第二百五十話 会食/技能の検討・1
メニューに書かれている材料からはどんなものか想像できなかったので、適当に選んでしまったが――結果から言うと、結構当たりの料理だった。
「『ヴェイパーカバルス』は水辺に出てくる魔物で、五番区に来たばかりだと苦戦するような相手なのだけど……個体ごとに味が違っていて、今回は牛肉に近いわね」
「いや……何と言うか、新しい感覚ですが。美味しいですね」
魔物が材料というとやはり身構えてしまうが、見た目は牛肉のローストのようなものだった。脂は重くなく、一口食べるとあとを引く。
エリーティアは胸がいっぱいであまり食べられないとのことで、飲み物だけを頼んでいる。テレジアは俺と半分ずつということにしたが、反応が良いようなので多く食べてもらった。
「テレジア、口にソースがついてるぞ」
「…………」
大人しく口元を拭かれたあと、照れているのか蜥蜴のマスクが赤くなっていく。それを見て、アニエスさんが笑顔を見せた。
「ふふっ……仲がいいのね。彼女とはどんなきっかけでパーティを組んだの?」
「俺が転生したばかりのとき、彼女を傭兵として雇ったんです。その後いろいろあって、正式にパーティに入ってもらいました」
「すごい……傭兵の人を正式に雇用するのは大変なはずですよね、それも転生したばかりでなんて」
「ええと……ここで聞くのもなんですが、二人はどうやってこの世界に?」
ルウリィとアニエスさんも転生者であり、それぞれ西欧の方面から転生してきたという。
「私、日本ってネットで見たりしていただけなんですけど……転生してからこうして別の国の人と知り合えるっていうのは、やっぱりワクワクしますよね」
「確かに……こっちに来てからは、あまり国籍は意識しなくなったな。日本人があまりいないからか、始めは気にされることもあるけど」
「私も最初は少し意識しちゃってたわね……どんなふうに話していいのかって。でも、アリヒトは初めから、人当たりがいい人だったから」
そんなふうに思っていたのか――と、自分で言っておいて気恥ずかしくなったのか、エリーティアは頬を赤らめる。
「私もそのときのエリーがどんなだったか見たかったな……私のことで物凄く頑張ってくれた友達を、茶化すみたいなのは良くないけど」
「何も面白いことなんてないわよ……ただ、必死だっただけで。あ……アニエスさんはもう気にしなくていいのよ、あなたのことを悪く思ったことは無いから」
「……本当に? 何の協力もしなかった私を……」
「……もし兄にアニエスさんが何かを言ったら、兄がどう行動するか分からない。もう家族と言えるような関係でなくても、私は……兄さんの近くにいる人が、彼の味方でなくなることは願えない」
「……ありがとう」
わだかまりを完全に拭えるわけではなくても、二人は言葉を交わしている。和解というにはまだぎこちなくとも、そこには確かな進展があると感じられた。
◆◇◆
ルウリィとエリーティアが二人で話す時間を作るために、俺は個室の外に出てきた。
酔いを覚ますためのスペースということか、座って休憩できる場所がある。他には誰もいない――話し声が聞こえてくるわけでもないので、思ったより部屋ごとの防音が効いているようだ。
「……ふぅ」
「……お疲れの様子のところ、申し訳ないけれど。ご一緒しても?」
「っ……」
誰か来ると思っていなかったので、不意を突かれる――部屋から出るときの扉の音で、さすがの俺でも気づくはずなのだが。
どういうわけか、彼女は音を立てないように出てきたということだ。
「……ええと。アニエスさん、迷宮ではお世話になりました。神戦を控えている状態で言うのもなんですが、あの共闘はとても参考になりました」
隣に座ったアニエスさんは返事をしない。そうされると、彼女がどんな様子か見るしかないが――。
会ったときから思ってはいたが、改めて指摘することでもないので何も言わなかった。今日の彼女は武装をしておらず、何というか、旅団の副団長として振る舞っているときとは印象がかなり違う。
(……さすがに気のせい……と思いたいが、何か重要なことを忘れてるような……)
「参考になったといえばそうね……でも、あれくらいじゃあなたの実力の、ほんの一部しか理解できていないと思っているわ」
「い、いや……俺としては全力を出し切ってましたが……」
休憩スペースの長椅子は、隣同士に座ると隔てるものがない。アニエスさんの手が、俺の膝に触れそうなところに置かれている――なぜかこちらに指を伸ばして、触れるか触れないかというように動く。
彼女が俺に対してどう考えているのか、ここは一度冷静になった方がいい。そして俺はようやく、彼女に何が起こっているのか、原因の一端に思い当たる。
◆現在の状況◆
・『パープルラスト』の副次効果が発動 →『アニエス』の状態が『蠱惑』に変化
「あの時は必要なことをしたまでなのだから、あなたが責任を感じる必要はないのだけど……『螺旋杖』を使うと、どうしても後に引いてしまうというか……」
「っ……ま、待ってください。向こうの部屋には皆がいてですね……っ」
「ふふっ……しばらくはみんな出てこないでしょう? テレジアさんも美味しそうに食べていたし……彼女はあなたの分を分けてもらうのが嬉しいのね」
そう言いつつも、アニエスさんとの間にある距離が無くなってきている。オフショルダーの服なので、白い肩が直接当たってしまう。
彼女の瞳に、紫色の輝きが宿っている――よく見れば、身体全体が紫のオーラを帯びている。
『ジャガーノート再』と戦ったとき、アニエスさんは呪いの武器である『紫皇の螺旋杖』を使った。あのとき発動した『パープルラスト』は、おそらく『ベルセルク』と同じように、自分を強化する代わりにリスクが生じてしまうものだろう。
つまりアニエスさんは、自分に起きている変化をコントロールできないということになる。今日の彼女の服は首周りが露わになっていて、鎧を着ていると目立たなかったが、胸のあたりの起伏の大きさが分かってしまう。
「え、ええと……さっきも言いましたが、俺たちは競い合う相手で……」
「ええ……でも、私があのときあなたを仲間として信頼したことも、こうして生き残っていることを感謝することも、間違ってはいない……そう思わない?」
俺もそれは同じだ――同じではあるのだが、この状況でそう答えるのは危険すぎる。
ヨハンとアニエスさんの関係であるとか、旅団の人間関係だとか、何よりも俺がどうしたいか。思考は混乱を極め、この判断の遅れは致命的だ。
「あなたがどんなふうにして、今の強さを得たのか……それも気になるけれど、もっと知りたいのは、あなたがパーティの柱としてどんなふうに皆の信頼を得ているか。あなたのようなタイプのリーダーは、とても珍しいから……」
不思議に思われるのは無理もないが――これ以上距離を詰められると弁明のしようがなくなる。
「ア、アニエスさん。急な話で申し訳ないんですが、ちょっと背中を向けてもらってもいいですか」
「……もしかして、背中の紐が解けていたとか?」
そんなことは全く無いのだが、なんとかアニエスさんに後ろを向いてもらえた。前と同じ方法が通用するかは分からないが、やってみるしかない。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アザーアシスト』『支援高揚1』を発動 →『アニエス』の士気が13上昇
「……アトベさん?」
ここからどう指示すればいいのか――士気を使って状態異常を解除してほしい、と直接的に言うことができないので、なんとか誘導しなければならない。
「その……なんというか、明日に備えて気を引き締められるといいですよね」
「……気を引き締め……んっ……」
◆現在の状況◆
・『アニエス』が士気を消費して『蠱惑』を軽減
(よし、上手くいった……!)
アニエスさんの身体を覆っていた紫色のオーラが弱まる――よく見ると完全に消えていないが、武器の呪いが解けない以上は仕方のないことか。
こちらを振り返ったアニエスさんは顔を赤くしているが、やはり『蠱惑』状態における行動は、彼女の本意には反しているのだろう。
「……何度もお手数をかけてごめんなさい、迷宮の外では滅多に起こらないのだけど」
「いえ、一度見たことがあって良かったですよ。対処できるなら大きな問題は……いや、まあその、何というか」
「そういう意味でも、共闘したのがアトベさんで良かった。こんな姿を見せたら、他の子たちに示しがつかないし……」
「事情は分かってくれると思います。ああいや、俺が誰かに話したりすることは無いですが」
強力な武器ではあるが、反動で気分が変わってしまう――端的に言ってしまえば、誰かを誘惑するとかそういう状態になってしまう。そんな事情はできれば隠しておきたいだろう。
「……そろそろ戻りますか。実を言えば、他にも色々と聞きたいことはあったんですが」
「……団長がなぜ、秘神の心臓を求めているのか。それについては……」
「それは、終わったあとに直接彼から聞くべきだと思ってます。負けるつもりはありませんし」
はっきりと言い切る。少し前ならば、旅団のメンバーを相手に啖呵を切るというのは考えられなかった――だが、俺達がいるのはもうそんな段階じゃない。
「先に迷宮を踏破するのは私たちです。互いに最善を尽くしましょう」
今までなら、ここで彼女は俺たちと競う関係なのだからと、突き放すような態度に変わる――そういう認識があったのだが、今は違った。
アニエスさんが右手を差し出してくる。俺が握り返すと、彼女ははにかんだ笑顔を見せた。
それを見ているうちに、脳裏に過ぎるものがあった。『閉眼の未来視』に見せられた、旅団が全滅し、アニエスさんが命を落とすという光景。
「……アニエスさん、実は……」
馬鹿げていると思われるか、怒りを買うようなことだと分かっていた。それでも話しておくべきなのかと迷った――だが。
「そろそろ戻りましょうか。ルウリィのことでこうした機会ができて、話せたことは嬉しいけれど……」
アニエスさんが立ち上がり、先に部屋に戻っていく。引き止めてまで話すべきなのか、答えが出なかった。
あの光景に意味があると考えるのは、同じように俺たちも――五十嵐さんも危機に陥るということだ。ただ考えるべきは、あの光景を現実にしないために何ができるか。今はそう切り替えることにした。
◆◇◆
ルウリィはアニエスさんと一緒に宿舎に戻っていき、俺たちも帰途についた。
歩きながらの時間も有効に使いたいということで、エリーティアの技能について相談することになった。
◆エリーティアの取得可能な新規技能◆
スキルレベル3:
∪リフレクトブルーム:自分の周囲に『緋花』を発生させ、物理・魔法攻撃を防ぐ。『緋花』は破壊された際に『剣気』に変換される。必須技能:クリムゾンパレス
スキルレベル2:
フレンジーパリィ:敵の攻撃に対して『パリィ』を成功させるたびに攻撃力、速度が上昇する。連続で成功するほどに効果は大きくなる。必須技能:パリィ
剣気の技巧:一部の武器、そして剣士自身が持つ『剣気』の制御が可能になる。必須技能:剣の極意2
残りスキルポイント:5
「これは……どちらも防御系の技能か。それもかなり強力みたいだな」
「『リフレクトブルーム』……この『緋花』はどれくらいの攻撃を防げるかが分からないけど……スキルレベル3で、『クリムゾンパレス』が必須なら、相応に強力な技ということね」
「『フレンジーパリィ』も強力だな……それに今まで取ってない技能もある。だけど、この『剣気』が気になるな」
ムラクモは、以前手に入れた素材『オーシャンマンティスの鎌刃』から『剣気』を吸収し、その能力を得た。『剣気』とはそういったものだけでなく、剣士系職業が使うことのできる特殊なエネルギーということになるのだろうか。
「『リフレクトブルーム』の効果で『剣気』を生成できるなら、『剣気の技巧』も同時に取った方がいい。スキルポイント5は大きいが……」
「ええ……でも、相応に得られるメリットがあると期待しましょう。この二つの技能を取るわね」
エリーティアが技能を選択する――その瞬間に、彼女の身体を薄く光が覆い、それはすぐに見えなくなった。
「これが『剣気』……すごい。今までよりも、剣の柄が手に吸い付くみたい……」
「そ、それは凄いな……」
『アンタレス』の柄を握って、少し恍惚としているようにも見えるエリーティア――剣に魅入られているわけではないが、その表情には何と言うか、艶めいたものがある。
「…………」
次はテレジアの技能を検討する。隣に並んできたテレジアに、彼女の技能を表示してライセンスの画面を見せる。
「っ……これは……」
◆テレジアの取得可能な新規技能◆
スキルレベル3:
?グラットンコール:『暴食』の能力を発動し、周辺の魔物から魔力を奪う。一定以上の魔力を蓄積したときに『深淵の手』を発動する。
スキルレベル2:
?コラプトスロー:武器を投擲する際に使用できる。敵に弱点が存在するとき、命中時に『怠惰』を発動させる。
ヴェノムウォーク:自分が移動した軌道上に『毒痕』を発生させ、触れた敵に被害を与える。必須技能:アンチボディ
×レストレーション:睡眠中に起きる成長について、効果を増大させる。成長限界についても通常の睡眠よりもごくわずかに上昇する。
スキルレベル1:
リアクトリキッド:敵の攻撃による被害を軽減する液体の膜を作り、全身を覆う。必須技能:リザードスキン2
残りスキルポイント:5
技能の前に『?』のマークがついている。未確定を示すその記号が、技能においては何を意味するのか――『グラットンコール』『コラプトスロー』のどちらにも、見たことのない能力がついている。
「『暴食』と『怠惰』……『深淵の手』。すまないエリーティア、少し見てもらっていいか?」
エリーティアに画面を見てもらうが、彼女も見たことがないようだ。内容だけ見ると強力な技にも見えるが、取得に踏み切るには情報が少ない。
「ごめんなさい、私も初めて見る能力で……でも、すごく強力そうには見えるわね」
「本当にな……もう少し情報が欲しいな。現時点で効果がはっきりしている技能を取った方がいいか」
テレジアはこくりと頷く。そうすると『ヴェノムウォーク』も有効な場面はありそうだが、どちらかというと防御面の強化を優先したい。
『業魔の戦人形』との戦いで、テレジアは重傷を負った。今でも記憶に焼き付いている――どれだけ準備をしても、『支援防御』があっても、完全に危険を排除できるわけじゃない。
まだ取っていない技能の中に、防御に関係するものがある。それが『リザードスキン2』だ。
◆テレジアの取得可能な技能◆
リザードスキン2:亜人の固有技能。一定時間の間『変身』を行い、個人の特性に応じて属性耐性が大きく変化する。変身中は固有の攻撃技能を使用することができる。
「この『リアクトリキッド』と、『リザードスキン2』を取っておこう」
「…………」
テレジアは『レストレーション』が気になっているようだが、それはまだ取ることができない。成長限界がごくわずかでも上昇するという効果は、とても有用だと思える――できるだけ早く取得条件が判明するといいのだが。
技能を取得すると、テレジアは自分の両手を見つめる――何かが変わったという感覚があるのか。
「『変身』する技能……どんなふうかしらね」
「そうだな……時間があれば、一度効果を見ておきたいところだが。固有の攻撃技能っていうのも気になるな」
「…………」
歩いているうちに自分たちの宿舎が見えてきた。帰ったら入浴の時間か――前世では、立て込んでいるときは手早くシャワーで済ませることなどもあったが。
「あ……スズナたちが呼んでるから、ちょっと行ってくるわね」
「ああ、また明日。今日はゆっくり休んでくれ」
「……テレジアも今日は一緒に入る? その、お風呂の話だけど……」
「っ……」
エリーティアがそう尋ねると、テレジアは俺の方を見た――俺はというと、背中を流してくれるのは素直に有り難くはあるのだが。
「…………」
今日のテレジアはいつもとは違い、エリーティアの誘いに頷きを返す。エリーティアもその返事が意外だったようだが、俺に目配せをすると、テレジアを連れて先に宿舎に戻っていった。
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