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夏の魔法 ~俺と彼女と、すれ違った世界~(改訂版)  作者: 於田縫紀
第1章 夏のはじまり

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第6話 秘密が多い行程

 六月二十六日水曜日朝九時。東大構内のホールに集合した後、指示されて大型の観光バスに乗り込む。この辺までは最小限の説明だけだ。

 なお茜先輩達とは、同じ東大構内でも違う場所に集合だった。これもマスコミ対策なのだろうか。

 観光バスは普通の観光バス。俺と同じバスに乗り込んだのは、運転手を除くと俺と同学年くらいの、男子女子あわせて三十人位と中年の男一人、三十前くらいの女性一人。

 男女割合は大体一対四位で、女子がやたら多い。魔法が使えるのは女性の方が多いと聞いたけれど、そのせいだろうか。

 俺の席は前から四番目の窓側で、隣はやや細長い印象のな男子。本来なら雑談でも始めるところだが、何せ今までの雰囲気が雰囲気だ。雑談していいかどうか怪しい。

 他の皆さんも同じ事を考えているせいか、車内は静まりかえった状態のままだ。

 バスが発車した直後、中年の男の方がマイクを手に取った。教師と言うより軍人という雰囲気のごつい男だ。

「いままで秘密が多くて申し訳なかった。私はこの四年生のクラスの担任で御門と言う。こちらは副担任の梅園だ。この二人で四年生のクラスを担当する。宜しく」

 この学校は中高一貫で、学年は下から通しでついている。だから四年生とは高校一年という意味だ。

「さて、この車はこれから秩父の山間にある学校に向かう。東大の演習林の敷地に建てられた学校で、寮は完備している。寮は昔ながらの一部屋に数人入るタイプでは無く、狭いながら専用のバストイレがついたマンションタイプの個室だ」

 声も見た目通り太くて低い。それにしても秩父の山の中で演習林の敷地か。演習林という事は山の中なのだろうな、きっと。

 いくら東大の敷地とは言え、もう少しましな場所にならなかったのだろうか。せめて今まで住んでいた位には開けた場所だと思っていたのだけれど。

「さて、何故そんなとんでもない山の中にあるか。理由はいくつかある。例えば君達は魔法を使用可能な魔力を持っている。だがそういった魔力を持つ存在が集団で居住する場合の影響が、まだわかっていない。そういった安全性を考えてと言うのが理由のひとつだ。それ以外に安全確保と秘密保持なんてものもある。現在このような事態が起きているのは、わずかな国にしか過ぎない。故に大変な注目を集めている。どういう意味の注目かはあえて言わない。だが安全を守るためにも、このように隔離された場所の方が楽だ」

 この辺の説明は、洒落にならない意味を含んでいる気がする。少なくとも普通の高校生が気にするような世界ではない。

 それだからこそ説明できる事もある。情報の少なさと秘密保持体制とか。

「脅すような事を言ってしまったが、生活場所が隔離されているだけだ。それ以上の事は無いから安心して欲しい。場所も開校後しばらくしたら公表される。外出が制限される事も無い。メールや手紙も制限は無いし、コンビニよりは少しましな程度だが、売店は中にある。通信販売も届く」

 とりあえず監獄状態よりはましだという事か。少し安心した。

「なお、学校のカリキュラムは、ほぼ一般の中等教育学校と同じだ。ただ魔法の研究に関する項目が存在する。この学校は研究機関を兼ねているので、魔法研究に協力して貰う時間もある。その際も、人権を無視した人体実験的な事は無いから安心してくれ。最初は魔法を使用する際に脳波を計るだの、魔法の出力を測定するだのいった程度の事が主になると思う」

 つまりヤバい研究所で、モルモット扱いという心配はしなくていいらしい。モルモットには違いないだろうけれど。

「学校は魔法に関した研究活動の中心地となる予定だ。研究者も精鋭を集めている。何故このような事態が起きたかという部分から、現代社会への影響、更には魔法の科学的工学的な応用に至るまで、様々な研究からなる一大プロジェクトとして推進する事が決定済みだ。君達は研究する側とされる側双方に立って活躍する事を期待されている。奨学金を始め様々な優遇措置は、そういった期待の表れだと思って欲しい」

 つまりモルモットとして研究される傍ら、研究する側にも立てという事か。高校一年では研究する側と言っても大した事は出来ないだろうけれど。

「本日の予定は学校到着後、簡単なガイダンスをした後、解散となる。夕食時間以外は自由に過ごしていい。後はこれから配る資料を読んで確認してくれ。それでは梅園先生」

 女の方に変わった。こっちは細くて化粧っ気が薄くて、白衣が似合いそう。つまりは研究者っぽい。

「副担任の梅園です。このバスは追跡車が無いようなので、トイレ休憩を一回した後、学校に向かいます。説明はこれで終わりますので、以降は雑談していただいて結構です。またこのバス内は同じクラスとなります。後に授業で自己紹介等もやっていただく予定ですけれど。では資料を配ります」

 追跡車か。そんなものまで警戒しているようだ。

 それにしてもこの二人、案外本当に軍人、いや自衛隊員と研究者という気がする。最初の説明の物騒さからして、可能性としてあり得なくは無さそうだ。

 そんな事を思いつつ、俺は通路をやってきた資料を隣の男子経由で受け取る。 

「ありがとう」

「いえいえ。ところでどこから来た? 俺は群魔県の後橋高校から来た有明透」

「俺は川崎孝昭、栃葉城県にある栃金崎高校から」

 俺をはじめ、車内各席で自己紹介からはじまる雑談が開始された。

 この状況上、配られた資料を見ながらの雑談になる。まずは交通アクセスの案内を見た愚痴からだ。

「それにしても田舎だよな。最寄りの駅から池袋まで二時間半だと」

「新幹線なら、東京から新大阪までいく時間だな」

「そして最寄りの三峰口駅まで十キロで、バス二十分、電車は一時間に一本だと」

 悪い面があれば、予想よりいい点もある。

「寮は完全個室か。その辺はありがたい」

「この洗濯制度は便利だな。朝に部屋の外に袋に入れて出しておけば、夕方には洗っておいてある訳か」

「とりあえずネットは使えるようだから、問題無いかな」

「あとは回線速度が実効どれくらいか」

 そんな話をしながらバスは進む。

 途中一回、高坂というサービスエリアで休憩した以外はノンストップ。やがて完全に山の中というかんじの場所に入り、所々に待避所がある大型バスなら目一杯という道を通り、そして。

 バスは三階建ての、真新しい建物の前に停車した。

「こんな山の中に、まるで秘密基地だよな」

「というか昔のアニメの研究所なんてのは、まさにこんな感じじゃないのか」

 そんな事を言いながらバスを降りる。

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