55話 消された記録
捕獲した機体は、ネットごと作業台へ運ばれた。
「ほんとにドローンだったな」
誠が少し離れた場所から覗き込む。
「まだ近づくな」
御影が言った。
神谷は厚手の手袋をはめ、ネットの隙間から機体のバッテリーを抜いた。
外装の隙間を確認し、細い工具を差し込む。
「車とは違うが、電源とモーターなら大体同じだ」
数か所の固定具を外すと、黒い外装が持ち上がった。
「ここから先は分からん」
神谷が場所を空ける。
樹は露出した基板を覗き込んだ。
複数の配線。その脇に、小型の記録媒体が差し込まれている。
樹はそれを抜き、端子を確認した。
「このままじゃ読めないな」
「ちょっと待て」
誠が、昨日持ち込んだ段ボール箱を引き寄せた。
用途不明として分けられたケーブルの山を探り、古いカードリーダーと変換アダプターを取り出す。
「これ、使えないか?」
樹は端子を見比べた。
「合いそうだ」
「用途、あっただろ」
「まだ読めるとは決まってない」
「そこは素直に褒めろよ」
変換アダプターを介し、記録媒体をネットワークから切り離した古いノートパソコンへ接続する。
しばらくして、画面に保存領域が表示された。
だが、中身は空だった。
「何も入ってない?」
誠が聞く。
「媒体自体は認識してる」
樹は画面を確認した。
「壊れてるわけじゃない。データだけがない」
「落ちた時に消えたとか?」
「それなら、媒体ごと読めなくなることが多い」
樹は空の保存領域を見つめた。
「たぶん、消された」
「じゃあ、何も分からない?」
誠の言葉に、御影が首を横へ振った。
「いや。回収された際に、情報を残さない設計だということは分かる」
捕獲された直後、操作者は機体を取り戻そうとしなかった。
代わりに、記録だけを消した。
回収される可能性を想定した機体だった。
「こっちは何ですか?」
樹は機首部分に並んだ二つの窓を指した。
一つは通常のカメラ。
もう一つは、黒く濁った小さな板で覆われている。
山城教授が顔を近づけた。
「研究室で使っていたサーモグラフィと似ていますね」
「熱を見るためのものなんすか?」
「おそらくは」
樹は黒い窓を見つめた。
昨日から感じていた視線。
屋根の下で弱まり、空の開けた場所で強くなった理由。
「ずっと、これで見てたのか」
「可視光だけではありません」
山城教授が機体の下面を示す。
小さなセンサーが、幾つも異なる方向へ向けられていた。
「観測することを優先して設計されています」
誠が腕を組む。
「ただの盗撮ドローンじゃないってことか」
「ああ」
御影は機体を見下ろした。
「人を見張るための機体だ」
誰が飛ばしたのか。
どこから操縦していたのか。
答えは消されている。
それでも、相手の眼は作業台の上に残った。
「最初の一手は取った」
御影が静かに言った。
「だが、向こうにも伝わった。私たちは、ただ見られているだけではない」
黒い二つのレンズが、動かずに天井を映していた。
黒くなった画面に、観測室の照明が映り込んでいた。
彼女は背もたれへ体を預け、息を吐く。
「やられたなあ」
機体との通信は切れている。
それでも、観測室側へ送られていた映像は残っていた。
捕獲直前まで巻き戻す。
一枚目のネットが展開される。
機体は後退し、上昇した。
判断に間違いはない。
罠を見つけた。
捕獲範囲も見切った。
最短の方向へ逃げた。
そして、その先で二枚目に捕まった。
一時停止する。
画面には、上方から広がるネットが映っている。
「一枚目は、追い出すためか」
罠を回避したのではない。
回避させられた。
こちらが罠を警戒することも、動いた網から離れようとすることも、すべて計算されていた。
「一本取られた」
「随分、素直だな」
背後から低い声がした。
彼女は振り返らず、映像を再生する。
「負けた時は、ちゃんと認める主義なんです」
「状況は?」
「観測機一機を喪失。機内記録は消去しました。認証情報と通信履歴の流出もありません」
「相手は監視に気づいていたのか」
「はい」
画面の中で、黒い機体がネットへ沈む。
「白石澪の保護に介入した者たち。その動向を確認するための監視でしたが――完全に見抜かれていました」
「この仕掛けを考えたのは、三雲樹か?」
「断定はできません」
彼女は別の映像を開いた。
ガレージへ入っていく大学教授。
搬入口を確認する御影玲司。
資材を運ぶ男たち。
「三雲樹が発端かもしれません。でも、一人で作った罠ではないと思います。役割を分けて動いています」
「評価を改める必要があるな」
「ですね」
彼女は机の上の空き缶を持ち上げた。
中身がないことに気づき、また置く。
「見ているだけで済む相手じゃなくなりました」
背後の男が、しばらく画面を見つめる。
「記録をまとめろ」
「通常報告ですか?」
「いや」
短い間があった。
「VPG本部へ上げる」
彼女は一時停止を解除した。
二枚目のネットが、再び画面いっぱいに広がる。
「了解です、隊長」
追われる側だった彼らが初めて、こちらの眼を捉えた。




