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3026  作者: Dar_3026
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57話 中心にいる男

 ドローンの映像を閉じると、綾乃は三雲樹の調査画面を開いた。

 先ほど指示された再調査は、すでに複数の検索系統へ回している。

 今表示されているのは、現時点で確認できる範囲の情報だった。


 三雲樹。

 三十二歳。


 道内の公立高校を卒業後、情報処理系の専門学校へ進学。卒業後は市内のパソコン修理店へ就職し、店舗が閉鎖されるまで勤務。

 現在、無職。


「綺麗ですねえ」


 綾乃は言った。


「何がだ」

「経歴が」


 転職歴はない。

 軍、警察、消防、警備会社への所属歴もない。

 競技射撃や格闘技の大会記録もなく、大学や研究機関へ在籍していた形跡もない。

 海外で長期間生活していた記録もなかった。

 表向きの経歴には、先ほどの反応を説明できる要素が一つもない。


「どこにでもいる一般人です」

「そう見える」

「隊長、その言い方は疑っている人の言い方ですよ」


 奥田は答えなかった。

 綾乃は樹の勤務先だった店舗の情報を開いた。

 主な業務はパソコンの修理、データ復旧、周辺機器の設定。小規模な法人向け保守も行っていた。


 樹の役職は主任。

 管理職ではない。


 技術者としての評判は悪くなかったようだが、特許や表彰歴があるわけでもない。


「修理屋としては優秀だった。でも、それだけですね」

「朝倉誠は」

「同じ店の元従業員です。三雲の同僚で、現在も行動を共にしている友人」


 隣に誠の情報を並べる。

 こちらも特殊な経歴はない。


 接客と販売を主に担当していた。戦闘訓練や諜報活動の経験も確認されていない。


「二人とも普通です」

「普通の二人が、御影と組んでドローンを捕獲した」

「そこが困るんですよねえ」


 綾乃は別の資料を開いた。

 科学技術フェアの会場記録。


 一般客が撮影した写真や、報道映像の一部が時系列に並ぶ。

 白石澪の展示ブース。


 その前に、樹と誠が立っている。


「白石澪との最初の接点は、この会場です」

「会話の内容は」

「記録に残っていません」


 映像の中で、樹が澪へ話しかけている。

 やがて澪の表情が変わり、二人の会話へ山城教授が加わる。

 何を話しているかまでは分からない。


 その後、澪は山城研究室へ出入りするようになり、超断熱材の研究成果が公表された。

 だが、公式発表に樹の名前はない。

 共同研究者でもなければ、協力者として紹介されてもいなかった。


「偶然、展示を見に来た一般客」

「それだけか」

「それだけなら、話は簡単です」


 綾乃は次の記録を表示した。

 北日本科学大学の正門付近。


 大学の外から撮影された映像に、樹と誠が映っている。


「科学技術フォーラムのあとも、大学へ出入りしています」

「頻度は」

「確認できただけで数回。ただし、継続的に監視していたわけではありません」


 樹が大学で何をしていたのか。

 研究室へ入ったのか。


 澪や山城と、どのような話をしたのか。

 そこまでは分からない。


 確認できるのは、樹と誠が大学を訪れ、山城研究室が入る建物の方向へ歩いていったことだけだった。


「公表資料に名前は?」

「ありません」


 超断熱材に関する報道記事と、学会発表の記録を並べる。

 名前が出ているのは、白石澪と山城雅人。

 三雲樹の名前は、どこにもない。


「研究者でも、共同開発者でもない」

「少なくとも、表向きは」


 樹が研究へ関与した証拠はない。

 澪に偶然出会い、その後も個人的な付き合いが続いただけかもしれない。


 奥田は画面を見たまま言った。


「友人なら、大学へ行くこともある」

「女子高校生と三十二歳の無職が?」

「言い方を選べ」

「事実を並べただけですよ」


 綾乃は口元を緩めた。

 奥田の表情は変わらない。


「白石澪との関係を疑っているわけじゃありません。気になるのは、三雲樹がどの立場にも属していないことです」


 研究者ではない。

 大学関係者でもない。


 澪の家族でも、学校の教員でもない。

 それにもかかわらず、澪の周囲で起きた出来事に、何度も姿を見せている。


 綾乃は時系列を進めた。

 白石家周辺の記録。

 工場での一件。

 神谷のガレージへ向かう車両。


 その後、樹と誠は御影と行動を共にしている。


「拉致の直前から、御影玲司との接点ができています」

「御影から近づいたのか」

「その可能性が高いです。三雲側から御影を探した形跡はありません」

「目的は白石澪の保護か」

「おそらく」


 御影が樹たちへ接触した。

 樹たちはその協力を受け入れた。

 ここまでは理解できる。


 理解しづらいのは、その後だった。

 御影は単独で動くこともできたはずだ。

 監視や追跡の専門家でもない樹たちを、行動へ加える必要はない。


 それでも御影は、樹をそばに置いている。


「御影が三雲を守っているようにも見えます」

「違うのか」

「それだけなら、監視機体に気づいた時点で遠ざけるはずです」


 だが、御影は樹と一緒に罠を作った。

 監視対象としてではなく、協力者として扱っている。

 綾乃はガレージ周辺の映像を呼び出した。


 捕獲装置を設置する誠と神谷。

 搬入口周辺を確認する御影。

 資材を運ぶ樹。


 誰か一人が全体を指揮しているようには見えない。

 神谷は装置を組み上げ、誠は必要な物を運び、御影は配置を確認する。

 樹は、その間を行き来していた。


「罠を考えたのは御影かもしれない。製作したのは神谷修司。朝倉誠も手伝っている」

「三雲は」

「作業を手伝っていただけに見えます」


 綾乃は映像を進めた。

 神谷が樹へ何かを尋ねる。

 樹が答える。

 神谷が装置の向きを変える。


 今度は誠が樹を呼ぶ。

 樹がそちらへ向かい、二人で資材を動かし始める。


 命令しているわけではない。

 声を張り上げて全体をまとめてもいない。


 それでも、誰かが樹へ問いかけ、樹が答えると作業が進んでいく。


「三雲が集めた人間ではありません」


 誠は元同僚。

 神谷は誠の知人。

 御影は澪を追って接触した。


 山城教授とのつながりも、札幌科学技術フォーラムで偶然生まれたものだった。

 樹が意図して組織を作った形跡はない。

 それなのに、人が集まっている。


「本人が誰かを動かそうとしているようには見えません」

「だが、中心にはいる」

「はい」


 奥田が相関図を見たまま言った。


「指揮しているんじゃない」


 綾乃は振り返った。


「こいつが動くと、周囲が動く」

「本人は無職ですけどね」

「肩書の話はしていない」

「ですよねえ」


 綾乃は樹の項目を開いた。

 現在の分類は、白石澪の関係者。

 監視優先度、通常。

 危険度、低。


「格上げします?」

「現時点で敵対行動はない」

「監視機体を捕まえられましたけど」

「自分たちを監視する機体を捕獲しただけだ」

「こちらとしては、まあまあ困るんですけどねえ」

「相手にとっては正当な防衛だ」


 奥田の声に苛立ちはなかった。

 事実を事実として切り分けている。


 樹たちは監視されていることに気づいた。

 その機体を捕獲した。


 それだけで、拘束する理由にはならない。


「先に身柄を押さえる選択肢は?」

「何の容疑でだ」

「危険な一般人」

「法的根拠にならない」

「VPGって、意外と真面目ですよねえ」

「意外は余計だ」


 綾乃は小さく笑った。


「白石澪を取り戻そうとしている可能性は高いです」

「そうだな」

「施設を見つければ、来ますよ」

「来るだろう」

「その前に止めたほうが安全では?」


 奥田は数秒、相関図を見ていた。


「こちらから動けば、周囲の人間も動く」


 樹一人を拘束すれば終わる相手ではない。

 御影は確実に追う。

 朝倉と神谷も動く可能性が高い。


 山城教授が公に動けば、澪の所在そのものが問題になる。

 強引に押さえれば、それまで敵ではなかった人間まで敵に回す。


「三雲樹の目的は、今のところ白石澪の救出だけだ」

「今のところは」

「ああ」


 奥田は短く答えた。


「目的を見極める。危害を加えない限り、観測を続ける」

「警戒対象には?」

「御影は現場脅威。三雲は――」


 奥田が一度、言葉を止めた。


「分からないから警戒する、と」

「そうだ」


 綾乃は分類欄へカーソルを移した。

 選択肢を開く。

 一般関係者。

 関連協力者。

 警戒対象。


 優先観測対象。

 最後の項目を選択する。

 画面上の表示が切り替わった。

 三雲樹。

 分類――優先観測対象。


 危険度――判定保留。


「随分と曖昧な評価になりましたねえ」

「正確な評価だ」

「何も分からないという意味では」


 綾乃は保存を実行した。

 相関図の中心にある樹の表示が、黄色から橙色へ変わる。

 その隣には、赤く表示された御影玲司。

 分かっているから警戒する男と、分からないから警戒する男。

 二人を結ぶ線だけが、他より太く表示されていた。


「御影玲司と三雲樹」


 綾乃は二人の名前を読み上げた。


「厄介な組み合わせになりそうですね」

「もうなっている」


 奥田の返答に、綾乃は肩をすくめた。

 画面の中では、樹が工具を手に、神谷たちと何かを話している。

 指示を出しているようには見えない。

 ただ、そこにいる。

 それだけで、周囲の人間が動いていた。

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