最終話
「っということだから。」
「はぁっ!?ちょっと最近、僕の扱いヒドくない斗真!?」
昼下がりの午後。
絶好のティータイムに、斗真と悠はいつものカフェテリアでお茶をしていた。
随分前に約束したまま、何だかいろんなことが立て続けに起こって延び延びになってしまったお茶会もとい報告会。
斗真はどこから話すべきか考えるのが面倒になり、とりあえずざっとだけ説明すると、案の定悠に怒られてしまった。
「むぅ〜。だってどう言ったらいいのか分かんないんだもん」
「そんな可愛くいってもダメ。この僕にこんなに心配掛けるなんて、そんなこと出来るの、斗真だけなんだからね?」
「…それは悪かったと思ってるよっ。ちゃんとしようと思ってるけど、うまく言えないんだもん」
「じゃあ質問を変えよう。とりあえず、北条のことは大丈夫だったんだろう?」
「…うん」
うっかりその後のことを思い出し、斗真は薄っすらと頬を染めてしまった。
隼人と別れた後、蓮が偶然(?)斗真を見つけて二人はそのまま求め合った。
なので何も言わずにいなくなったことになり、結果的にまたも悠に心配を掛けることになってしまったのだ。
「あぁ〜…ご馳走様。」
「ん?もういらないの?」
悠、ココの紅茶好きなのに…と続けるが、はぁ〜と盛大なため息を吐かれてしまった。
薫り高く立ち昇る、ルイボスティーの甘酸っぱい匂い。
さらにマリーゴールドがブレンドされていて、薫りの割りに甘くないのが特徴的だ。
悠はティーカップをゆっくりと持ち上げ、その薫りを堪能する。
「やっぱり甘い…」
いつもは癒してくれるひと時なのに、今はなんだか憂鬱だった。
(甘すぎなんだよなぁ…この紅茶も、北条も…僕自身もね)
目の前で不思議そうにぽやっとしている顔。
この可愛さにやられて、ついつい甘やかしてしまうのだ。
本人は自分には何もないと言うけれど、人を和ます雰囲気、癒す笑顔は、本当に選ばれたものしか持ち得ない天性のものだ。
斗真のためにも甘やかしてはいけないと思いつつも、ふいにいなくなったり困ったような顔をされると心配でしょうがない。
ずずず…と行儀悪く紅茶をすする。
斗真は未だ、何か恥ずかしいことでも思い出したのかわたわたしていた。
3段の皿に盛られたティースタンドの2段目にあるスコーンに手を伸ばし、口の中へぽいっと放り込む。
「あぁ…なんか平和だ…」
ぽかぽかと暖かい陽射し。
日向ぼっこをしながら美味しい紅茶とお菓子を楽しんでいると、とりあえず斗真が幸せそうならそれでいいかと思った。
「なんか…僕も斗真に感化されてきちゃったのかな」
ま、いいか…と細かいことは気にしないことにする。
何気なくテラスの先に視線をやると、見たくない人物の姿が視界の端に入った。
「げ。」
見なかったフリ、見なかったフリ…と心で念じながら視線を泳がす。
店内は人が少なく、穏やかな空気に包まれていた。
ゆっくりとお茶を楽しむには持って来いの雰囲気。
そこに、ただ存在するだけなのに人の目を惹くオーラを持った人物が現れた。
キッチリと着こなされたスーツがとても良く似合う。
本場のイギリスにでも居そうな佇まいの紳士。
男は悠の姿を見止めると、ゆっくりと微笑んでこちらへとやってきた。
「悠くん。ここにいたのですか」
「…なんでアンタがここにいんだよ」
悠はもの凄く嫌そうな顔をして、そっけなく対応する。
せっかくの和やかな雰囲気が台無しだ。
しかし男はそんな様子はまったく気にせず、恭しく悠の腕を取った。
「ちょっ…何すんだよっ」
「お店の中では静かにしましょうね、悠くん」
「はっ…!?そういう問題じゃないってば!!」
離せっ、と暴れるけれど微動だにしない。
見た目には優しく腕を取っているようにしか見えないのだが、実際にはかなり強引に掴まれていたのだった。
斗真ほどひ弱ではないと自負している悠は、囚われた腕を奪還すべく抵抗するもまったく敵わず。
きょとんとしたままの斗真に優しく微笑みかけると、男は慇懃に言った。
「すみませんが、彼に少し用があるので借りていきますね、斗真くん」
「…?あ、ハイ。わかりましたー」
どうして彼が悠に用があるのか分からなかったけれど、珍しく悠が照れているような表情をしていたので何も言わなかった。
「やめろよっ、崎!」
「今日は約束していただろう?俺との約束を反故にしようなんて、許さない」
斗真には聞こえないように耳元で優しく言い放つ。
龍一は、そのまま固まってしまった悠をずるずると強引に連れて行った。
「いってらっしゃーい」
何も知らない斗真は、とりあえず笑顔で手を振って見送った。
******
「おっ、美味そうなもん食っとるやないかっ」
「響先輩」
悠が龍一に連れられて行ってしまったので、斗真は一人で残ったアフタヌーンティーをのんびりと楽しんでいると、今度は響がやってきた。
いつも持っている大量のお菓子はどこにも見当たらなく、物欲しそうにティースタンドを見つめている。
「良かったら食べます?先輩には量が少ないと思いますけど…」
「ええんか!」
ぱぁっと嬉しそうに笑うと、ティースタンドの一番下の段のサンドイッチに手を伸ばす。
あっという間にそれはなくなり、2段目へ突入。
いつ見ても欠食児童のようにガツガツ食べる響の姿は、微笑ましく思えた。
「先輩って…なんかつい餌付けしたくなるタイプですよね」
「はぁ!?そりゃお前やないか。俺は斗真ほど他力本願じゃないわ」
「ほう…お前がそれを言うのか」
「げ。御堂…」
響は食べていたスコーンをポロリと手の中から零れ落としてしまった。
御堂と呼ばれた男は黒髪を後ろに軽く流し、品良くスーツを着こなしている。
崎とは違って、どこか近寄り難い…何者にも君臨するような傲慢さが垣間見えた。
長身で細身だが、その下にはしっかりと鍛えられているだろう胸板が窺える。
鋭い眼差しで響を見やると、上に立つ者の口調で冷ややかに言い放った。
「これからは、お前には何も提供する必要はないと思っていいんだな」
「ぎゃーっ、マジそれは勘弁!!ライブにタダで行けないなんて俺の人生終わったも同じや!!」
「なら、予定通りついて来い」
御堂は偉そうに言うと、そのままどこかへ行ってしまう。
響は大急ぎでスコーンを食べ終えて、申し訳なさそうな顔をした。
「すまん…。あいつはライ部にいつもタダチケくれるヤツで、音楽会社の社長とかやっとんねん。悪いヤツじゃないんやけど、ちょっと取っ付き難くてな…。ご機嫌取ってこなあかんから、俺はもう行くわ。バタバタしてほんまごめんな。おおきに!」
「ははは…頑張ってくださいね〜」
全速力で先に行ってしまった彼を追いかける響が必死で、斗真はちょっと笑ってしまった。
相変わらず台風みたいな人だ。
(もしかして、前に隼人先輩が言ってた響先輩の恋人って…あの人のことかな?)
なんて珍しく的当たりなことを考えてみる。
けれど、まぁ所詮は他人事だし…と深く考えるのを止めた。
再び一人になった斗真は、三段目のケーキに手を付ける。
もうそろそろ終わりであろう生の苺。
てっぺんに飾られたそれを摘まんで、ヘタを取ってぱくりと口にする。
甘酸っぱい香りが口の中に広がって美味しい。
もくもくと堪能していると、今度は頭をガシガシ撫でられた。
うぅ…相変わらずちょっとイタイ…
っていうか、何でみんな音もなく近づけるんだよぅ。
「もうっ、何ですかっ隼人先輩っっ」
「いや、可愛い頭が見えたらつい弄りたくなるもんだろ」
「知らんですよっ、そんなコトっっ」
うがーっと抵抗するも、隼人は痛くも痒くもない。
まったくもって攻撃が通用しないので、斗真はシカトを決め込んだ。
つーんっとあからさまにそっぽを向いてケーキをつつく。
「おーい、無視すんなよ」
「……」
無視、無視。
ちょっとでも反応しようものなら、隼人を喜ばせるだけだ。
「先輩は哀しいなぁ…可愛がってた後輩に連れなくされるなんて。あぁ〜俺って可哀相〜」
「………」
ニヤニヤ笑いながら流し目でこちらを見てくる。
あ、なんか絶対企んでる顔だ。
…いやいや、ここでウッカリ動揺しようものならそれこそ隼人の思うツボだ。
ちゃっかりケーキを狙ってくる手をフォークで応戦し、苺を死守する。
「ダンマリしてると、またキスするぜ」
「…っ!?」
不吉なセリフに驚いて、ビクリと反応してしまった。
隼人は楽しそうに笑って、ケーキの上に乗っていた一番大きな苺をひょいと摘まんで口へ放り投げてしまった。
「あぁ!僕のいちご…っ」
「今日はコレで我慢しておいてやるよ」
隼人は苺を飲み込むと、もう一度斗真の頭を撫でて去っていった。
(もう…いったい何なんだよ、あの人は…。)
みんなが居なくなり、また一人になった斗真は急に寂しくなった。
(会いたいな…)
ティースタンドの上にはもう何も乗っていない。
空いたカップやお皿は順々に下げられてしまい、残ったのは冷めてしまった一客のティーカップ。
それさえも持っていかれてしまい、もうテーブルの上には何もない。
「斗真」
まるで待ち合わせでもしていたみたいなタイミングで、声を掛けられる。
見上げると、大好きな漆黒の瞳が優しく微笑んでくれていた。
斗真は自然と笑みが零れ、待ち焦がれたように表情が緩んだ。
「どうしたんだ、寂しそうな顔をして」
甘く響く、彼の声。
その心地の良い音を聞いているだけで、斗真は心の中がほわっと温かくなるのを感じた。
「おいで…」
掬い上げるように手を差し伸べられて、斗真は胸が高鳴った。
向けられる甘い視線。
自分だけに聞かせてくれる、優しい声。
どうして自分はこんなにも彼に惹かれるんだろう。
ずっと傍にいたいと、思える唯一人のひと。
自分の存在を求めてくれる、大切なひと。
そう思える人と出会えた。
彼と…生きていこうと決めた。
きっと、これからも何度もすれ違ったり、問題が起こったりするのだろう。
だけど、それでも自分は…
「蓮……」
あいしてる。
やっと言えたその言葉と共に、差し伸べられたその手を取ったのだった―――……
最後までお付き合い下さり、本当に本当にありがとうございました!!
また、携帯またはPCもしくは両方から投票して下さった読者様、本当にありがとうございました!!
途中から都合により毎日更新が出来なくなった時、思うように執筆が進まなかった時など、ピンチの時には読者様がいて下さるということがとても励みになりました。
人生で初めて書いた作品ということもあり、表現力不足で十分に伝えられない部分も多々あったかと思いますが、無事に終えることが出来ました。
本当に本当にありがとうございました!!!