第十六回
◇
月が沈んで行く。反対に東の空には明星が力強く輝き、山際がかすかに白んできた。もやのかかったタガシ村に降りると、サワネは真っすぐおばばの家に向かった。
戸を叩くと程なくおばばが顔をのぞかせる。
「サワネか! 夜旅はするなと言うたにっ!」
「心配かけて悪かった」
「まったく……」
「それよりおばば。あの人はどうなった?」
「しぃっ!」
顔をしかめ、おばばは口元を一本指で抑える。サワネはあわてて口をふさいだ。おばばの二つの眼が油断なくあたりを見回す。
「……おいで」
軽く手招きしてから中に入って行くおばばにサワネも続いた。ロウソクを手に、ゆっくりと丸太階段を上って行く。駈け出したいのを抑えながらサワネはその後ろに続いた。
縄梯子の上では、額を布で巻かれた男が横になっていた。
「見ての通りじゃ」
目を閉じ、微動だにしない。
おそるおそる手を伸ばそうとするサワネに、おばばは目くばせした。
男の手に触れる。ひんやりとした冷たさとあたたかな温もりが入り混じっている。どうやら熱冷ましが効いて容体は落ち着いているようだった。よく見ると、胸のあたりも深くゆっくりとした呼吸に合わせ、わずかに上下している。息を止めていたサワネの口から声が漏れた。
「よかった……」
「まったく、運の強い男よ。ほどなく目も覚ますじゃろうて」
「やっぱり山の神様が助けてくれたんだな」
「そうかも知れんの」
「山に行ったら、山刀もこの人の鎧も、みんななくなってた。それで分かったんだ、山の神様がお供えとして受け取って下さったんだって。代わりに命は助けてくれるんじゃないかって」
「なくなっていた、とな。おまえさんの背負子や山刀もか?」
サワネはうなずいた。
「誰かが盗みに来たんじゃろ」
「でも、まわりに足跡も何もないんだもの」
「そりゃ妙だの……」
おばばは呟きながら闇を見つめた。
「あれ? もしかして……」
「何か心当たりでもあるか?」
「いや……。気のせいだと思う」




