第二百四十九話 羽衣/親友
五十嵐さんたちは宿舎の部屋で一息ついているとのことで、ルカさんと助手の女性を連れてやってきた。
「『水蛇の崇拝者』が落とした『天の乙女の羽衣』ですが、修復に必要な素材が集まりました。『隻眼の愚視』が落とした布が使えるということで……」
「ええっ……あ、あの魔物から手に入った素材なの?」
「すごい装備ができそうですね……『天の乙女』というと、やっぱり『戦乙女』のキョウカさん向きの装備なんでしょうか」
「装備できるのは現状だとキョウカとスズナね。どちらが装備するか次第でサイズを合わせないといけないから、今日はうちの社員を連れてきたわよ」
「ブティック・コルレオーネのハンナです。いつもうちの社長がお世話になっております」
ルカさんが七番区から呼び寄せた彼女は、髪の色は極彩色で派手な見た目をしているが、それに反してと言ってはなんだが礼儀正しい人物だった。
「よろしくお願いします、ハンナさん。私はキョウカ・イガラシと言います」
自己紹介をする五十嵐さん――だが、ハンナさんはじっと五十嵐さんを見たままで動かない。
「……これは……特注の必要があるわけですね。今の装備品についても調整した方がいいかもしれません」
「えっ……サイズはちゃんと合ってるから大丈夫ですよ?」
「ハンナ、とりあえず二人とも採寸はしておいて。アリヒト、アタシたちで装備の調整をさせてもらってもいい? 成長期のメンバーもいるし」
「はい、ぜひお願いします。俺はもうサイズが大きく変わったりはありませんが……」
「アンタも戦ってるうちにどんどん鍛えられてるわよ。それもちゃんと考慮して余裕を持たせてあるから安心なさい」
ルカさんはそう言って笑うと、改めて五十嵐さんとスズナを見やる。
「さて……どっちが装備するか決めた? 検討の材料にもなるし、改めて装備の情報を見せるわね」
◆★天の乙女の羽衣◆
・魔力を消費し、敵からの攻撃による被害を軽減する。
・技能を使用した際に消費する魔力が減少する。
・『全属性軽減1』が付与されている。
・『回避力』が大きく向上する。
・『飛翔天駆』の技能が使用可能となる。
・同時に装備できるものに制限がある。
・特定の条件を満たした場合に装備できる。
・破損していて性能が発揮できない。
ライセンスで情報を見るとまだ『破損している』と表記されているが、それはこれから修復を行うということだ。
「ルカさん、この『特定の条件』というのは……」
「装備できる職業に制限があるっていうことよ。まあ、他にもあるんでしょうけどね」
その『他にもある』部分が気になるのだが――ルカさんは芯を食った言い方を避けているように見える。
「この『同時に装備できるものに制限がある』っていうのは、具体的にはどう制限されてるのかしら」
「『天の乙女の羽衣』は軽装だから、重装備と併用することはできないわ。キョウカが装備するのなら『ヴァリアブルクロス』は使えないということよ」
「それなら、スズナちゃんが装備する方が良さそうね。スズナちゃんの今の装備は、特殊な効果がついてないものだし」
「でも、『回避力が大きく向上する』というのは接近戦に向いている効果だと思います」
「スズナちゃんも回避力はできるだけ高くするに越したことはないと思うわ」
『支援防御』でスズナを守るのはもちろんだが、防具の効果もあればさらに万全になる。検討の結果、『天の乙女の羽衣』はスズナが装備することになった。
「では、採寸に入らせていただきます。お二人はこちらへどうぞ」
ハンナさんに連れられて二人が部屋を出ていく。それを見送ったあとで、ルカさんが何か言いたげに俺を見た。
「……あれの装備条件だけど、そういう装備っていうのは他にもあったりするから、今さら気にすることでもないんだけどね。アリヒトのパーティの子たちはみんな条件は満たしてるのよ。職業も合わせて考えるとあの二人だった、っていうだけでね」
「それは……ええと、結局どういう……」
「アンタはあの子たちをいい方向に導いてる。本当にいいリーダーを選んだってことね」
ルカさんは俺の肩に手を置いて笑いかけると、先に部屋を出ていく――残された俺はすぐについて行く気になれず、いったん手近なソファに腰掛けた。
悪い方向というと、カルマの話だろうか。確かにカルマが一時的に上がることはあってもその後下がっているので、今のところ問題はない。
逆にカルマが上がることで装備できるものもあるのかという考えが頭を過ぎるが、それについては俺たちには縁がない装備だと思うべきだろう。
◆◇◆
マリアさんの作った夕食を摂ったあと、俺はもう一度宿舎を出た。
ルウリィはまだ旅団の所属になっている。そのため、俺たちと同じ宿舎を使うことができず、他の場所で寝泊まりすることになっていた。
同行してもらったのはエリーティアとテレジアの二人だ。珍しく武装していないエリーティアは、おさげも下ろしていて別人のように見える――しかし念のためということか、剣は携行している。
「ありがとう、私も一緒に行く許可をくれて」
「こちらこそすまないな、せっかくゆっくりできる時間なのに」
「……本音を言うと、アリヒトが別行動をするのは少し心配だから。アニエスさんたちも、アリヒトのことが気に入ったみたいだったし」
「行きがかり上とはいえ、共闘したわけだからな。だが、気に入られたというのはどうかな……エリーティア、どうした?」
エリーティアは何か言いたそうにしている――怒っているというわけではないようだが、どこか不満げにも見える。
「あなたの支援を受けた人が、どんな印象を受けるのか……すぐに忘れちゃうみたいだから、何度も改めて言わないとね」
「え……ま、まあそれは、パーティ内の役割だからな」
確かにエリーティアの言う通り、俺の支援によって信頼度が上がりやすいというのは失念しがちだ。『アザーアシスト』を使って支援した人々にもそれが適用されているなら――と言っても、一度組んだくらいでは影響はさほど無さそうだが。
「信頼度のこともあるけど、アリヒトと組んだら、こんな後衛がいたら……って思うのは当然のことだと思うわ。みんなあなたの能力を見たら、高く評価をせずにはいられないはずよ」
「それは光栄な話だが……一つ区が上がればそれだけ敵も強くなるし、常にまだまだだっていう感覚がある。実際、上には上がいるからな。俺より優秀な後衛だって……」
「…………」
テレジアが俺の袖をつまんでくる――彼女はふるふると首を横に振る。
「レベルが高かったり、何かに特化した能力を持つ人だったり、色々な後衛職の人は確かにいるでしょうけど。でも、アリヒトはやっぱり特別なの。それは分かっておいて」
「俺はエリーティアの『フローレスナイト』の方が、特別な感じがしてるけどな」
「っ……私のことは今はいいの、本当に必死だっただけで、どうして変わったのかもよく分かってないし」
「緋の帝剣……今はアンタレスか。それが関係あるのは確かだが、ということは、ヨハンも特殊な職業に変わってる可能性があるか」
「……兄さんの元の職業は『法務官』だけど、別の職業に変わっていたはず。でも、近しい人にしか職業名は明かしていないの」
エリーティアの言葉からは、家族である彼女でも兄との距離が遠いことが感じ取れた。なぜそうなってしまったのか、ヨハンがある時期を境に変わったとしたら理由は何か――難しいとしても、やはり知りたいという気持ちはある。
「兄さんは法務官の仕事をしていて、迷宮国でも最初に同じものを選んだの。私が知っている兄さんの技能は、相手の行動に影響を与えるようなもの……例えば『一定時間特殊攻撃をしてはいけない』だとか」
「それだけでもかなり強力だな……それで『群青の礼剣』という武器を持ってるんだよな」
「ええ。他の色銘武器は、アニエスさんが持っている紫色の杖と、あと一つ……シロネが装備しようとしてできなかった『双剣』があるはずよ」
これまでに三つ手に入れているということから、白夜旅団の労力がうかがえる。俺たちはここまで探索してきて、一度も自分たちでは『色銘武器』を見つけていないからだ。
「今後、俺たちも見つけることがあるかもしれないが……扱いは慎重にしないとな。エリーティアが使いこなすまで、どんな思いだったかを見ているから」
「……ありがとう。アリヒトたちが私を怖がらないでくれたから、勇気をもらえたの。一人だったら、どうにもならなくなってたと思う」
今になって気づく――エリーティアが見せる表情が、柔らかくなっている。
いつも冷静であろうとして、それでも気持ちは急いでいて。人よりも早く大人のように振る舞わなければならなかったエリーティアが、今は自然に振る舞えているということか。
「だから今度は、私が皆のためにできることをしたい。テレジアが話せるようになったら、私も色々な話をしてみたい……大事なことも、何気ないことも、どんなことでも沢山」
「…………」
テレジアはエリーティアの言葉に、かすかに笑ったように見えた――口元しか見えないが、感情の機微が見えることはある。
彼女は亜人というものに対する常識の外にいるのかもしれない。それでも、現状で満足するという選択は俺にはない。
「きっとアリヒトが思っている以上に、私たちもテレジアのことを大切に思ってるから」
「……ありがとう。いや、俺が代表みたいな顔をしてそんなことを言うのも違うか」
「ううん、代表なのは間違いないわね。アリヒトがテレジアを大事にしているところを見ると、私も自分のことみたいに嬉しくなるから……あっ……」
「…………」
聞いているだけで恥ずかしくなったということか――テレジアの蜥蜴のマスクが赤くなってきている。
「ごめんなさい、勝手に私の気持ちばかり言って」
「…………」
テレジアは首を振る。気にしないでいいというその仕草だけで、彼女が友人想いだということが伝わる。
つい足を止めていたが、俺たちはすでに白夜旅団が使っている宿舎の近くまで来ている――というところで。
「……ごめんなさい、邪魔をしてはいけないと思ったのだけど」
「っ……ア、アニエスさん」
話に意識が向いていたとはいえ、アニエスさんが近くの街灯の下にいることに気づかなかった。
さっきまでの話を聞かれていたから――ということか、エリーティアは少し気恥ずかしそうにする。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いえ、こちらも宿舎で会うつもりだったのだけど、メンバー間で少し話し合いをしていて……」
「『神戦』に臨むメンバーを決めている……っていうこと?」
エリーティアの問いかけに、アニエスさんは答えない――だが、表情を見れば肯定と受け取れる。
「私たちは複数のパーティの共同体だけれど、みんなヨハン……団長と行動を共にしたいと思っている。けれど、優先するべきは八名で編成したときに、それが旅団として最良の構成であるかどうか」
「アニエスさんは参加する……ということですよね」
「……ええ」
彼女は少し申し訳なさそうな顔をする――しかし、すぐにその瞳は涼やかさを取り戻す。
「向こうのお店で、個室を借りておきました。そこでルウリィも待っているわ」
アニエスさんは俺たちを案内してくれる。足を運んだ先は、脇の路地に入ったところにある、簡素な看板だけが出ている店――個人経営の酒場だった。
店員に奥まで通され、個室のドアをノックする。すると、内側から扉が開いた。
「わお、緊張したお顔。エリー、アトベさん、来てくれてありがとう」
「っ……ルウリィ、そんなふうに茶化して……」
ミサキも人懐っこいとは思うが、ルウリィの明るさは見ているこちらも影響されるものがある――エリーティアも戸惑ってはいるが、その横顔は嬉しそうだ。
部屋に入り、席に着く。テーブルを挟んでルウリィとアニエスさんが向こう側に座り、俺とエリーティア、そしてテレジアは対面に座った。
「アニエスさんが身の回りのものを揃えるのに付き合ってくれて、ひとまず落ち着きました。でも、私の気持ちはもうアニエスさんには伝えてます」
「……本当なら、無条件にルウリィの申し出を受け入れるべきだと分かっているわ。私たちのしたことは……」
アニエスさんが言い終わらないうちに、ルウリィは彼女をやんわりと制し、首を振った。
「私は旅団の皆と一緒にいて、楽しかったこともあった。団長のことは全部は分からなかったけど、私を助けるために他のメンバーが危険を冒すのは駄目だから……」
ルウリィは気丈に振る舞うが、それが本心の全てであるはずはなかった。
「……本当は……本当に思ってたことは、でも、やっぱり言っちゃいけないから。私は、エリーやお兄さんたちが来てくれて嬉しかった。魔物の言うことを聞かされて、魔物を治して、探索者のみんなを傷つけて、それでこんなことを思うなんて間違ってるけど……っ」
起きてしまったことを忘れることはできない。猿侯に操られている間の記憶が消えていたなら、どれだけ良かっただろう――だが、そうはならなかった。
「俺は……俺たちは、ルウリィを助けることができて嬉しい。そのことは、他の全ての事情を置いて考えてほしい。絶対に変わらない事実だ」
自分の言葉にどれほどの力があるとも思っていない。それでも、言わなければ伝わらないと思った。
「エリーティアは俺と会った初めのときから、ずっと君を助けることだけを考えていた。その時はまだ、ここでこうして君と会うことに現実的な想像ができていなかった……それでも、エリーティアがそれほどに助けたいと思う相手を、自分も助けたいと思った。そこに迷いはなかったんだ」
ここまでに何があったのか、どうやってここまで来たのか。苦労をしたという話がしたいわけじゃない、ただ伝えたい――助けたかったというその思いを。
ルウリィの頬に涙が一筋伝い落ちる。それは止まらず、幾筋も同じ道を辿り、テーブルの上に雫が落ちる。
席を立ったエリーティアが、ルウリィの傍らに寄り添い、抱きしめる。アニエスさんの目は赤らんでいるが、彼女は泣くことはしなかった。
「……私は、あなたがどんな人なのかを、ほんの少しだけ見せてもらった。だから、あなたが今どれほどの思いで話しているのかも分かるつもりよ」
「元来は、もっと起伏のない人間のつもりだったんですが……こればかりは、感情的になることを許してください」
「起伏がない……なんて。私が見たあなたは……」
アニエスさんは続きを言わない。言いかけて、言葉を抑えているように見えた。
その横で、ルウリィがエリーティアの背中を優しく叩き、いったん離れる。そして彼女たちは泣きながら笑い、お互いの目元をハンカチで押さえる。
「はぁ……こんなに泣かせられちゃって、私としては、アトベお兄さんにどうやって恩返しをしようかなっていう方向に進んでるんですけど……ねえエリー、どうしたらいい?」
「それは……アリヒトはあまりお礼とか、進んで受け取らない方だから。ルウリィが元気なら、それでいいと思うわ」
「またエリーも泣かせようとする……私のために凄く頑張ってくれて、それでやっと会えたらこんなに優しくて。やっぱりエリーと会えて良かったなって」
「ははは……いや、本当に仲が良いんだな」
見ていれば十分に分かることだが、改めて言われるのは照れるものがあるのか、二人とも落ち着かなそうにしている。
エリーティアが親友の前でこんな振る舞いをすると知ったら、ミサキとスズナはどう思うだろう。ルウリィも交えて、ますます同年代で親交が深まるだろうか。
「あ、今日はアニエスさんが持ってくれるそうですから、何でも頼んじゃっていいですよ?」
「ああいや、そんなわけには……」
「気にしないでいいのよ、私個人としてもアトベさんに何かお礼をするつもりだったから」
常に俺に対して身構えているように見えるアニエスさんだが、今回は少しだけ違うらしい――彼女は長い三つ編みに触れつつ、メニュー表をこちらに見せてくれる。
「これは……」
「あなたたちのパーティに『フォレストダイナー』のシェフが加入したと聞いたけれど、このお店も美味しい料理を出してくれるから、遠慮なくオーダーするといいわ」
さきほど夕食を摂っているので、軽めに頼んだほうがいいだろうか。しかしアニエスさんは、遠慮は要らないというように微笑んでいる――ここは慎重な判断が求められる場面だ。
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