セオドアの話②
読みに来てくださってありがとうございます。
不妊に関する描写があります。苦手な方、辛い方は読み進めないようにしてください。
よろしくお願いいたします。
子どもが、できない可能性が、高い?
エイヴァの頭の中に、その言葉が繰り返し繰り返し響いている。その後のセオドアの話など、全くエイヴァの耳には入っていなかった。
エヴァンス子爵家の唯一の子としての役割が断たれた。可能性でしかないという言葉は、気安い慰めにしか聞こえなかった。エイヴァがどんなことにも耐えてきたのは、エヴァンス書庫とエヴァンス領の領民を未来に引き継ぐ、その役割の重要性を認識していたからだ。それができるのは世界でただ一人、エイヴァだけだと思ってきた。だからこそ、死なないために自分だけの小規模な騎士団を持ち、必死に勉強してきた。
それが、断たれた。
もう、自分の役割は終わったのだ、いやむしろ不要なもの、厄介なお荷物になったのだとエイヴァは気づいてしまった。
私が後を継いでも、次の代のエヴァンス家を生み出せない。
他家に嫁ぐこともできない。
あるとすれば、子を産む必要のない、むしろ産ませたくないと思っているような家へ嫁ぐことか。それは妻に先立たれ介護要員を必要としている老貴族のような所になるはずだ。そして、数年で夫に先立たれ、その家から放り出されて行き場を失うだけの未来となる。
「クラークの娘だが、今回の件に陛下がたいそうお怒りでな。本人の供述からも明確な殺意があったとのことなので、おそらく処刑されることになるだろう。そして、クラーク伯爵家は取り潰され、クラーク伯爵の持つ御典医の肩書きも剥奪されることになるはずだ」
「処刑?」
「一家全員処刑という話もある。まだ決定されたわけではない」
「お祖父様」
「なんだい?」
「一人にしていただけませんか? 少し考えたいことがあるのです」
「ああ、分かった。起きて直ぐにこんな話を聞かせて悪かったね」
セオドアは、ずっと涙を流し続けているデリラを連れて部屋を出た。
「ジョシュアとヘイゼルも」
「駄目だ。今のエイヴァを部屋に一人にしておけない」
「お願い。30分でいいの」
「駄目だ」
「どうして」
「今のエイヴァは自殺しかねない。そういう顔をしている」
はっとしてエイヴァはジョシュアの顔を見た。
「そんな深刻そうな、青白い顔をして……こんなエイヴァを一人にしておけるわけがないだろう」
「ジョシュア……」
「お嬢様、私もお側を離れませんよ」
「ヘイゼル」
エイヴァの目から涙が一筋つうっと流れ落ちた。
「私には、エヴァンス家を継げない」
「そんなことはない」
「いいえ、遅くなればなるほど、打つ手がなくなるのよ。だから、私の成人と共に爵位を継承する話は、なくさなければならないわ」
「子どもができない可能性が高いかもしれないが、完全にできないかどうかはわからないだろう!」
「子どもを肉体的な理由で産めない可能性がある……それだけで、女性がどれだけの苦しみを背負うことになるか、あなたには分からない」
ジョシュアが詰まった。
「今の私は、欠陥商品だと言われたのと同じ。お母様にひどくされていた時でさえ、こんな無力感を味わったことはないわ。努力すれば何とかなることならいくらでも努力できる。でもね、これは私の努力ではどうにもできないこと。医療技術が進めば未来は変わるかもしれない、でもそれはいつ? 40年後にその技術が開発されても、もう私にはどうしようもないこと。そうでしょう?」
ヘイゼルが泣いている。
「私はね、子どもができない人間として、これからどうやって生きていくか考えなくてはいけないの。学院で領地経営について勉強するのは時間の無駄だから、やめないとね。手に職を付ければ一人で生きていけるかしら?」
「どうして、一人で生きていくんだ?」
「どうしてジョシュアが、子どもの産めない私と一緒にいようと思うの? あなたは人気者だから、次の縁談だって直ぐにまとまるわ。あなたにふさわしい方と結婚して、子どものいる家庭で、家族を大切にして。私が経験できない分、あなたが子どもを持つ経験をして」
「嫌だ。俺はエイヴァがいればいい。貴族籍も子どもも財産もいらない。だから、俺から離れようとするな」
「あなたから可能性を奪いたくない。あなたにはまだ、父親になるチャンスがあるの」
「だめだ、そんなことをしたらエイヴァはどうなる?」
「どうなるのかしら。そういうことも含めて、考えたいの。だからお願い、一人にして。自殺なんてしないから、本当に考える時間がほしいだけなの」
「……集中を乱すかもしれないが、30分毎にヘイゼルと様子を見に来る」
「ありがとう。わがままを言ってごめんなさい」
後ろ髪を引かれたように、寝台から部屋の扉までの僅かな距離を何度も何度も振り返りながら、ジョシュアとヘイゼルは部屋を出ていった。
ふっと息を吐く。うつ伏せになって枕に顔を押し付けると、エイヴァは声を上げて泣き始めた。
自分の存在意義が崩れた。まだ13才なのに。
30分後、そっと扉を開けたジョシュアとヘイゼルは、枕に顔を押し付けて声が漏れぬように泣くエイヴァを見た。傍に行きたいと思ったが、二人はお互いに我慢した。そうやって何度も扉を開けてエイヴァの様子を確認し続けた。
エイヴァが泣き止んだのは、もう日も暮れようとする頃だった。
「明かりをお持ちしましたよ」
ヘイゼルが火を灯した燭台を持って部屋に入ると、エイヴァは心ここにあらずと言った表情で天井の一点を見ていた。
「夕食の準備ができたら参りますね」
返事はない。ヘイゼルはそっと扉を閉めた。涙をハンカチで拭いていると、マーシャル家の若い執事がやって来た。
「大丈夫ですか?」
「ええ、どうしたらお嬢様をお支えできるかわからなくて……」
「あなたも護衛騎士殿も、背負いすぎです。もっとたくさんの人に助けてもらった方がいいですよ。お嬢様も含めて、あなたたちはなんでも自分たちで解決しようとする傾向がありますからね」
「え、あ……」
「何かあったら、いつでも言ってくださいね」
離れていく前に、執事に手に何か握らされた。そっと手を開くと、小さく折りたたまれた紙と、使用人の口には普段なら入らないような高級店のチョコレートの包みが一つあった。
「頑張りすぎないでください。あなたが倒れたら、お嬢様が悲しまれますよ」
ヘイゼルは行儀が悪いと思いながらも、その場でチョコレートを口に放り込んだ。中からプラリネの甘さが二重奏のように口の中で広がる。
今度会ったらお礼を言わないと。
ヘイゼルはポケットにメモ書きのような手紙を入れると、仕事に戻った。少しだけ元気が出たのは、きっとあの若い執事がくれたチョコレートのおかげだ。
・・・・・・・・・・
数日間、エイヴァは寝台の上で過ごした。考えるでもなく何かを考え、次の瞬間には考えることをやめ、また別のことを考えて……そんなことをただ繰り返していた。ジョシュアとヘイゼルは、30分おきに様子を覗きに来た。声を掛けられるまではエイヴァに声を掛けないと決めたようだった。
自分の新しい存在意義を見いだせず、とはいえジョシュアに死なないと約束してしまった手前、エイヴァはいくつかの可能性を考えるようになっていた。
一つ目は、修道院に入ることだ。
修道院の労働は厳しいが、エイヴァには市井に下りて生計を立てることの方が難しく感じられた。市井にいれば、当然男性も身近にいることになる。もし、新たに心許せる人ができたとしても、子どもができないと分かれば離れていくかもしれない。子どもを産むとか産まないとか、そういうことから遠ざかるためにも、エイヴァの中では一番よい案であるように思われた。
二つ目は、エイヴァがこのまま爵位を継承して、エイヴァの代で断絶させることだ。
この国では実子相続しか認められていない。その代わり女子相続が他国に先駆けて認められていた。もしこの手を使おうとするならば、なんとしてでもマデリンにエイヴァの体のことを知られないように守り抜かなければ、もう一人くらい産むと言い出しかねない。あの怪しい商人との間の子であっても、マデリンが産めば相続権は発生する。男子であれば王族とてエイヴァに相続させる約束を守れない可能性もあるのだ。マデリンは37才。高齢出産にはなるが、不可能ではない。マデリンに産めてエイヴァに産めない可能性があるということに、エイヴァは気が狂いそうなほどの苦しみを感じた。あんないい加減な、ずる賢さだけで生きてきたような人よりも自分が生物学的に劣っているとマデリンに笑われている夢を何度か見た。
そうやって夢うつつの中にいるような感覚の中で時を過ごすうちに、エイヴァはあることに気づいてはっと目を覚ました。
エヴァンス家の血を引く者が、マデリンと自分以外にもう一人いるではないか。
エイヴァは考えた。多少のプラン変更があったとしても、その人物を中心に据えれば、マデリンを抑えたままエヴァンス領を守ることができそうだ。
エイヴァは枝葉の変更には拘らない。ただ、幹の部分さえ変わらなければいいと考えている。
「みんなに集まってもらいましょうか」
エイヴァの声に、寂しい響きが含まれていた。
読んでくださってありがとうございました。
明日でおしまい!
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