↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3026  作者: Dar_3026
PR
4/61

4話 最初の改造

 部屋へ戻ると、樹は買い物袋をテーブルへ置いた。

 ハンディファンを取り出す。

 見たことがないはずなのに。

 どこを開ければいいのか。

 どの部品が必要なのか。

 何となく分かる。

 工具箱を開き、精密ドライバーを一本取り出した。

 それは、まるで何度もやったことがある作業のようだった。

「おい」

 誠が少し真面目な声になる。

「本当にやるんだな」

「うん」

「まだ引き返せるぞ」

 樹は手を止めた。

 数秒だけ考える。

 それから、小さく首を振った。

「だから確かめる」

「もし失敗したら?」

「ハンディファンが一台減るだけ」

「成功したら?」

「……分からん」

 その答えに、誠は小さく笑った。

「だよな」

 樹も笑う。

「だから面白い」

 工具へ手を伸ばす。

 ネジへ手を伸ばしかける。

 違和感。

「……違う」

 無意識に、反対側のネジへドライバーを当てていた。

「そっちから?」

「……何となく」

 自分でも理由は分からない。

 ただ、その順番では駄目な気がした。

 誠は黙って樹を見つめる。

 さっきまでの軽口は、もうなかった。

「樹」

「うん」

「俺、工具持つ」

「ありがと」

「その代わり」

 誠は苦笑する。

「今日は横で見てる」

「それで十分」

 樹は静かに頷いた。

 精密ドライバーをネジへ当てる。

 深く息を吸う。

「……やるか」

 小さな金属音が、静かな部屋へ響いた。

 ハンディファンを裏返し、ネジを一本ずつ外していく。

 ケースが開くと、小さな基板とファン、そして銀色の冷却プレートが姿を現した。

「これがペルチェか」

 誠が覗き込む。

「たぶん」

「まだ『たぶん』なんだな」

 樹は苦笑した。

「名前は合ってる」

「でも、ここから先は知らない」

 そう言いながらも、手は迷わない。

 まるで何かの作業を思い出しているようだった。

 鉛筆の芯を細かく砕き、超音波洗浄機へ入れる。

 水を注ぐ。

 食器用洗剤を一滴。

 スイッチを押す。

 小さな振動音が部屋に響き始めた。

「……これ、本当に意味あるのか?」

「分からん」

「またそれか」

 誠は笑いながら腕を組む。

 三十分ほど経つと、洗浄機の中の水はうっすら黒く濁っていた。

 樹は静かに頷く。

「次」

 アルミホイルを細長く切る。

 何度も折り返し、小さな放熱フィンのような形を作っていく。

「そんな折り方、初めて見た」

「俺も」

「いや、お前が作ってるんだろ」

 二人で笑う。

 ペルチェ素子へ配線を繋ぎ直す。

 コネクタを差し込む直前、指先が止まった。

 違う。

 理由は分からない。

 けれど、このまま電源を入れたら、冷える前にどこかが焼ける。

 そんな確信だけがあった。

 樹は一度コネクタを置き、部品を見渡した。

「ああ……そうか」

 独り言のように呟く。

「順番が違う」

「え?」

「危なかった」

 誠の表情も真剣になる。

「今のも分かったのか?」

「……分かった」

 樹はもう一度最初から組み直した。

 今度は迷いがない。

 超音波洗浄機から取り出した液体を慎重に塗布する。

 乾燥を待つ。

 アルミホイル製の放熱フィンを固定する。

 配線を確認する。

「これで……」

 USBケーブルを差し込む。

 数秒。

 何も起きない。

「……失敗か?」

 誠が小さく呟く。

 その瞬間。

 冷却プレートが白く曇った。

「え?」

 樹が指先を近づける。

「冷たっ!」

 思わず手を引っ込めた。

 市販品とは比べ物にならない冷たさだった。

「おい、本当に冷えてるぞ!」

 誠も恐る恐る触れる。

「冷たっ!」

 二人は顔を見合わせた。


「……」



「……」


 どちらも言葉が出ない。

 樹は静かに立ち上がる。

 エアコンのカバーを開き、完成したユニットを仮固定する。

「本当に付けるのか?」

「ここまで来たら」

 電源を入れる。

 送風が始まる。

 数秒後。

 吹き出し口から流れてきた風に、二人は同時に手をかざした。


「……」



「……」


 冷たい。

 明らかに、さっきとは違う。

 部屋の空気が、目に見えない速さで変わっていく。

 一分。

 二分。

 三分。

「おい」

 誠が腕をさすった。

「寒い」

 樹も思わず笑った。

「……確かに」

「いや、お前笑ってる場合じゃない」

 誠はエアコンを見上げる。

「こんなの……」

 言葉が続かない。

 普通じゃない。

 常識じゃ説明できない。

 それだけは、二人とも理解していた。

 エアコンの風が、静かに部屋を満たしていく。

 ほんの数分前まで蒸し暑かった空気は、もう跡形もない。

 誠はソファへ腰を下ろしたまま腕をさすった。

「……寒い」

「設定、二十五度なんだけどな」

 樹はリモコンを見つめる。

 二十五度。

 さっきと同じ設定だ。

 変えたのは、たった一つ。

 エアコンの中に取り付けた、小さなユニットだけだった。

「あり得ねぇ……」

 誠が天井を見上げる。

「俺もそう思う」

 樹は苦笑しながら冷たい風へ手をかざした。

 冷えている。

 間違いなく冷えている。

 それも、市販品とは比較にならないほど効率よく。

「腹減った」

 誠が立ち上がる。

「実験も終わったし、昼飯にするか」

「ああ」

 樹はコンビニで買ったおにぎりを袋から取り出した。

 二人はテーブルを挟んで座る。

 テレビの電源を入れると、昼のニュースが始まった。

『今日も各地で猛暑日となる見込みです』

 画面には真っ赤な日本地図が映る。

『電力需要は今年最高を更新する見通しで──』

 冷房。

 節電。

 省エネ。

 聞き慣れた言葉が次々と流れていく。

「毎年同じニュースだな」

 誠がおにぎりの包装を開けながら言う。

「だな」

 樹も頷く。

 しかし、その視線はテレビではなく、エアコンへ向いていた。

[image=https://caita-image.com/image/01M0M09YFB2QR1AXNA14DVP2CV.jpeg]

 もし。

 もし本当に、この改造が再現できるなら。

 家庭だけじゃない。

 学校も。

 病院も。

 工場も。

 オフィスも。

 世界中のエアコンが、もっと少ない電力で動くかもしれない。


「……」


 樹は無意識に呟いた。

「これ」

 誠が振り向く。

「ん?」

「世界、変わるんじゃないか」

 部屋が静まり返る。

 誠はしばらく樹の顔を見つめていた。

 やがて、小さく笑う。

「まずは、その部屋だけにしとけ」

「……だな」

 樹も笑った。

 確かにその通りだ。

 たった一回成功しただけ。

 再現できる保証もない。

 安全かどうかも分からない。

 それでも。

 心のどこかで確信していた。

 これは偶然じゃない。

 何かが始まった。

 そんな気がしてならなかった。

 テレビでは昼のニュースが続いていた。

 猛暑の話題が終わると、画面が切り替わる。

『続いて、科学技術の話題です』

 研究施設の映像が流れる。

 白衣姿の研究者たち。

 その中に、一人だけ制服姿の少女が立っていた。

『全国高校科学コンテスト最優秀賞を受賞した白石さんです。研究内容が高校生としては異例の水準だとして、専門家の間で大きな話題となっています』

「異例?」

 誠が思わずテレビへ顔を向ける。

「すげぇな」

 画面の中の少女は、少し緊張した様子でインタビューを受けていた。

『今回の受賞、おめでとうございます』

『ありがとうございます』

 小さく頭を下げる。

『今回の研究で工夫された点を教えてください』

 少しだけ考えてから答える。

『効率が良かったので、この方法を選びました』

 記者は少し笑顔になる。

『なるほど。では今後の目標は?』

『改善します』

『改善……ですか?』

『はい』

 それ以上は続かなかった。

 数秒の沈黙が流れ、記者は慌てて次の質問へ移る。

 誠が吹き出した。

「終わった」

「インタビュー終わったな」

「記者さん困ってるじゃねぇか」

 樹も思わず笑う。

「まぁ、そうなるよな」

 画面では研究内容の紹介へ切り替わっていた。

 難しい数式。

 グラフ。

 専門用語。

 樹には半分も分からない。

 それでも、不思議と目が離せなかった。


「……」


「どうした?」

 誠が気付く。

「いや」

 樹は首を横へ振った。

「何か気になる」

「研究?」

「違う」

「じゃあ、あの子?」

「……うん」

 自分でも理由は分からない。

 頭が痛いわけでもない。

 知識が流れ込んでくる感覚もない。

 ただ。

 何となく話してみたい。

 そんな気持ちが胸の奥に残った。

「知り合いか?」

「初めて見た」

「じゃあ何で」

「分からん」

 誠は苦笑する。

「今日はそのセリフばっかりだな」

「俺もそう思う」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 笑いが落ち着いた頃、テレビではイベントの案内が流れ始める。

『なお、白石さんは今週末に開催される『札幌科学技術フォーラム』にも参加予定です』

 展示・体験ブースは一般公開。

 誰でも見学できるという。

 樹はテレビを見つめたまま、小さく呟いた。

「……行ってみるか」

「どこに?」

「札幌科学技術フォーラム」

 誠は嫌な予感しかしなかった。

「見学だけだからな?」

「もちろん」

「絶対話しかけるだろ」

「いや、展示を見るだけ」

「信用できねぇ」

 樹は肩をすくめて笑う。

「気になるものは、自分で見ないと分からない」

 誠は天井を見上げ、大きくため息をついた。

「はいはい」

「付き合いますよ」

「ありがとう」

「その代わり」

 誠は指を一本立てる。

「今度こそ昼飯奢れ」

 樹は吹き出した。

「まだ言うか」

「当然」

 二人の笑い声が、涼しくなった部屋へ響く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。