第7話 新天地は山の中
教室へ移動して簡単な説明を受けた後、寮の自室の鍵を貰って今日は解散となった。
食事は午後五時半から七時半の間に食堂で勝手に食べる形式で、それまではフリーだ。
とりあえず寮二階の自室に入って、部屋や配布物等を確認。
部屋そのものは決して広くない。ベッド、机、洋服ロッカー二個で目一杯の広さ。これに風呂・洗面所・トイレが一体化したカプセルバスがついている。
窓は掃き出し窓でカーテン付き、その先は小さめのベランダ。家具は他に整理用のプラスチック製引き出しがベッドの下に二個入っている。
ベッドはマット、カバー、掛け布団、枕、枕カバー付き。シーツ類は必要な都度洗濯に出せばいいらしい。
あとはベッドと机の上に、配布された物品が置かれている。
黒色の作業服っぽい上下と運動ジャージ上下が二組ずつ。この作業服っぽいのが制服代わりでもあるようだ。あとは事前に申告したサイズの下着類やタオル、靴下等まで支給されている。
机の上にはノートパソコンとタブレットパソコン。タブレットパソコンは教科書や参考書としても使用するようだ。ノートが束で十冊、シャープペンシル、三色ボールペンといった筆記用具も揃っている。
ある意味至れり尽くせりだ。面白みは無いけれど。
強いて言えば黒い作業服が少し怪しい。妙にごつい登山靴みたいな靴もだ。
まあ外に出なければ気にすることは無い。外に出る時は私服を着ればいいだけだ。基本的に授業の時以外は、何を着ていてもいいらしいし。だから今は着替えない。
さて、とりあえずは茜先輩達に連絡しよう。スマホを見ると、一応アンテナが立っている。なのでSNSでメッセージを打ち込もうとしたところ、逆に着信が入った。茜先輩だ。
『喫茶室で待つ』
それだけの文面。なら行くとしよう。
ここは寮三棟、厚生棟、学校本部棟、研究棟が道路沿い川と反対側に横に伸びて繋がっている。各階は横に繋がっている構造だ。自室を出て、寮長い長い廊下を歩いて喫茶室がある厚生棟へ。
厚生棟は売店と食堂、喫茶室等がある建物だ。それなりに充実した書店、生鮮も売っているコンビニという趣の食品等売店、作業衣やスポーツウェア、下着類や布物と雑貨の売店、理髪店、美容室。そして大食堂とちょい高級な食堂、喫茶店と結構揃っている。
ただ学校がまだはじまっていないせいか、全部の店が営業している訳では無い。食品等売店等一部が営業しているだけだ。
喫茶店は二階の一番奥。行って中を見ると、先輩達がいる場所はすぐわかった。カウンターでアイスティーを注文し、茜先輩と緑先輩がいる窓際の席へと向かう。
「やあ。どうだい」
「山奥と聞いてどんなところだと思いましたが、案外施設は揃っていますね」
俺の率直な感想だ。
「そうだな。魔法が発現してからまだ四ヶ月しか経っていないのに、これだけの施設が出来ているんだ。この早さには驚くしかない」
茜先輩の表情と言い方で、何となく気づいた。
「微妙に含みのある感じですね」
「ああ。ここへ来る時の秘密保持の具合といい、何かある気がするよな。国際情勢とかマスコミ対応なんていう表向きの理由以外に隠している何かが。更に言うと僅か四ヶ月でこんな一大施設を作り出すほど急がなければならなかったような理由も。普通はいくら突貫工事をしても、四ヶ月でこんな施設を作るのは不可能だ。工期だけならともかく、土地の造成も法令に基づく建築確認もする必要があるからな。その辺を超法規的措置で妥協して、無理やり作ったような気がしてならない。建物もプレハブ工法やシステム建築を駆使した感じだしな。期間短縮重視という雰囲気をうける」
なるほど。しかしそれならばだ。
「そんな事をここで口に出していいんですか」
「この中で話す分には問題ないだろう。もしそんな秘密が本当にあったとしても、ある程度の期間が経過したら私達にも開示されるだろうから。とりあえず可愛い後輩に忠告だ。状況が見えないうちは出来るだけ行動は控えとけ。アンケート等には普通に答えていいだろう。でももし魔法の測定なんて事があるとしたら、最初は本気の全力は出さない方がいいかもしれない。これは緑の魔法ではなく、単なる私の勘だけれどな」
「何故ですか?」
理由がわからない。
「危険というか、きな臭い空気を感じる。私の勘だけれどな。例えば制服を兼ねた作業衣、もう確認したか」
それが危険とどうつながるのかはわからない。でも一応答えておこう。
「一応見ました。あの黒い服ですね」
「ネットで自衛隊の新型迷彩服を調べてみるんだな。柄以外そっくりだ。多分色と柄以外の規格は同じなんだろう。ついでに言うと靴も陸自用の半長靴そっくりだ」
おっと、そんな物だったのか。でも待てよ。理由はすぐに思いつく。
「魔法で熱とか衝撃に晒される可能性があるから、というのはどうですか」
「その可能性もある。だがな、どうもひっかかるんだ。ここまで急いでこの施設を作らなければならなかった理由を含めてな。更にこれは緑の魔法による情報だが、担任となった教官は全員陸上自衛隊の一曹出身らしい。部外派遣に伴って一時的に除隊しているから、現在は階級は無いという扱いらしいがな」
おい待て。
「もろ自衛隊絡みじゃないですか」
「危険に対処する為」
緑先輩までそんなことを言う。
「どういう危険があるんですか」
「今はまだ見えないそうだ」
茜先輩の台詞に緑先輩が頷き、そして口を開く。
「先は不確定。見える世界の主な流れは二本。今までの流れと三月のあの日から見えるようになった流れ。今は二本の流れが近づきつつある状態。この先取り得る分岐が広がっている。あるべき可能性が広すぎて見えない」
緑先輩、はじめて聞く長台詞! というのはともかくとしてだ。
「二本の流れとは、今までの魔法が無い世界と、魔法が存在する世界の事ですか」
先輩は頷く。
「私が見るのは、流れの中にある可能性の断面。本来は自分がいる流れの下流を、流れと交差する方向に切断した断面を見る。可能性が限られていれば断面積は狭く、可能性が多ければ断面積は広い。広いほど見えにくい」
なるほど。川にたとえて考えてみてもいいのかな。上流から下流へと流れる川に。
「今のところ、情報はあまり無い。ただここまで無理に急いでいるところからして、必ず何かがある。ここまで費用をかけて事を起こす何かがな。それが利益なのか危険なのかはわからないが。とりあえずは気をつけろ。今言えるのはそれだけだな。ただ用心しすぎてこちらに価値が無いと思われてしまっても困る。推薦入学や学費生活費無料特典は捨てがたいからな。その辺が難しいところだ」
微妙に深刻そうな言葉とは裏腹に、茜先輩は笑みを浮かべている。悪そう、かつ愉しそうな笑みだ。
「注意しろという割には、楽しそうですね」
あえて直球で聞いてみる。茜先輩は大きく頷いた。
「ああ。ただの高校生をやっていては楽しめない事態だ。この機会にたっぷり楽しませて貰わないとな」
猛獣の笑みだな。そう俺は思った。




