第二百五十一話 思わぬ仕掛け/護紋
宿舎の部屋に戻ると、マリアさんの書き置きがあった。今日はセレスさんたちと一緒に入浴するとのことだ。
俺は自分の部屋にある個別の浴室を使えばいいので、ひとまず居間のソファに座って一息つく。
完全に一人というのは久しぶりだ。ムラクモやアルフェッカ、フォギアの気配も今は遠のいている――神器たちにも休息は必要ということか。
「ふぅ……」
やっておかなければいけないことを頭の中で整理しつつ、ライセンスに届いていた連絡を開いてみる。
◆保留中のメッセージ◆
・差出人:第十七魔物牧場管理人 ウィリアム
・差出人:ミストラル工房 セレス
・差出人:ライカートン解体所 ライカートン
・差出人:ブティックコルレオーネ ルカ
・差出人:マクドガル荷車工房 マッケイン
・差出人:フォーシーズンズ リョーコ
・差出人:朝倉屋 シオリ
・差出人:自由を目指す同盟 ロランド
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ウィリアムさんからの連絡は、『蔓草の傀儡師』の生育が進み、そろそろ意志の疎通ができるようになるとのことだった。経過報告なので、急を要する用件ではない。
セレスさんからは『上級鑑定の巻物』を手に入れることができて、魔石と『無の剣』を鑑定する準備が整ったとのことだ。巻物の使用は俺に委ねてくれるらしい。
ライカートンさんはルカさんに協力しているが、空いた時間については自由にしてもらうように伝えた。フェリスさんは四番区を目指してパーティに戻って探索に励んでいるが、せっかくまだ五番区にいるのだから、一緒に過ごせるに越したことはない。
「……ん?」
メッセージに目を通しているうちに、強制的に画面が切り替わってしまった。
◆現在の状況◆
・『★小転移の星象球』の効果が発動 → 対象:アリヒト 転送先:登録座標2
「(なっ……!?)」
『審議会』に呼び出されたときに会った、大神殿に仕えているという人――彼女から受け取った『星象球』が、テーブルの上で輝きを放つ。
それからは一瞬だった。視界に映るものが全く別の場所に切り替わる。明かりがついていないが、だんだんと目が暗闇に慣れてきた。
どこかの室内。八番区で利用した『オレルス夫人邸』でも見なかったほどの、豪奢なベッドの置かれた部屋に、俺はいた。
「(何が起きた……勝手に星象球が起動した? 罠が仕込まれていたっていうのか)」
一人になったところを、狙ったように転移させられた。『星象球』が特定の条件で起動するように仕掛けが施されていたということか――自分の身に起きたことの見当はついたが、依然として状況を飲み込みきれない。
ここは五番区のどこからしい――自分の現在位置をライセンスを確認できるだろうか。
◆現在の状況◆
パーティの現在位置:五番区ホテル・サンクトゥム 412号室
ここはメレディという人か、その関係者が使っているホテルの部屋なのか。分からないが、こんな形で他人を転移させるということ自体に問題がある。
「(どうする……向こうが俺が転移したタイミングを察知していないなら、事を荒立てずに脱出できるかもしれないが……)」
望みは薄いが、賭けてみるしかない。扉から明かりが漏れている――俺は音を立てないように扉に近づき、レバーをゆっくりと動かして部屋の外に出た。
このホテルの一室は、寝室と浴室、そしてリビングで構成されているらしい。それぞれを繋ぐ通路に出た俺は、まず玄関に近づいた――だが、鍵は閉められている。
「……はい。接触には成功しましたが……」
リビングの方から話し声が聞こえてくる。足音を殺して近づく――扉が少し開いている。
少しでも開いているなら、『隼の眼』を使うことで室内の様子を把握できる。心臓の鼓動がうるさく鳴る中で、俺は息を深く吸い込み、技能を発動させた。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『隼の眼』を発動
室内には女性が一人いる――あまりにも印象が違いすぎて、初めはそれが誰なのか分からなかった。
「……アリヒト=アトベはまだここには来ていません。時間の問題かとは思いますが」
「(っ……!)」
声すらも同じ人物なのかと疑いかけたが、やはりそこにいるのはメレディだった。
薄紫色のウェーブがかかった長い髪が胸にかかっていて、ほとんど透けている衣服をかろうじて補っている。『隼の眼』を使っていると、視界を一部だけ遮断するようなこともできない。
「彼は酒色を嗜むという人物ではなく、いわば修行者のような精神性を持っているように……いえ、そういったわけではありません。時間は読めませんが、接触を続けることに意味はあると考えます」
突飛な話というか、それこそ想像が行き過ぎていると思おうとした――だが、聞こえてくる内容から類推すると、答えは一つしか出てこない。
「……神殿に利する人物であるかは、『神戦』の結果によっての判断になるかと。ええ……そうですね。それではお休みなさいませ」
メレディが神殿に仕えているというのは事実だが、その目的は――おそらく、俺と『銀の車輪』を味方に引き入れること。推測にはなるが、それは神殿の管理下に置きたいということだろう。
自分たちが神殿側から注目されるという状況を、想定できていなかった。便利な道具を金貨一枚で譲られるなんて甘い話は、もっと疑わなければならなかった。
念話によるものか、ライセンスを利用したものか。何者かとの連絡を終えたメレディは席を立つと、何を思ったのか――立ち上がり、窓際に近づく。
すでに着崩していた衣服が、滑り落ちるようにして足元にわだかまる。何が起きているのか分からずに反応が遅れるが、メレディは窓に自分の姿を映しているようだった。
「……この身はすでに、我が神に捧げしもの。ここにある私は、ただの器にすぎない」
彼女の目的はおそらく、俺を籠絡することだ。神殿は探索者に関心を示し、接触することがある――俺たち以外にも、そういった例はあると考えられる。
「(っ……まずい……っ)」
◆現在の状況◆
・『メレディ』が『絶佳凄艶』を発動
おそらく、魅了の効果を持つ技能――メレディの肌が薄く光を帯びたところで、俺は強制的に視界を遮断した。事前に技能を試しているのかもしれないが、『隼の眼』の視界に入るだけでも効果が生じてしまう恐れがある。
「(絶対に見つかるわけにはいかない……攻撃を仕掛けるか……いや、そうすれば神殿と敵対することになる。テレジアを人間の姿に戻すまで、軽率な行動は取れない)」
メレディの意識がこちらに向いて、部屋を出てきてしまえば――『詰み』だ。その前にこの部屋を出なければならない。
「(……そうだ……ここに転移する前に、ライセンスに出ていた表示……)」
メレディは言っていた――星象球を使うことで、街の中であればあらかじめ定められた座標に転移することができると。
「(この場所は『登録座標2』だった……つまり、『登録座標1』が存在する……!)」
部屋の中から、こちらに近づいてくる気配がする。その手がドアを開きかけた瞬間――俺は『星象球』を握りしめていた。
◆現在の状況◆
・『★小転移の星象球』の効果が発動 → 対象:アリヒト 転送先:登録座標1
「(っ……!)」
視界が切り替わる。俺がいるのは屋外――『上位ギルド』近くの路地だった。
「……何とかなったか……」
メレディは俺が転移したことを察知したのか、それとも知らないままなのか。『星象球』の仕掛けが働かず、思惑が外れたとだけ思ってくれればいいのだが。
この『星象球』に仕込まれた仕掛けが一度きりのものかは分からない。即座に捨てるべきか――いや、こういった魔道具の類について相談できそうな人がいる。
◆◇◆
セレスさんに連絡し、貸し工房で落ち合うことになった――セレスさんはすでにパジャマに着替えているが、ガウンを羽織って出てきてくれた。
来てくれるのはセレスさんだけかと思っていたが、リーネさんの姿もあった――いつも特徴的な『ウィッチドクター』の装備をしているので、同じ『翡翠の民』であるセレスさんと揃いのパジャマを着ていると姉妹のように見える。
「アリヒト君、急に顔を出してすまないね。今はシュバルツの装備を見てもらうために、街に出てきているんだ」
そのシュバルツはどうしているのか――と思ったが、工房の端でたたずんでいた。どうやら、外套をかぶって迷宮から出てきたようだ。
「俺こそすみません、二人とももう休まれるところでしたよね」
「わしらはいつ呼んでくれてもかまわん……ふむ、ウィッチクラフトか。一般的には構築型魔道具と呼ばれておるな」
「……仕掛けられていたのは、所持者が一人でいるときに一定時間が経つと、特定の座標を指定して起動するというものだね」
「っ……そこまで解析できるんですか。俺は状況から、何が起きたのかを想像するだけで……」
「これも私の専門の範囲内だからね。その仕掛けは一度しか働かないから、このまま持っていてもいい。登録座標については改良すればもっと増やせるけど、すでに登録されているものを上書きすることもできる」
「人に向けていないとはいえ、神殿の人間は技能を使っていたのじゃろう? おそらくその宿泊施設は、カルマの判定を逃れる機構が備わっておる……もしくは、カルマに関わらずお主に術をかけようとしたかじゃのう」
「一応俺の装備……『ダンピールのマント』には魅了耐性があるんですが。ああ、でも室内なので脱いでましたね」
耐性さえあればメレディの技能を無効化できるのか――そもそも『魅了』をかける技なのかが分からないので何とも言えないか。『魅了』と同じくらいリスクのある状態変化は、他にもある。
「ふむ……一つ今後に向けて対策を打つとしたら、術耐性を持たせる処理を直接身体に施すことくらいか」
「まあ、状態異常の種類の多様さからすると気休め程度ではあるけどね。限定された状況において、相手の行動を縛るようなものもある……それら全てに対策はできないが、君さえよければ試してみようか」
「えっ……い、いや、直接身体にというのは……どうやるんですか?」
セレスさんとリーネさんは顔を見合わせ――そして、微笑む。こんな言い方もなんだが、鴨がネギを背負ってやってきてしまったような気分だ。
「アリヒト君たちに、以前霊符……『転変妖霧のチャーム』を渡しただろう。あれを作るときに、私は『力ある文字』を札に書き込む。『霊符封印』『霊具生成』とは違い、身体に直接施す場合は『霊絡図画』と言うんだけどね」
「れ、霊絡……ですか」
「心配せずとも、効果は永続するものではない。迷宮に一度入って出てくれば消えるようなものじゃ……さて、わしも手伝うとするかのう」
「ちょっ……待ってください、そこにシュバルツが……!」
シュバルツはこちらを見ている――しかしリーネさんがそちらを見やると、ただ片手を上げただけだった。まるでリーネさんのすることならばと見過ごしているかのようだ。
「さて……始めようか。魔力は物質を透過するけど、肌には触れないといけないからね」
「……わしも照れがないというわけではないがの、キアラがいない時で良かったとは思っておる。あの子はこういうことに全く耐性がないからの」
それを今聞かされてどうするというのか――と、戸惑う間にセレスさんが近づいてきて、上着を預かってくれる。リーネさんは俺のワイシャツのボタンに手をかけた。
これは、予期せぬ状態異常に対抗するためには必要なことだ。だとしてもここで施術してもらうことになるとは思っていなかったことに変わりはなく、忍耐を試されるような思いだった。
◆現在の状況◆
・『リーネ』が『霊絡図画』を発動 →『アリヒト』に『魔女の護紋』を付与 『セレス』の協調により効果強化
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