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9.森の深部

 深い森の中では、日が暮れてしまえば動きが全く取れなくなる。ホロホロ鳥の丸焼きでお腹もいっぱいになった一行は、今夜はこの場にとどまって、疲れた身体を休めることにした。

 モナクシア王国のあるこの世界には、月が二つ存在する。一つは大きな青い月で、もう一つは小さな赤い月だ。青い月はタクスィ、赤い月はケイオスと呼ばれている。今夜はタクスィが満月で、天頂に居座って、やわらかな光を地面にそろそろとそそいでいた。

 月明かりの中、後ろ手にとぼとぼ歩くマルスが、ふと独り言を呟いた。

「ほうほう、こんなところに月影草ナイトシェードの花がいっぱい咲いているでし。迷いの森にこんな薬草の楽園があるなんて、知らなかったでし」

 ジュラが、物珍しそうに覗き込んできた。

「へー、こんなのが秘薬になるんだ」

月影草ナイトシェードは、夜にならないと花を咲かせないでしからな。あー、ジュラさん。うっかりさわったらだめでしよ。ちっちゃくても猛毒でし」

「えー、先にそれをいいなさいよ! 危うく、匂いを嗅いじゃうところだったじゃないの」

 マルスは背中の荷物袋から油紙を取り出すと、両方の手を紙で包み込んで、直に月影草ナイトシェードに触れないように十分に気を配りながら、株をいくらか摘み取った。


 翌朝になって、あたりが十分に明るくなると、メミルが今後の探索の方針を説明し始めた。

「いいか、おれたちは樫の木の分かれ道を、左の道だけを選んで三回続けて進むことで、ここにたどり着いている。そして、このあと右に行けば、最初の地点に戻されてしまうことも確認済みだ。だから、おれたちが次に選択すべき道は左しかあり得ない、ということになる」

「四回続けて左の道を選べば、いよいよ迷いの森の本体に入ることができる、というわけでしな」

「さすがはメミルね。うちが見込んだだけのことはあるわ」

 全員が納得して、左の道が選択された。そして、メミルの推測どおり、四回目となった左の道の行きつく先は、これまでの風景とは一変していた。

「見ろよ、景色が全然違うぜ」

「ほんとでし。動物や鳥がいっぱい増えているでし。これが真の森の姿なんでしなあ」

「さすがはメミルね。うちが見込んだだけのことはあるわ」

 さっきまで歩いていた人が踏み固めた小道は、気づかない間に途切れてなくなっていた。いまいる場所はちょっとした野原だ。色とりどりの花が咲き乱れて、きれいなお花畑ができている。樹木の皮が発するつんとした芳香と、黄色や瑠璃色の小鳥たちのさえずりが、三人を包み込んで、リスやウサギもあちこちでひょっこり顔を出して、まるで歓迎しているかのようにじっとこちらを見つめていた。


 とその時、三人の前に鹿のような大きな影が現れた。距離はせいぜい二百ヤルデといったところか?

「あー、いたいた。あれよ、あれが金羚羊ズラトロクよ!」とジュラが小声で、メミルにささやいた。

「あれが……、ただの山羊じゃねえか? たしか、角は金色だとかいってなかったか?」

「きっとまだ子供なんよ。だから、角にまだ色がついてないんだわ」

 ジュラがいいわけをした。

「キクロス・トウ・ネロウ!」

「わっ、マルス。びっくりした。なによ、いきなり大声出しちゃって?」

「ひょっとして、魔法か?」

 見ると、マルスの両手から発射された水流が、帯のように丸く伸びて、獣のまわりをぐるぐると取り囲んでいた。

「どうでしか? 第二水準の魔法でし。これこそまさに、日ごろの特訓の成果なのでし!」

「わー、水でできた輪の中に山羊さんが閉じ込められちゃっている。すごい手品だねー」

 地面にぺたんこ座りしたジュラが、感心して眺めていた。

「だから、手品じゃなくて、魔法でしって……。メ、メミルさん――、早く捕まえてくださいでし」

「えっ、そうか?」

 急に名前を呼ばれて、メミルが驚いていた。

「メミルさん、第二水準の魔法はエネルギーの消耗も激しいのでし……」

「ああ、そうなのか」

「あの、早くしてくださいでし。もう、限界でし!」

「メミル、どうするの? マルスの水流、だんだん勢いがなくなってきたわよ」

 ジュラがメミルに視線を向けると、メミルは申し訳なさそうにいった。

「あのなあ、マルス。そいつを捕まえるのはやめよう。まだ、子供じゃないか。なんだか、かわいそうになってきた」

「そんなあ――、……でし」

 その一言を最後に、水流は消え去って、マルスはパタンと前のめりに倒れた。

「あららら、伸びちゃった。メミル、どうするん?」

 ジュラがあくびをしながらマルスに近づいていくと、マルスが弱々しい声でいった。

「お腹すいたでし。ジュラさん、さっきの腸詰め、返してくれないでしか?」

「マルス、あんた最低ね」

 ジュラは笑いながらマルスに手を差し伸べた。


 やみくもに森の中を彷徨っていても、いたずらに迷子になるだけだ。そう考えて一行は、獣が立ち寄りそうな水場の近くで、じっとしていることにした。

「おい、ジュラ。お前が今回の計画のいい出しっぺだ。これから金羚羊ズラトロクを捕獲するための作戦が、なにかあるんだろう。そろそろ教えてくれないか?」

「簡単よ。メミルが捕まえるんよ」

「だいたい、おれたちは弓も矢も持っていねえ。いったいどうするつもりなんだ?」

「そんなん、うちにわかるわけないでしょ? そこから先は、メミルが考えればいいじゃない?」

 二人の会話を黙って聞いていたマルスが、やがて心配そうに訊ねてきた。

「ひょっとして、ジュラさん。うちにまかせとき、といっていた秘策とは――、要するに『メミルさんが、金羚羊ズラトロクを捕まえる』、ということでしか?」

「そうよ、メミルなら、金羚羊ズラトロクにだって素早さで負けはしないでしょ?」

 メミルとマルスが同時に肩を落とした。

「お前なあ、獣とスピードで競うことと、獣を生け捕りにすることは、全然、全く、てっぺんから意味が違うんだぞ!」

 メミルが叱責すると、吊り上ったジュラの碧い目にじわじわと涙が湧き出してきた。

「うわーん、みんなでうちのことをいじめてー。なにが嬉しいんよー」

「やられた。またこれだ……」

 メミルは耳をふさぎながらぼやいた。

「どうやら、策はこれから真面目に練り直さなければならなさそうでしな」


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