メカナイズド・ハート 25話
夏休み中は大量更新するはずが、全然更新されていません。改善します。
鈍色のまだら模様が金星を覆う。始めてみた人は金星を酷い皮膚病患者だと思っただろう。
「初めて金星圏に来た時とは違って見える。」
コックピットのスクリーンに映された映像に、ルーカスは口から漏らす。その言葉に引っ張られて携帯端末の画面をなめるように見ていたライアンは顔を上げた。
「おお!!きれいだな、魚のうろこみたいだ。」
ライアンも歓喜の声を上げる。
金星圏の外側に近いポーランド領は、金星表面に近いスペインやポルトガルから向かうと美しい絶景を楽しめるため、戦争前は人気があったそうだ。
何度聞いても絶景というものには半信半疑だったが、実際に見てみると絶景そのものだった。
「なあ聞いたか?デンマーク航路じゃなくてドイツ航路だったらもっと綺麗らしいぞ?」
「まじかよ、信じられねえな。」
「戦争がなければ行けたんだけどねえ。」
「そしたら俺たち無職だよ。」
二人の間に失笑が起きる。
「よくないねえ、戦争が嫌いになっちまう。」
そうライアンは漏らすと深く椅子に腰掛け、足を伸ばしてうつろうつろと寝始める。寝不足なのだろう。
宇宙での旅は退屈極まりないので何をしていても結局寝てしまう。
「ほああ~~~。」
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「ポーランド時間19時20分グダニスク到着っと。」
ルーカスは寄港名簿に記入すると、小窓を通して小屋の中にいる老いた管理人に渡す。管理人のイボだらけで真っ黒な爪がついた手に、小銭を乗せようとすると目の前で手を振られる。どうやらキャッシュレスが良いらしい。
「これ使えるかい?」
微笑みつつ管理人に見せると、管理人は読み込み端末を差し出してタッチするように指で指し示す。ぶっきらぼうで無口な管理人のしぐさにカチンときつつも、カードで読み取り端末をタッチする。
ピッ
管理人は端末が放った読み取り完了の音を聞いた後、端末を引っ込めてコンピュータのほうに体を向けてしまう。
そこから数秒の沈黙がある。
ルーカスは困惑していた。
「なあおい、これで終わりでいいのか?」
カードを読み取った後、うんともすんとも言わない管理人に対して呼びかける。その声に管理人は反応しない。
「おい、もう行っていいのか?これで手続きは終わりなんだよな?」
ようやくルーカスの声に気づいた管理人は、ゆっくりと回転イスを旋回させる。そして口を開く。
「失せろや!!うるせえんだよ!!」
「はあ!?」
ルーカスは目の前で怒鳴り始め、口角泡を飛ばす老人に目を丸くする。その様子にさらに怒った老人は壁に当てていたルーカスの手を、古ぼけたほうきで叩いてシッシッとその場を去るように合図する。
「わかったよわかったよ。」
「わかればいいんだよ馬鹿野郎!!」
怒り心頭な老人を残して困惑と共にルーカスはその場を去った。
「一体何だったんだ?あの老人は?まるでいかれてるみたいだった。」
思わず毒を吐いてしまい、反省する。
「彼も何かあったのだろう。」
そう思ってルーカスは自分を納得させる。最初の数秒が過ぎれば浮かび上がっていた老人に対する困惑と怒りもきれいさっぱりなくなる。後味の悪さが口の中に広がり、残りつつもルーカスは何でもないことのように顔を前に向けてエミーたちのもとへと歩き出した。
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管理人に港湾使用料をいくらか支払うとコロニーの入口へと歩く。グダンスク港は大きな港だ。入国審査口への道は長く過酷だ。最低限与圧されていて宇宙服を着なくていいだけ、まだましかもしれない。
長い長い通路を漂いながら4人で進んでいくと、だんだん通路に人が増えてくる。やがて人が増えすぎて通れなくなると、自ら壁を押して漂う必要もなくなり人々が後ろから押し出されるおかげで自動で進むことができてしまう。
唯一の問題はぎゅうぎゅう押されるのが非常に不快なことだろうか?
「どこへ行ってもこんなのばっかりだ・・・、ぐええっ。」
僅かに人の波の向こうに聞こえた誰かの声が全ての人々の気持ちを代弁していた。
そうだそうだと思わず心の中で同意しつつも、肋骨を圧迫してくる前の人が背負うリュックをなんとか手で押し返す。
いたっ
誰かのバッグから飛び出ているカメラ用の自撮り棒が顔に当たる。ちょうど口と鼻の間に直撃した。上歯茎にじんじんした痛みが響く。
「勘弁してくれ~。」
声が漏れてしまう。その声が聞こえたのか棒の持ち主である中年の男性が振り返る。チェック柄の長袖シャツにぴっちりしたジーンズ、赤色の袖なしジャケットと真っ黒で首後ろまで伸びている髪の毛のお洒落さんだ。コロニーの中に入ってしまえばどんなにきれいな服や髪の毛も、必ずホコリまみれになるというのにご苦労なことだと感心してしまう。
「すいません、大丈夫ですか?」
「そこそこね、大事にならなかったからいいさ。」
ルーカスは精一杯の謝罪を浮かべた顔で人の波に押されながら謝ってくる男性に気をよくして、痛むところに手をあてて左右に手でこする。
「いたそうですね?」
「いいよいいよ、気にしなくていい。」
なんども謝意を示す男性に今度はうっとうしく感じてきた。痛みとうっとうしさから怒鳴りたくなってしまうが、それでは先ほどの失礼な管理人と同じようなものだ。なんとかおとなしく、失礼にならないように場を流して男性との間に距離を開ける。
しばらくするといきなりアクリル板の壁が出てくる。壁の向こうには十数人の警官。
少しずつ群衆の流れが変わる。後ろから次々と新品の他人が送られてきて、ルーカスたちを押していくが、やはり押す方向が変わり始めている。ルーカスはやがて壁に押し付けられるのではなく、壁にこすりつけられるように横方向に引っ張っていかれる。
そしていつの間にか、パイプ椅子に座り数人の警察官と共に、肌色の壁の古ぼけた小部屋で尋問を受けていた。
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「ミスター・ルーカス、入国目的を聞かせていただいてもよろしいですかね?」
中央に座る尋問官は強い口調で問い詰める。彼らは目の前にいる男性のわずかな体の動き、手の動きに集中する。目の前の男性が見せる少しの口の動きにも目を凝らし、スペイン語訛りの英語で発される次の言葉を予想する。
「自分はここに観光できました。」
ルーカスは自分の周りの物々しい武装した警官たちを見ながら言う。彼の発言に尋問官の目が集まる。大量の目に刺されて居心地が悪いルーカスは尻の位置を直す。
「なるほど、旅行ですね?一緒に入国されたご友人は?」
旅行という言葉を反復しつつ尋問官たちはさらに鋭い目を向けて質問する。
その質問に対してルーカスはわずかな時間で最大限考えを巡らせる。いると言うべきか、いないと言うべきか。
しかし、ここまで厳重に警官で囲まれながら追求されるとなると相当重要なことなのだろう。友人と一緒に来たというべきだろうか?もし言ったら彼らにも面倒ごとが降りかかるかもしれない。しかし、もう尋問官たちは友人と共にきていることを知っていて鎌をかけているだけかもしれない。何が原因で尋問を受けているのかもわからない。
「怖がらなくても良いですよ、誰か他の方と来られたのかどうか知りたいのです。」
その言葉でルーカスは決めた。彼は誠実さを取った。仲間たちから何か犯罪を犯してポーランドに入国するとは聞いていない。
何か手続き上のミスか、積荷に問題があっただけだろう。幾らかの罰金で済むだろう。
「一緒に来てます。4人でポーランドに来ました。」
その言葉に合わせてさらに十を超える数の目玉がギョロギョロと動き、彼の身体中を舐め回す。
せめてもう少しバレないようにこっそりと眺めて欲しかった、ルーカスはそう心の中で思う。
「なるほど、その友人たちを我々に紹介していただくことはできますか?」
3人の尋問官のうち、ルーカスから見て右側に座る1人、茶色の眼鏡をかけ、頭のてっぺんまで生え際が後退している男性が枯れた声で丁寧に質問してくる。丁寧だが彼の目は猫を射殺するほどの力がこもっていて、NOと言える雰囲気ではない。
「ええ、できますよ。」
「それは素晴らしい。ですが、やはり我々に紹介する必要はありませんよ。」
そう言って中央に座る中年の女性尋問官が左側の壁の恥にある扉を軽く指さす。そこには見知った3人の姿が。
「おつかれ〜。」
「おーすっ。」
気楽に声をかけてくるライアンとエミー、それにご機嫌な時のニマニマした顔を見せているベルだ。
「着席してください。」
尋問官の言葉を聞いて彼らはそれぞれ手に持たされているパイプ椅子を広げる。やはり居心地が良くないらしく、エミーはなんとかお尻を快適におくことができるよう、パイプの側から中央に向かっって布地を伸ばして揉んでほぐしている。
「椅子に不満でも?」
「いえ、そんなことはないんですけど。」
「では着席してください、皆を待たせています。」
尋問官の一人がエミーを叱ると、追加で係員が持ってきた書類をパラパラとめくる。3人の尋問官が書類をめくり、内容を確認し終えると、再び尋問が始まる。
スパーッ
尋問官たちが何かを取り出し火をつける。葉巻だ。
彼らは目を細め体を脱力させて、ドロンとした目で再び書類を見る。彼らは足も伸ばし、肩を揉む。
「早く尋問を始めてください、皆を待たせています。」
ルーカスは尋問官たちの横暴ぶりを嗜める。
ギロッ
尋問官と警官たちの目が全てルーカスに注がれる。
その一つ一つを丁寧に睨み返す。椅子に座るだけの尋問官が何だってんだ、ルーカスはそう思う。
拳に力を入れる。
「わかりました、単刀直入に言いましょう。あなた方はなぜ我が国に銃火器を持ち込もうとしたのですか?」
尋問官がようやく、くだらない茶番をやめて本題を話してくれる。
「なんだ、そんなことか。」
それを聞いてベルが思わず漏らしてしまう。その言葉をしっかりと逃さず掴んだ尋問官たちの眉が上がる。左側に座る若い女性の尋問官が声を怒りで振るわせ、烈火のように怒りながら声を発する。
「そんなこととは何ですか!?こちらはまじめに仕事をしているんですよ。」
彼女は身を乗り出して4人の顔を数秒ずつ睨め付ける。最後にベルの格好を頭のてっぺんから爪先まで見る。
「学生だか何だか知りませんが、銃火器はおもちゃではないのです。ドイツやウクライナでの戦争を掲げる我が国は普段以上にテロの脅威にピリピリしています。」
こんなふざけて真似を続けるようでは入国を許可できません、そう彼女は続けた。
しかし、ベルはその言葉を聞いても、余計に態度を悪化させる。足を伸ばして、体を脱力させて、椅子の深く腰掛ける。
視線を注がれながらも、滑らかで白く美しい肩を雑に伸ばし、艶やかさを感じさせない雑な動きでシャツの首元を引っ張り整える。
ベルのあまりの態度の悪さにルーカスは閉口してしまう。その様子にエミーは口元を緩ませる。
「相当私の話を聞く気がないみたいですね。構いません、どちらにせよ我々は貴方達をこの国には入らせません。あなた方がどれだけ袖の下を渡そうとも、1ミリも貴方達のようなテロリストをこの美しい国に入れはさせませんし、貴方達の汚い言葉と血が入るようなことはさせません。」
ベルの態度にさらに怒りを募らせた尋問官は他2人の尋問官が口をベルの態度を咎める前に感情を爆発させる。
スパーッ
艶かしい足を組んで葉巻を気持ちよさそうに吸う。吸っている葉巻は一箱数百ドルを超える高額な銘柄だ。さらに尋問官達を腹立たしく感じる。
「この、淫売女。どうせその体で男を誘って買ってもらったんでしょ。」
度重なる侮辱と努力して尋問官にまでなった自分より良い銘柄を使うベルに、彼女は怒りを爆発させてしまう。
流石に淫売女とまで言われると、ベルもその態度を変える。彼女は今までの落ち着いた目を変え、神経を張り、力を込める。
小部屋は一触即発だ。
「銃火器を持ち込む申請書と書類は提出したし、ポーランド軍からも持ち込み許可が出ているんだが。」
ずっと沈黙していたルーカスは初めて口を開いた。その言葉を尋問官達も、警官達も予想していなかったのか、一瞬完全な静寂が部屋にやってくる。
しばらくすると右側に座っていた中年の男性が声を発する。
「本当ですか?」
「本当だよ、神に誓っても良い。」
やっぱり暑すぎて小説を進めるのも苦労します。




