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〈1〉キュートピアの希望

愛の神クピードー、又は、クピドとも呼ばれ、背中に翼を持ち、人間に矢を放ち、人間たちの恋愛を成就させる少年の姿をした神である。日本人にはキューピッドとしての名前の方が馴染み深いだろう。そして、キューピッドの放つ矢には、金の矢と鉛の矢の二つの矢がある。金の矢で射抜かれた者は、そのあと最初に見た異性に恋をし、鉛の矢に射抜かれた者は、そのあと最初に見た異性を忌み嫌うようになる。それが私たちが知っているキューピッドである。しかし、天界にキューピッドの国、キュートピアがあることを知る者は少ない。そして今、そのキューピッドの国、キュートピアは現実派とロマン派の二つに分かれていた。現実派は、富みも外見も均しい、所謂、分相応の者同士、誰が見ても似合いの者同士に金の矢を放ち、恋愛を成立させることに趣をおいている。しかし、ロマン派は、富や外見よりも、人間としての中身、誠実さや情熱、愛情に趣をおき、一見不釣り合いに見える者同士でも、ロマン派の放つ金の矢が、一見不釣り合いな二人を結びつかせ、そして、それがやがて二人の周りにいる者さえも幸せで包んでしまう。それがロマン派である。昔はそんなロマン派がキュートピアの主流であったが、キューピッドの質も落ち始めた昨今、現実派がキュートピアの主流になりつつある。ロマン派は、昔の夢物語となり、今では公然とロマン派を名乗ることさえはばかられるようになりつつあった・・・。


マクシミリアンは、自分が受け持ったデビューを迎えた新人キューピッドのたちの報告を受け、いたく失望していた。

「全く、どいつもこいつもアンパイばかり狙いやがって!これがこれからのキュートピアの在り方とでもいうのか?」

マクシミリアンはキューピッドの象徴でもある背中にある翼を広げ、怒りを露わにした。

 キューピッドの国、キュートピアでは、経験を積み、恋愛成就率の高い成績優秀なキューピッドは、地位があがり教育者となって、新人キューピッドの面倒を見ることになっている。マクシミリアンの同僚のロビアンも先生の一人である。

 ロビアンは、愚痴を言い、嘆いているマクシミリアンを見て、

「あんまり良い生徒に恵まれなかったようだな。まぁ、仕方ない。これが今のキュートピアの方向性なんだから」

「畜生、サンタローザめ!何が現実派だ!もう人間界にロマンは必要ないのか?ロマンあってのキューピッドではないのか?え、違うか?」

「おいおい、あまりサンタローザのことを中傷するな。現実派のものに聞かれたらやっかいだぞ」

「なら、お前はこのままでいいのか?このまま現実派がキュートピアの主流となっていいのか?俺はイヤだね。そんなアンパイばかりの恋を作って、何が愛の神キューピッドだ!ふざけるな!」

「まぁ、そう熱くなるなよ。確かにお前の言いたいことは分かる。しかし、良く考えてみろ。人を見る目がないのは、別に人間だけに限っての事ではない。我々キューピッドの間にも、確かに人を見る能力が著しく低下しているのも事実。それが現実派が台頭してきた要因の1つだ。人を見る目がないから、似合いの者同士にわざわざ金の矢を射ることしか出来ない。果たしてその矢が本当にその人に必要かどうかもわからなぬまま」

「ロビアン、お前はいつからサンタローザの肩を持つようになった?」

「そんな気はないよ。ただ冷静に物事を見ればそうなる。そうでなければ、現実派がここまで台頭してくるはずがない」

 ロビアンは現実派でもなければ、マクシミリアンのように熱心なロマン派でもない。どちらかというと中立的立場にいて、ただキュートピアが現実派とロマン派の二つに別れて争うことだけはさけたいと思っているのだった。

マクシミリアンはため息をついて、

「全く、富や権力にふさわしい者同士を結びつけて、分相応の者同士を結びつけて、そんな夢も希望もない、ロマンの欠片もないカップルばかり誕生させて、何が愛の神キューピッドだ」

「人の世はいつだってそうさ」

「だからこそ、我々キューピッドが必要ではないのか?地位や富が不釣り合いでも、そこに強い愛があれば、愛する者は愛しい人の為に一生懸命、身を粉にして励み、出世した者もいる。そういう恋を我々キューピッドが生み出してきたじゃないか!」

 マクシミリアンは目を閉じ、古き良き時代に思いを馳せ、語りはじめる。

「金の矢を射られたお姫様と平民が結婚して、その平民が愛する姫の為に国を豊かにし、それが民衆をも豊かにし、誰からも慕われる王になったこともある。そのロマンスは民衆の誇りにもなり、憧れにもなった。たった一本、そう、たった一本の矢だ!お姫様のハートを射抜いた金の矢が、どれだけ多くの人に夢や希望を与えたか、そういう矢を俺は撃って欲しいんだ!そういう矢を人間界に撃つのが我々の役目ではないのか?」

 マクシミリアンは自分で言った言葉を噛みしめ、そして首を振りながら、

「何が現実派だ!出来レースの恋ばかり作りやがって。そんな恋しか作れないキューピッドを世に出していかなければいけないのか」

マクシミリアンは情けなくなったのか、肩を落とし、翼をすぼめた。

 ロビアンは、そんなマクシミリアンを慰めるかのように、

「まぁ、そうしょげるな。今、俺のところに来たキューピッドの中に、凄い可能性を秘めている生徒がいる」

 マクシミリアンは、顔をあげてロビアンを見る。

「人を見る目を失いつつあるキューピッドの中にあって、あいつはまだ、(はつ)うちも済ませてないのに、金の矢を必要としている人間が見える。いや、それ以上だ。あいつはおそらく経験をつんでいけば未来さえも見透す力を身につけるだろう。そして、やがてキュートピアの光りとなって、現実派とロマン派に別れたキュートピアを導くものになる。俺はそう思っている」

「それは凄いな。その能力が本当ならロマン派にとっては大きな希望だ」

「いや、キュートピア全体の希望だ」

 ロビアンはマクシミリアンに自信の表情を見せる。

 マクシミリアンは微笑みながら、

「偉く高くかっているんだな、ロビアン」

 ロビアンは頷く。ロビアンの眼差しは真剣そのもの。

「で、その希望の名前は?」


 ロビアンとマクシミリアンが話しをしていた希望のキューピッドのことは、現実派の指導者サンタローザの耳にも届いていた。サンタローザは今のキュートピアを先導する先導師の職に就き、実権を握っていた。

しかし、キュートピアにはキュートピアを先導するものの上にキューピッド五大老がいる。しかし、五大老がキュートピアの方向性について介入することはまずない。しかし、形式上、何事にも五大老の承認は一応必要としていた。

そして、キュートピアの先導師であり、現実派の指導者サンタローザにとっては、昨今のキューピッドの人間を見る能力の低下は現実派の勢力を拡大する上でまさに格好の材料であった。

しかし、キューピッドの質が落ちてもなお、古き良き時代のロマンを求めるロマン派はサンタローザにとっては厄介者にしか過ぎなかった。そして、サンタローザにとってロマン派を一掃することこそキュートピアを手中に治めることにつながると思っていた。

そんな中、ロマン派の希望になりかねないキューピッドの知らせを聞き、内心穏やかではなかった。

 サンタローザは、現実派の同志モーザックからの報告を受けた。

「まだ、初うちも済ませてないというのに、そいつには人を見る能力以上に、未来を見透す目があるというのか?」

 初うちとは、新人のキューピッドがはじめて人間に矢を撃つことを、初うちという。

「はい、先導師。まだ、確かなものにはなっていませんが、いずれ未来をも見透す力を持つことになるでしょう」

「ふん・・・」

「ロマン派にとっては、まさに希望です」

「我々にとっては脅威ということだな」

「必ずや我々を脅かす存在になるでしょう」

サンタローザは額に手をあてる。

「そのキューピッドの名は?」

「ミカリです」

「その芽は早めにつんでおいた方がいいな」

「はい、その方がよろしいかと」

しばらく、サンタローザは考え込んでから、

「いや、そいつは利用出来るかもしれんな」

「はぁ?」

「ロマン派を一掃する好機と見た方がいいかも知れん」

「どうやって?」

「初うちも済ませてないデビュー前の新人キューピッド。陥れるには絶好の好機」

モーザックはサンタローザの真意を図りかねていた。そんなモーザックの表情を見たサンタローザが、

「わからぬか。初うち前のキューピッドが陥りやすいところにワナを仕掛け、そして、そいつもろともロマン派も潰す」

サンタローザは拳を握り、自分の思いついた策略に酔いしれた。

「モーザック。グラシアーノを呼べ」

「え、グラシアーノを使うのですか?」

「念には念だ。グラシアーノなら間違いない」

「確かに」

「これでロマン派の希望は、大きな絶望へと変わる」

サンタローザは高笑いをした。



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