ヲタクによるヲタクの為のLife
湖には、入らなかった。
正確に言うと、
「入らない」という選択を、最後の最後で思い出した。
水際に立ったまま、私は動けなくなっていた。
沈むのも、戻るのも、どちらも面倒で、
どちらも、同じくらい疲れそうだった。
それって、すごく既視感があった。
会社を辞める前、
「続けるのもしんどいけど、辞めたあとの説明も無理」
って、ずっと思っていた。
湖は、そのときの気持ちと同じだ。
選ばせないくせに、選ばなかった責任だけは、全部こちらに投げてくる。
私は、深呼吸した。
久しぶりに、ちゃんと。
そして、思った。
……別に、今すぐ何者かにならなくてもよくない?
ヲタクって、そういう生き物だ。
現実で詰んだら、脳内で周回する。
評価されなくても、供給があれば生きられる。
世界がクソでも、推しが尊いなら耐久できる。
それを「逃げ」って言う人もいる。
でも、私は知っている。
逃げなかった結果、壊れた人間を。
湖は、相変わらず静かだった。
引き留めもしないし、
背中を押しもしない。
ただ、そこにあるだけ。
「……じゃあね」
誰にでもなく、そう呟いて、
私は一歩、後ろに下がった。
湖は、何も変わらなかった。
怒りもしないし、追ってもこない。
それが、少しだけ悔しかった。
別荘に戻ると、電気がついていた。
回線も、復活している。
パソコンを開く。
通知が、まとめて届く。
『生きてる?』
『返事しろ』
『マジで』
私は、少し考えてから返信した。
『生きてる』
『湖には勝った(たぶん)』
すぐに返事が来た。
『意味わからん』
『でもまあ、無事ならいい』
それで十分だった。
私は、配信を再生した。
いつもの声。
いつものテンポ。
変わらない安心感。
湖の音は、もう気にならなかった。
消えたわけじゃない。
ただ、「世界の全部」ではなくなった。
私は、ここで暮らす。
社会復帰は、未定。
目標も、未設定。
でも、今日は推しの新規絵が来る。
それだけで、起きる理由としては十分だ。
ヲタクの人生は、
分岐が少ない代わりに、周回が長い。
詰んだら、セーブ地点に戻って、
また好きなところを歩けばいい。
静かな湖畔の森のおくで、
私は今日も引きこもる。
これは、
何者にもなれなかったヲタクが、
それでも生きることを選んだ話だ。
ヲタクによる、
ヲタクの為の、
Life。




