醜いアヒルの子の娘が決めたこと
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最終話です。
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2年後。エヴァンス家の領地の邸では、新子爵の爵位継承を祝うパーティーが開かれていた。
あの忌まわしい事件は、クラーク伯爵家の取り潰しとアーシュラ・クラークを医療用人体実験の道具とする形で幕を引いた。アーシュラがどのような実験に供されたのかは分からない。そもそも、生存しているのか、死亡しているのかさえ、当事者であるエイヴァには情報が入ってこなかった。
エイヴァは王家との契約を全面に押し出して、マデリンをエヴァンス領から追放した。マデリン自身も新しくできた恋人とともに出ていくと決めていたようで、エヴァンス領には二度と踏み入らない、エイヴァとの接触もしないという書類にサインしている。マデリンは既にエバンス領を出ている。今頃は苦手な仕事から解放されて、自由を謳歌しているに違いない。それだけの資産分与もしてある。追加はないという脅しを覚えていてくれると良いのだが。
本当は復讐をしたかった。だが、エイヴァには復讐よりもやり遂げたい事があった。それは、マデリンに良心のかけらが残っているならば、数年かけてマデリンを恥じ入らせるものになるはずだ。
エイヴァは皆の前に立った。
「本日はお集まりいただきましてありがとうございます。私エイヴァ・エヴァンスはあくまで中継ぎの子爵となり、来年、ここにおりますヘイゼル・エヴァンスが子爵位を継ぐことになります」
来客たちがざわめいた。
「ヘイゼルは、先々代エヴァンス子爵の庶子でした。つまり、前子爵の異母妹、私の叔母になります。前子爵がヘイゼルの貴族籍を認めなかったためにこれまで平民として扱われましたが、私の権限でヘイゼルを子爵家の一員として認め、貴族籍に加えました。また、私が学院に在籍している間、ヘイゼルは私と共に領地経営について学び、一通りの知識を修めております。今後一年間ヘイゼルは私と共に領地経営を実践しますので、どうぞご安心ください」
取引相手の中には、どういうことだと怒りだした者もいる。エイヴァは手を挙げた。誰もが静かにエイヴァを見た。
「ご存じない方もいらっしゃると思いますので、ここで少しお話をさせてください。
私は学院在籍時にとある令嬢から謂れのない恨みを受け、子どもができない体になりました。このままでは私の代でエヴァンス家は断絶することになります。領民とエヴァンス書庫を守るためにどうしたらよいかと考える中で、私の侍女をしていたヘイゼルがエヴァンス家の庶子であったことを思い出しました。
次代へと継げない私が長々と領主の座を温めるよりも、別の人物がその血を繋いでくれた方がいい。ですから皆様、私の決断をどうかお認めください。王家が認めてくださったこの継承を、どうか応援してくださいませ」
エイヴァに子どもができないと聞いた人々は押し黙った。そして、それ以外にエヴァンス家が続いて行くには手段がないのだということを理解した。
「なお、私との間に結ばれていた縁談は、エヴァンス子爵になる者との間に結ばれていたもの。したがいまして、ジョシュア・ミルズと私との婚約は白紙となりましたこともお知らせいたします」
誰もがエイヴァに話を聞こうとした。だが、ジョシュアがその前に立ちはだかった。
「エヴァンス子爵は、例の一件以来大変体が弱くなってしまわれた。あまり長く立っていることもできないのだ。話は私か次期子爵が承る」
エイヴァはパーティー会場を後にすると、自室へと戻った。
これでよかったのだ。
エイヴァはあの日、ヘイゼルにエヴァンス家を継がせる計画をセオドアやジョシュア、もちろんヘイゼルも加えた場でぶちまけた。エイヴァは力説した。
「私は子爵位を退いた後も、ヘイゼルの傍で手伝うわ。ヘイゼルに有能なお婿さんが来てくれて私が要らなくなるまでは、私がヘイゼルを支える。だからお願い、私を中継ぎの子爵にして、ヘイゼルに子爵位を継いでもらいたい。それが一番穏便なのよ」
「では、婿が来たらどうするんだ?」
「エヴァンス領に私がいたら、ヘイゼルもお婿さんも、それに領民だって気を遣うでしょう? だから、お母様のように私も出ていくわ」
「出ていくって、どこへ?」
「そうね。2つ考えがあるの」
エイヴァは思い切ったように言った。
「1つ目はね、女性騎士の養成所を作るの。王宮から学院に派遣される騎士に女性騎士がいれば、化粧室での警備もできるでしょう? それに、外国では女性王族の私室の警備は女性騎士が担当しているところもあるわ。有能な女性騎士にはニーズがあると思うの。そういう女性騎士を養成して、この国の女性を守りたい」
どんな思いで言っているのかがここにいる誰にもわかるから、エイヴァの言葉は重かった。
「2つ目はね、子どもを産むことができずに婚家を追い出された女性を保護する施設を作るの。実は男性側に問題がある場合であってもそれを調べる技術はないし、それを開発するだけの知識も資金も私にはない。でも、保護施設であれば、そこで仕事をしてもらえるようにすれば運営費にもなる。その女性たちが安全に暮らしながら生活できる場所を作りたい。でもそれは、女性だけではないの。男性もよ」
エイヴァの脳裏には、部屋に繋がれた父アイザックの姿が浮かんだ。
「男性だって、特に入り婿が何らかの形で居場所をなくすことがあるでしょう? お父さまのように閉じ込められる人もいるでしょう。そういう人を救う場所を作りたい。まだ具体的ではないわ。いろんな圧力もあると思う。でも、そういう施設を作れたらと思うの」
セオドアとデリラはアイザックを思って涙を流した。
「エイヴァ。それは国が進めるべき案件でもある。女性騎士の養成については、私からも陛下に奏上するが、お前からも王孫殿下にお話ししてみるといい。保護施設については、残り2年、学院で学びながら考えればいいだろう」
「ですが、私はもう……」
「ヘイゼルにいきなり勉強しろというのか? エイヴァの資産から授業料を出すとマデリンに気づかれる可能性があるから、うちで出そう。ヘイゼル、お前は学院で勉強しろ。エイヴァが隣で教えてくれるからな。それでどうだ?」
「是非そうしてください」
「お待ちください、私はずっと侍女として生きてきました。そんな急に……」
「今までエイヴァを見てきたのだから、わかることもあるだろう。それに、お前がエイヴァの叔母だというのなら、エイヴァを苦しい立場から救ってやろうとは思ってくれないのか?」
「それは……」
「今すぐ決めなくてもいいのよ、ヘイゼル。ただ、この方向で動きたい。ジョシュアも、私との婚約を解消する方向で考えて。できればヘイゼルと婚約してくれるとうれしいのだけれど」
「な、俺は言ったはずだ、エイヴァといられればそれでいいと」
「でも、私が女性の保護施設に入ったら、あなたは付いてくることができないのよ?」
「ぐっ……」
「今のプランはあくまでベースです。もっといい案があるかもしれません。どうか、知恵をお貸しください。エヴァンス家を守ることが、私の幸せなのです」
それから何度も話し合いがもたれた。ある程度回復したエイヴァは学院に復帰し、ヘイゼルも隣で勉強するようになった。パーシーは過保護と言えるほどにエイヴァとヘイゼルを守り続けた。ジョシュアは自分の代わりに親になってほしいというエイヴァを説得しきれず、悩みながら護衛騎士を続けた。王孫殿下はエイヴァの話を聞いて、女性騎士の養成を騎士団内で行ことを奏上し、早速希望者が集められた。騎士の家系で兄弟たちと剣術の訓練をしながらも、女だからと言う理由で剣の腕を披露できなかった女性は思いのほか多かった。彼女たちが女性騎士として活躍するようになれば、女性がより安心して生活できる国になるはずだ。
14才と半年、エイヴァは動いた。学院の卒業は成人後だが、子爵位の継承は15才と国王から認められている。母を追い出し、エヴァンス領を守る。エヴァンス書庫の蔵書とそのシステム、さらには司書の育成システムを守る。それが叶えば、エイヴァの気が済むのだ。エイヴァは女性騎士の学校を見学し、女性の保護施設のあるべき姿を実現すべく働いた。言葉の暴力、体への暴力によって、男性を恐れるようになってしまた女性は少なくない。彼女たちが生きていくために、同じような仲間で支え合う場を何とか作りたいと、エイヴァは多くの人に出会い、寄付金を募り、仕事を探し、女性たちが住む場所を決めた。
そして、先日無事に王都で叙爵され、今日のこのパーティーでお披露目となったのだった。
学院を卒業するまでの3ヶ月は、子爵の仕事と学業の両立が大変だった。祖父セオドアが手伝ってくれたから何とかなった。卒業後はセオドアとデリラに別れを告げて、エヴァンス領に戻った。エイヴァはヘイゼルに仕事を教えながら、自分も必死で仕事をした。
ヘイゼルの婿選びは難航した。ヘイゼルはこの時30才。既に適齢期をとうに超えている。だが、ヘイゼルに託すしかないのだ。ジョシュアにヘイゼルとの結婚を頼んだが、ジョシュアは首を縦に振らなかった。自分はエイヴァと共にいると言って、聞かなかったのだ。
エイヴァはヘイゼルと相談し、ジョシュアやパーシーにも情報をもらって、ようやく婚約者を確保することができた。相手はなんと学院の先生だったグレイである。実は王家の指示で学院内でのエイヴァの様子を見守る立場にあったグレイは、エヴァンス家の事情と国王の意向もよく理解していた。基礎がない中で必死に授業に食らいつくヘイゼルを、グレイは好ましく思っていたのだという。職務上の制約でこれまで結婚することを考えていなかったグレイだが、怪我をして任務を外れることになり、王孫殿下からヘイゼルとの縁談を持ち込まれたのだった。
「私も32才、いい年ですからね。結婚するならできるだけ早く結婚したいですね」
ヘイゼルの耳が真っ赤になっているのを見たエイヴァは、これなら大丈夫だろうとあとはヘイゼルに任せることにした。
1年はあっという間だった。領地経営の知識も、特殊部隊にいた武術の腕前もあるグレイの補佐を受けて、ヘイゼルの領地経営はなんとか形になりそうだと言えるところに来ていた。
「もう、大丈夫ね」
「エイヴァ、本当に行くの?」
「年に一度はお父さまのお墓参りに来るわ。醜いアヒルの子と言われたお父さまのように、結婚によって苦しめられた人たちを助けるのが今の私の目標だから」
隣にはジョシュアが寄り添うように立っている。
「さよなら、エヴァンス領。私は遠くから見守っているわ」
エイヴァとジョシュアが向かったのは、遠い国境の町だ。セオドアの話を聞いた辺境伯の協力で、環境の整備は既に終わっている。対象となるような人はベンジャミンが商談の中で情報を掴み、探して連れてきてくれることになっている。
荒涼とした大地に、太陽が沈んでいく。エイヴァはまだ10代半ば。人生はこれからだ。
「結婚したって子どもができない家はたくさんある。だから、結婚できない理由にはならないよ。子どもをどうしても必要としているわけではないんだ。ただ、2人で助け合って生きていこう」
ジョシュアの懇願に負けて共に生きることを選んだエイヴァは、沈みゆく太陽をじっと見つめた。
これから先も大変なことは続くだろう。それでも、ジョシュアと2人なら乗り越えてみようと思える。
太陽の向こうから、それでいいんだ、と父アイザックが言ってくれたような気がした。
さあ、明日から新しい生活の始まりだ。
読んでくださってありがとうございました。
途中で色々考えてしまい、当初の予定とは異なる形になりました。
整理できていないところもあるので、いつかもう少し消化してから書き直してみたいと思います。
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