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3026  作者: Dar_3026
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58話 観測者の休息

 観測室を出た瞬間、白い照明が目に刺さった。


「まぶし……」


 綾乃は目を細めた。

 薄暗い部屋でモニターを見続けたあとでは、廊下の明るささえ強すぎる。


「休め」


 後ろから奥田の声がした。


「休んでますよ。今、歩いてるだけですから」

「それは移動だ」

「細かいですねえ」


 綾乃は肩を回しながら、廊下の先にある休憩スペースへ向かった。

 壁際に自動販売機が二台並び、その向かいには簡素なテーブルと椅子が置かれている。


 窓はない。

 休憩場所というより、観測室から追い出された人間を一時的に置いておくための空間に見えた。


 綾乃は飲料の一覧を眺める。


「コーヒーにします?」

「いらない」

「そう言うと思いました」


 自分の分だけボタンを押す。

 紙コップが落ち、機械の中で液体の注がれる音がした。


「隊長、何時間でも同じ顔で立ってますよね」

「座っていた」

「そういう意味じゃないんですよねえ」


 紙コップを取り出す。

 香りは悪くない。


 一口飲んでから、綾乃は顔をしかめた。


「苦い」

「コーヒーだからな」

「もう少し気を使ってくれてもよくないですか。この仕事、目も頭も使うんですよ」

「砂糖を入れろ」

「そういう話でもないです」


 奥田は答えず、向かいの壁へ背を預けた。

 休憩を取れと言った本人に、休むつもりはないらしい。


「人の映像を何時間も眺めて、どこを見た、いつ足を止めたって調べる仕事」


 綾乃は紙コップを両手で包んだ。


「改めて考えると、趣味が悪いですよねえ」

「今さらか」

「隊長は見られる側の顔してますもんね」

「どういう顔だ」

「監視カメラに気づいたら、無言でレンズを見返してきそうな顔です」

「お前も見つけるだろう」

「私は、もっと愛想よく手を振りますよ」


 綾乃は実際に片手を振ってみせた。

 奥田の表情は変わらない。


「無視しないでください」

「想像できた」

「なら、ちょっとくらい笑ってもいいでしょう」


 紙コップを持ったまま、綾乃は椅子へ腰を下ろした。

 背もたれに体重を預けると、急に疲れが押し寄せてくる。


 ドローンを失った。

 監視対象には存在を知られた。


 しかも、御影だけではなく、経歴からは説明できない男まで見つかった。

 成果がなかったわけではない。


 だが、順調だったとも言い難い。


「三雲樹たち、来ますかね」

「白石澪の居場所を見つければな」

「私なら来ませんけど」

「そうか」

「光学迷彩を持った部隊が待ってる施設なんて、絶対嫌ですよ」

「向こうは知らない」

「だから来るんでしょうねえ」


 綾乃はコーヒーをもう一口飲んだ。

 先ほどより苦く感じなかった。


「白石澪は、どうします?」

「どうするとは」

「本人が帰りたいと言った場合です」


 奥田はすぐには答えなかった。

 質問の意味を測るように、綾乃を見る。


「任務上の判断を聞いています」


 綾乃は付け加えた。


「こちらが強引に連れてきたのは事実です。本人からすれば、保護と言われても納得できないでしょうし」

「あの場に残すほうが危険だった」

「それも分かってます」


 白石澪の研究は、すでに広く知られている。

 その価値を理解した組織が、今後現れない保証はない。

 十分な警備もないまま元の生活へ戻せば、次に動く相手がVPGと同じように人命を優先するとは限らなかった。


「安全を確保できるまで、帰すことはできない」


 奥田は言った。


「本人にも説明する」

「本人の意思に反しても?」

「ああ。だが、危害は加えない。説明は続ける」

「力ずくで?」

「それは保護ではない」


 短い答えだった。

 綾乃は紙コップの縁へ視線を落とした。


「連れてくるときは、結構な力ずくでしたけどねえ」

「緊急時だった」

「便利な言葉ですよね、緊急時って」


 軽く言ったが、奥田は否定しなかった。

 綾乃自身も、あの判断が間違っていたとは思っていない。


 白石澪を傷つける目的はなかった。

 危険な場所から遠ざけ、安全な施設へ移した。

 方法が本人の意思を置き去りにしたことと、その必要性を信じることは、綾乃の中では両立していた。


「三雲たちも、白石澪を守りたいだけでしょうね」

「ああ」

「目的は同じなのに、こっちへ来たら止める」

「施設へ侵入すればな」

「世の中、うまくいかないものですねえ」

「目的が同じでも、手段が違えば衝突する」

「隊長、たまに難しいこと言いますよね」

「難しくない」

「私が難しく感じたら、難しいんです」


 奥田は小さく息を吐いた。

 呆れたのか、笑いかけたのかは分からない。


「でも、敵ではないんですよね」


 綾乃は言った。


「現時点では」

「御影も?」

「同じだ」

「追跡を振り切られましたけど」

「こちらが白石澪を確保しようとし、向こうが阻止した」

「敵対行動では?」

「状況上の衝突だ」


 奥田の中では、線引きが明確だった。

 こちらの確保作戦を妨害したから敵。


 監視を妨害したから敵。

 そう単純には決めない。


 相手の目的と、置かれていた状況を分けて考える。

 だからこそ、樹たちを先に拘束する案も退けた。


「隊長って、真面目ですよねえ」

「さっきも聞いた」

「褒めてるんですよ」

「そうは聞こえない」

「褒め方にも個性がありますから」


 綾乃が笑ったとき、胸元の端末が短く振動した。

 画面を確認する。

 技術解析部からの通知だった。


「来ました」

「何がだ」

「喪失した観測機の設計仕様と、遠隔消去処理の検証結果です」


 綾乃は立ち上がった。

 半分ほど残っていたコーヒーを見下ろす。


「飲み切れ」

「戻りながら飲みます」

「こぼすな」

「子供じゃないですよ」


 そう答えた直後、紙コップの中身がわずかに揺れた。

 奥田の視線が落ちる。


「まだ、こぼしてません」

「まだ、か」

「言葉尻を取らないでください」


 綾乃は端末を操作し、届いた解析結果の概要を開いた。

 飛行記録、保存映像、通信履歴。

 読み出し可能な情報は、予定どおり消去されている。


 だが、一項目だけ処理保留の表示があった。

 暗号認証モジュール。

 綾乃の足が止まる。


「隊長」

「ああ」

「消されたのは、情報だけみたいです」


 奥田が端末を覗き込む。

 認証に使用する物理モジュールは、機体内部に残されたまま。


 鍵を直接読み出すことはできない。

 だが、部品として正常に動作する可能性がある。


「観測室へ戻ります」


 奥田が壁から背を離した。


「休憩は終了ですか」

「解析する」

「やっぱり移動しただけじゃないですか」


 綾乃は苦笑しながら、そのあとを追った。

 手元の端末には、解析結果が表示されたままだった。


 認証モジュール――動作確認中。


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