悪役転生
アレンは侯爵家の屋敷を歩いていた。
いつもと変わらない一日だった。
廊下ですれ違う使用人たちは、アレンの姿を見ると頭を下げる。
「おはようございます、アレン様」
「ああ」
アレンは短く返事をする。
侯爵家の長男である自分にとって、それは当たり前の光景だった。
広い屋敷。
大勢の使用人。
何不自由ない生活。
自分は恵まれている。
アレンはそんなことを考えながら歩いていた。
そのときだった。
「……っ!」
突然、激しい頭痛がアレンを襲った。
「ぐっ……!」
頭の奥を直接殴られたような痛みだった。
足元がふらつく。
壁に手をつこうとしたが間に合わず、アレンはその場にうずくまった。
「アレン様!?」
使用人の声が聞こえる。
だが、それどころではなかった。
頭の中に、知らない光景が次々と浮かんでくる。
知らない建物。
知らない人々。
知らない街。
そして、自分が経験したはずのない人生。
「なんだ……これ……」
頭痛とともに、記憶が流れ込んでくる。
自分は以前、この世界とは違う場所で生きていた。
そこでは魔法など存在せず、馬車ではなく鉄の塊が道を走っていた。
学校に通い、友人と話し、普通に暮らしていた。
そして――死んだ。
「俺は……転生したのか?」
その言葉を口にした瞬間、さらに別の記憶が蘇った。
今の自分。
アレン。
侯爵家の長男。
そして、その先にある未来。
アレンには婚約者がいた。
だが、婚約者から婚約破棄を告げられる。
原因は、アレンの日頃の行いだった。
自分より身分の低い者を見下し、周囲の人間にも横柄な態度を取る。
領地を継いでからも、領民の生活を考えずに重税を課す。
税を払えない村人が苦しんでも、それを気にすることはない。
当然、領民からの評判は最悪だった。
やがて、その噂は王家にも届く。
侯爵家を継ぐ人間として、アレンの領地運営能力を疑問視する声が上がる。
そして――
領地は没落する。
侯爵家も衰退する。
すべてを失ったアレンは、最後には領民から恨みを買い、村人たちによって殺される。
「…………」
頭痛が、嘘のように消えた。
アレンはしばらく、その場から動けなかった。
「アレン様、大丈夫ですか?」
使用人が心配そうに声をかける。
「ああ……大丈夫だ」
なんとか答える。
使用人に支えられながら立ち上がる。
そして、廊下の窓から外を見る。
そこには、いつもと変わらない侯爵家の庭が広がっていた。
何も変わっていない。
屋敷もある。
使用人もいる。
自分は侯爵家の長男だ。
婚約者もいる。
領地もある。
なのに、アレンだけが知ってしまった。
このまま何もしなければ、自分はすべてを失う。
そして最後には――殺される。
「……俺が?」
アレンは小さく呟いた。
まだ実感が湧かない。
自分が領民に恨まれる。
王家から見放される。
侯爵家が没落する。
そして殺される。
どれも今の自分からは遠い未来の話にしか思えなかった。
だが、頭の中に残った記憶だけは消えない。
「…………」
アレンは黙ったまま、自分の部屋へ戻ることにした。
今すぐ何かを決める気にはなれなかった。
ただ一つだけ分かっていることがある。
自分には、これから起こる未来の記憶がある。
そして、その未来では――
自分は死ぬ。
アレンは自室の扉を閉めた。
静かな部屋の中で、一人になった。
「……どうするかな」
その呟きだけが、部屋の中に響いた。




