すると教皇は数秒だが目を泳がせた。
「……そうじゃったな。ま、今回の事は各国に売った恩で、辛うじて相殺可能だ」
「どんだけの量の恩を売れば、相殺可能なの?」
「陰険狸とやり合った時間の長さじゃ」
「聖職者なのに、知謀と暗躍に強いってどうなの?」
「教皇庁は一枚岩では無いのでな。必要な事だ」
「その辺は普通の政治家と変わらないのね」
「仕方なかろう。貴族の嫡男以外の就職先に適しているのだからな」
「否定しなさいよ」
お茶を飲み干しお代わりを自分で淹れて、そこで一つの事を思い出す。
「ねぇ、あたしの慰謝料と給金の支払いはどうなるの?」
「業突張りへの対応を考えて、皇帝の全私財を隠していた分も含めて没収したわい」
「どっちが業突張りか分からない所業ね」
「せぬと、教皇庁の浄財を削らねばならんからな」
「何であたしはこんな爺から業突張り扱いされなきゃいけないの?」
自分の疑問は解消されなかったが、代わりに纏まった慰謝料と給金の全額を貰った。そう、『全額』を貰ったのだ。
あの皇帝、国庫が空になるから待ってくれと寝言をほざいておきながら、結構な額の私財を隠し持っていたのだ。
ちなみに、帝国の国宝級の品々と交換と言い出さなかったのは、それらが収められている宝物庫内に一度だけ入った際に使えるそうなものを入念に探した。結果、大したものは無かった。ドラクロワ帝国は元々、隣接するガイヤール帝国とリオンクール王国とは違う国が分裂して出来た国で、今年で建国九十年ちょっととなる。だからか、宝物庫に入れるような品は少なかった。
建国からの年数が短いように感じるけど、初代皇帝が六十歳手前で興した国で、現皇帝で三代目となる『誕生してから百年経っていない』国なのだ。百年を超す前に四代目候補が駄目にした事になる。
荷物を纏めて、出立の準備をする。
「さて教皇、達者でね」
「うむジャネットよ。お主の息災を祈る」
教皇と今生最後の言葉を交わし、アンリにも言葉を掛けてから、教皇庁を去る。
事前に教皇と、今後の聖女活動について話し合った。その結果『これ以上続けるのは無理』で、意見は一致した。
聖女への対応が原因で国が一つ滅びた、この事実は何よりも重い。もっと重いのは、これに枢機卿と司祭が関わっている事だ。こちらに関しては公表は出来ないから、闇に葬られるだろう。
自分はこれから一人で生きて行く事になる。事前に隠居先の選定を済ませているから、行先で悩む事は無い。やる事も決めている。
バイクに乗って空を移動する。先ずは必要な物資の調達から始めよう。
月日は流れて半年後。
自分はノーランと戦闘した場所にいる。大変困った事に、この辺に探していた鉱石の鉱脈が存在した。
辺鄙な場所だけど魔物の巣穴が点在する為、人間は来ないと言うか来れない。人気が無く周囲を気にしなくても良いと言う意味で、うってつけの場所だった。
魔法を使い、鉱石の場所を探索し、採掘し、原石から不純物を取り除き、資材として宝物庫に仕舞う。半年間、この作業を毎日のように行った。その甲斐あって、予定以上の鉱石の採掘が出来た。再びこの世界に来て補充出来るか分からないので、採掘のやり過ぎを無視した結果だ。
魔法具の開発や実験も行いたいが、今回は資材集めに集中する。
ドラクロワ帝国は今から二ヶ月前に、国家としての機能を失い、暴動が起きてから半年も経たずに滅亡した。ドラクロワ帝国の皇帝と皇族は、暴動に巻き込まれて死亡している。護衛を担当する騎士達に見限られたらしい。鉱山送りになった、事の発端の元皇子に至っては、現地の人々の手で半殺しにされて、生きたまま火を付けられた。ジゼルの方は、扱いが更に悪くなり発狂死した。
残ったドラクロワ帝国の国土は分割されて、隣接する国々に吸収された。なお、他の隣接国はドラクロワ帝国の国土を吸収しても管理出来ないと辞退した。これにより難民の心配は無くなったかに思えたが、犯罪組織による人身売買目的の拉致被害が発生していた為、まだごたついている。
自分は魔法で髪と瞳の色を変えただけで、食料を買いに街中を歩いても誰にも気づかれなかった。やっぱり聖女のローブを着ていないと判らないんだね。流石に面識のある王族や皇族(プラス近しい面々)にはバレたが、教皇から通達が届いていたらしく何も聞かれなかったし、勧誘もされなかった。
自分の周辺は平和で何よりだが、経験上、平和な内に去らねばならない。
国が一つ地図から消えた。
大事なんだけど、何と言えば良いのか。暴動が起きてから、あっと言う間の出来事だったので『大事』と認識出来ない。良い思い出が無く、実家も没落して無くなっていて、愛着が無いからかもしれない。そもそも、国際社会から制裁を受け、破門の可能性を言い渡されただけで、暴動が起きて一気に傾くような国だったのだ。内部は脆く、国が何時滅びるか分からない状態だったのかもしれない。
「特別な力が齎す結果を厄災ではなく恩恵になるように、か」
この世界から去る直前。曇天の空を見上げた時、何故か教皇の言葉を思い出した。
……自分は、この世界にどんな結果を齎したのだろうか。
聖女としての活動は恩恵だろう。でも、それ以外では厄災をばら撒いている。その筆頭がドラクロワ帝国の滅亡だ。
国が滅びた要因。それは間違い無く、自分の名を使った汚職と婚約破棄に在る。
世界を一つ見捨てた自分が、今更になって気にしてどうする?
『たった一人に見捨てられただけで人類が滅びるのなら、結末はどうやっても変わらん』
教皇はそう言った。
そしてふと気づいた。
聖女の自分を蔑ろにして、助けろと、叫ぶ人間は大体同じ言葉を使っていた。
「思えば本当に、『聖女だから』って都合の良い言葉だね」
聖女だから我慢しろ。聖女だからやれ。聖女だから出来て当然。聖女だから――
「聖女だから、聖女だからって、言う奴ほど、馬鹿な事しかやってない。そして、都合の良いところしか見ない」
いい加減にして欲しいレベルだ。
気持ちを入れ替えるように深呼吸をしてから、ロザリオ型の魔法具を宝物庫から取り出す。
「逝こう。次の世界へ」
魔法具を起動させた。
眩い光に包まれながら、何時もなら何かを思ったんだけど、今回は何も思い浮かばなかった。
それはきっと、審判者を捕まえて成果が無かったからかもしれない。
世界樹の魔力が尽き掛けていて、審判者同士の派閥争いが起きている情報を得てもね。
スケールが大き過ぎて良く解らない。
自分の事で手一杯なのに。自分の未来を望んだ方向に変える事すら出来ていないのに。
どうして、顔も名前も知らない人間の命と未来を押し付けられるのだろうか。
Fin
ここまでお読み頂きありがとうございます。
これにて完結となります。
本当はノーランとの戦闘後に、もう一戦入れようかと思ったのですが、何故か書き進まなくなってしまい止めました。こんな経緯がありますが、最終的に世界か国を滅ぼす事だけは確定でした。世界の滅びを一国家の滅亡に切り替えただけですが。
流石に一戦終わって世界が滅びるのはアレかと思ったのと、教皇とのやり取りを入れたかった、と言うのがあります。
最後に、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
私の作品の誤字脱字報告、感想などくださった方々ありがとうございます。
※感想で菊理が五年間我慢した理由が軽くないかと意見を頂きました。軽いと思う方はいるかもしれませんが、気兼ねなく言い合える存在は割と陰キャラの菊理的には重く大切なのです。