〈32〉人間
ミカリは、夜の渋谷で、キューピッドが結びつけたカップルと見るや否や、次々と破綻に追い込んでいた。そして、ミカリは、渋谷駅前のスクランブル交差点を歩いていると天から声が聞こえた。それはミカリを呼ぶ声だった。その声は地上の人間には聞こえず、ミカリにだけ聞こえた。ミカリは思わず、立ち止まり天を見上げた。すると次の瞬間、ミカリに雷鳴と共に黄金色の稲妻が墜ちた。ミカリは稲妻に包まれた。それは審判の稲妻だった。周りにいた人間は、ミカリから離れ、遠巻きにミカリを見ていた。そして、ミカリは稲妻の中で声を聞いた。
「ミカリよ。お前から全ての能力を奪う。そして、もうお前は本当に天界ともキュートピアとも関係ない、なんの特殊の能力ももたない、ただの人間として生まれ変わるのだ。そして、もし、お前の愛した女の人生を変えたいのなら、一人の人間として変えて見せろ!」
ミカリは稲妻に打たれ続けながら、五大老の声を聞き、そして、再び雷鳴と共に、稲妻はミカリから特殊な能力を奪い、再び天へと戻っていった。あとには、路上で気絶しているミカリが残った。
そして、翌日の昼、ミカリは病院のベッドの上で目を覚ました。昨晩、ミカリは審判の稲妻を受けたあと、救急車で病院に運ばれたのだった。それから今まで、眠り続けていたのだ。
ミカリが目を開けて、ベッドの上で体を起こした。前進を強打しているらしく、所々に激痛を感じた。すると一人の看護師がミカリの部屋に入ってきた。それは看護学校生の七尾さやかだった。ミカリは七尾さやかの通っているテレサ女学院付属病院に運ばれていたのだ。ミカリは一目で七尾さやかのことが分かった。しかし、七尾さやかはミカリとの記憶を消されている為、さやかはミカリのことを知らなかった。さやかはベッドの上で起き上がっているミカリを見ていった。
「あら、お目覚めですか。よかった。目を覚まして。ここ、どこか分かります?病院ですよ。昨晩、突然、雷に打たれてここに運ばれてきたんですよ。でも、ほんと奇跡だわ。見た人の話では、凄い雷があなたの上に落ち続けていたらしいですよ。それなのに感電も火傷もしないで、打撲だけですんだのですから、ほんと奇跡だわ」
ミカリは七尾さやかを無言で見ていた。さやかは自分だけがしゃべっているのに気づき、少し様子がおかしいと思い、ミカリに尋ねた。
「あれ、もしかしたら、記憶の方が・・・。自分のお名前、分かりますか?」
そう聞かれてミカリは答えた。
「ミカリ。ミカリです」
それはミカリが、僕はあなたのことを知っていると言わんばかりに、さやかに訴えるようにいった。さやかから笑みがこぼれた。
「そう、ミカリっていうんですか。どうやら記憶は失ってないようですね。でも、変わった名前ですね。なんか西洋っぽくて。あ、別にヘンということじゃありませんよ」
さやかはそういって微笑んだ。その微笑みを見てミカリは思った。
〈やはり彼女から僕の記憶は消されている。しかし、目の前にいる人は僕が愛している人だ〉
さやかはワゴンからぬれたタオルを出して、
「それじゃ、さっと、お体拭きましょうか?打撲してますから、もし痛かったら教えてくださいね」
ミカリは体を拭いてもらっているとき、自分の能力が本当に奪われたのか、試しにさやかを熱い眼差しをもって見つめた。するとさやかがその眼差しに気づき、少しテレて、微笑みながら無邪気に言った。
「ミカリさん。そんな目で睨まないでください」
ミカリは思った。
〈笑われてしまった〉
ミカリはそのとき、自分の能力が本当に奪われたことを知った。そして、ミカリはさやかに言った。
「あの。僕は一体何をすればいいのでしょうか?」
「え?」とさやかは聞き直した。
「僕はあなたに何をすれば、あなたを幸せに出来るのでしょうか?」
それを、聞いたさやかは、一瞬動きが止まるも、屈託のない表情を浮かべて微笑みながらいった。
「私の仕事の邪魔さえしなければいいですよ」
そういって、さやかは笑いながら、ミカリの背中を拭いた。ミカリは自分が本当に、ただの普通の人間になったことを自覚した。そして、ミカリは思った。
〈例え、僕にキューピッドの力がなくとも、例え、僕の片思いであっても、僕は人間として、あなたを幸せにしてみせる。この先、あなたにどんな災いが待っていようと、僕はあなたを必ず救う。救ってみせる。それが僕のはじまりであり、使命であり、あなたへの愛だから〉
ミカリは、人間として決意するのであった。
おしまい




