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第十五回

「どうだ、少しはこうして空を舞うのも気に入ったか?」

「……まあ、思ったほど、悪くない」

 サワネはカヌヤを見上げた。

「またすぐにでも舞うか?」

「とりあえず、もう、十分だ」

「気持ち良いのにな、もったいない。……どうもサワネは空が苦手と見える」

「おら、平気だ」

「それなら、立てるか?」

「もちろん……」

 カヌヤの差し出す手を握ろうともせず、サワネは気合を入れ、立ち上がろうとした。ところが、まだ力が入らない。情けない格好のままぺたりと座り込んだサワネを見て、カヌヤが端正な顔を崩して笑った。

「はははっ。これはまさに、文字通りの腰抜けだな」

「みっ、見るなっ!」

 サワネはとっさに叫んだ。カヌヤの前で無力な姿をさらしている自分が耐えられない。心臓が早鐘のように鳴っている。全身が、かぁっと熱くなってきた。

 落ち着かないと、と思ってもカヌヤの笑い顔を見ると、ますます混乱してきた。

「ははは……。本当に見てられないな」

 そう言うとカヌヤはサワネの手を取った。

「何をする!」

「ふふっ。腰抜け娘を運んでやる」

 そのままカヌヤはくるっと背を向け、まるで投げ飛ばすかのようにサワネの腕を引く。気がつくとサワネはカヌヤに背負われていた。

「降ろせっ!」

 カヌヤは答えず、サワネを背負ったまま駆け出した。

 まるで嵐のようにごうごうと耳元で風が鳴って、滝の水音がどんどん遠ざかっていく。黒い木々の枝が目の前に急に現れたかと思うと、次の瞬間には別の巨木が次々と目に飛び込んできた。新しい木に気を巡らす間もなく、それもはるか背後になっている。空を舞うハヤブサより早く満月が追いかけてきた。カヌヤの足元では下草が煽られたように揺れる。まさに季節外れに吹き荒れる春の野分け風に乗っているかのようだった。

 不意にカヌヤが立ち止まった。

 柔らかな草の上に降ろされる。ふと視線を動かすと、斜めになった石が月明かりに浮かんで見えた。蛇と女神、太陽に月の浮き彫り。タガシ村の入り口を示す境石だった。

「俺はここから先、行かない方がいい。村人に見つかるとやっかいだ。悪いが降りてくれ」

 空から降りてきた時ほどではないが、やはり足からすとんと力が抜けてしまいそうだった。

『気合で負けてはいけない』

 睨みつけるようにして背を反らし、頬を膨らませる。

「ご、ご苦労」

 息が止まって、顔が真っ赤になってくる。

「何をしてるんだ? まったくおもしろいな、あんたは……」

 サワネに背を向けると、山の方へカヌヤはゆっくりと歩き始めた。

「お、おい」

「なんだ?」

 足を止め、カヌヤは首だけ軽く振り返った。

「……ありがとう」

 カヌヤの口元にかすかな笑みが浮かぶ。

「何かあったら呼べ。じゃあな」

 その姿は、少しずつ森の中へと融けていった。

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